小椋 藍 とアライヘルメット

文・横田和彦 写真提供・アライヘルメット、ピアッジオグループジャパン

2026年6月28日。世界最高峰のバイクレース、MotoGPオランダグランプリにおいて、アプリリアを駆る小椋 藍選手(スーパーファイル・トラックハウスMotoGPチーム)が初優勝を飾った。

 日本人による最高峰クラスの優勝は実に22年ぶり。名だたるチャンピオン経験者たちを退けての堂々たる勝利だった。その快挙に日本中のレースファンは歓喜した。彼が長年愛用しているアライヘルメット(以下、アライ)のスタッフにも多くの人たちから祝福の声が届いたという。アライの新井章仁取締役は「素直にうれしい」と語る。

 小学生時代にミニバイクで頭角を現した小椋選手は、「アジア・タレント・カップ」や「レッドブル・MotoGP・ルーキーズ・カップ」などの若手育成レースに参戦し、10代後半で世界GPへと足を踏み出した。Moto3で経験を重ねた後、2024年にMoto2で年間チャンピオンに輝くと、2025年にMotoGPクラスへステップアップ。そこで今回優勝したアプリリアのインディペンデントチームに加入した。

 振り返れば、ルーキーズ・カップのKTM、ホンダ、アプリリアと異なるメーカーのバイクを乗り継いできた。これは彼がプロライダーとして、勝てる環境を模索しているからにほかならない。しかしそんな中でも、アライは一貫して小椋選手と歩み続けてきた。

 小椋選手とアライの関係はヘルメットのサポートだけにとどまらない。小椋選手はかつて、当時彼のチーム監督だった元GPレーサーの青山博一ひろし氏の紹介で、アライの工場でアルバイトをしていたことがある。プロを目指す若いライダーたちは一般社会を経験せずレースの世界に飛び込むことが多い。だから彼には大人たちの中で働き、社会人としての常識やコミュニケーション能力を身につけて欲しい。それが青山氏の考えだった。

 当時を知るアライの遠藤健仁氏は「口数は少なく、自己アピールをして目立つタイプではなかったが、必要な場面では自分の意思を示せる子だった」と話す。また自分がレースをしていることで家族に経済的負担をかけてきたからと、アルバイト代はすべて親に渡していたという。こうしたアルバイトの経験は社会性を養う以上のものを小椋選手にもたらしたと遠藤氏は感じている。今どきのライダーは幼い頃から装具を親から提供され、管理を親やチームに任せきりにする選手が多い。しかしヘルメットは自分の命を預ける道具だ。それが生み出される過程で、どれほど多くの人が関わっているかを知れば、おのずと扱い方や向き合い方が変わる。道具に対するそうした真摯な姿勢がレースの闘い方や結果に影響しているのではないか――遠藤氏はそう分析する。

 2024年、Moto2でタイトルを掴むために小椋選手が選んだのは、スペインのヘルメットブランドの名を冠する「MTヘルメット―MSIチーム」だ。小椋選手はこの移籍について事前にアライに相談した上で、チームには「アライを使い続けたい」と強い希望を伝えた。幸いチームの理解を得て、交渉は成立。「MTヘルメット―MSIチーム」に居ながら、アライを被るという意思を貫いたのだ。シリーズチャンピオン獲得後、小椋選手のヘルメットが欲しいというチームオーナーのためにアライはレプリカを贈っている。

 こうした数々のエピソードから浮かび上がるのは、若くして勝利の本質を知る小椋選手の姿だ。ヘルメットが命を預ける道具であることは大前提。極限の勝負の場では、たとえばシールドの曇りひとつが勝敗を分ける。だからこそ小椋選手は、どのチームに所属してもアライを被り続けるのだろう。

 オランダGPの興奮冷めやらぬ次戦のドイツグランプリでは2位表彰台を獲得。年間ランキングでも2位に浮上した。日本人初となるMotoGPクラスのシリーズチャンピオンに手が届く位置だ。ぜひ後半戦を見てほしい。歴史的な瞬間に立ち会えるかもしれないのだから。

小椋 藍/Ai Ogura

2001年生まれ。父親の影響で3歳からポケバイに乗り始め、ミニバイクを経て2014年に地方選手権にデビュー。2015年に「アジア・タレント・カップ」、2016年には「レッドブル・ルーキーズ・カップ」にも参戦。2018年にMotoGPmoto3クラスデビュー。2024年moto2クラスチャンピオン。姉はオートレーサーの小椋華恋。MotoGP250ccクラスチャンピオンの青山博一の推薦で2017年頃にアライヘルメットでアルバイトをしていた。

横田和彦/Kazuhiko Yokota

1968年生まれ。原付からリッターオーバーまで数多くのバイクに乗り継ぐ。その経験を基にニューモデルのインプレッション記事を『月刊オートバイ』をはじめとした各種二輪媒体に寄稿。今もサンデーレースに参戦しているスポーツライディング好きのバイクジャーナリスト。

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