BYDの軽EV「ラッコ」が登場するや、メディアには「黒船」という言葉が躍った。
たしかに海外メーカーが日本独自の軽規格に合わせ、しかも売れ筋ど真ん中のスーパーハイトワゴンを専用開発してきたのは大きなニュースだ。日本メーカーのお家芸だった「現地に合わせたクルマ作り」を中国メーカーがやってきたという意味では、ある種のパラダイムシフトと言っていい。
しかし、それをもって日本の軽自動車市場がBYDに席巻されるかのように騒ぐのはちょっと違うんじゃないかと僕は思う。理由のひとつは販売網だ。軽自動車はメーカー系ディーラーだけで売れているわけではない。地方に行けば町の修理工場やサブディーラーがユーザーの日常に深く入り込み、販売から整備、下取りまでを支えている。全国に張り巡らされたこの毛細血管のようなネットワークをBYDが短期間で築くのはまず無理だ。実際、現在のBYDディーラー数は77店舗。目指しているのは100店舗だから、数では到底日本メーカーに敵わない。
もうひとつは持続性。ラッコは日本でしか売れない軽規格専用車だ。それをプラットフォームから起こし、電池まで専用設計した。年間数千台、あるいは1万台規模でどこまで採算が合うのか。中国メーカーが国内の激しい競争を背景に、世界各地へ猛烈な勢いで進出していることを考えても、いまのイケイケムードが持続するとは思えない。
そしてブランド力。軽は価格に敏感な市場であると同時に、下取り価格にも敏感だ。中古車市場での評価や、困ったときに面倒を見てくれるという安心感は一朝一夕にはつくれない。BYDの保証は手厚いが、保証年数とブランドへの信頼は別物である。このように「販売網、持続性、ブランド力」という三つの壁はやはり大きい。
だからラッコは脅威ではない、という話でもない。むしろ商品として魅力があるからこそ、BYDは黒船になってはいけないのだ。黒船と認定された瞬間、国は門戸を閉ざす。米国ではすでに中国車を事実上排除している。欧州も高関税をかけ始めた。市場を奪う侵略者ではなく、その国に根を張り、ユーザーの信頼を少しずつ積み上げる企業になる。それがBYDが日本で市民権を得るためのいちばん確実な道だと思う。

Goro Okazaki
