マクラーレン・アルトゥーラ・スパイダーが納車された。
同社が量産車の製造を開始して12年、その間にマクラーレン社がなにを目指しているのか分からない時があった。しかしこのアルトゥーラ・スパイダーでやっと答え合わせがあった気がする。正解が分かった今ふりかえると、カーボンモノセル、M840Tエンジン、エアロなどマクラーレンは自社独自にこだわり、堅実に完熟へ向けてほふく前進のごとく進化を重ね、このアルトゥーラで人馬一体となる2シーターを極めたのだ。
2023年9月号のこの連載で、アルトゥーラの完成度の高さに広報車を返却し、そのままマクラーレン東京でコンフィグレーションを行い、オーダーをかけたところまでを書いた。車両詳細は既に執筆しているため、今号は私の生活にどう入って来て、感じたかを記したい。
マクラーレンをこれまでスーパーシリーズ3台、スポーツシリーズ3台、レーシングカー2台を購入し、昨年度はル・マン24時間レースも720GT3Evoで出場したほど、私はマクラーレンの品質に惚れている。その中でもベストハンドリングカーはスポーツシリーズの570Sだった。サイズも小振りで、リジットなサスペンションはカーボンモノセルと奏して、頭に描いたラインをクルマが忠実になぞってくれるドライビングの具現車だった。570Sを進化させた乗り味のこのアルトゥーラは、スーパーシリーズからディチューンされたV8エンジンではなく、軽量化された新型V6エンジンに電気モーターという組合せは考えうる最善であった。サーキットでの走りについては去年の7月に試乗車にて、会員制サーキットのマガリガワで一周だけ計測している。真夏の気温35度を超える時間にポルシェ992GTSのタイムを上回っているので、習熟すればGT 3RSをも脅かす手応えがあった。ハンドリング、加速フィール、ブレーキングやエンジンの鼓動、無音でのEV走行、全てが私の理想である。
PHEVになり無音でガレージから市街地を走り抜けられるのは、スポーツカー好きにとって大きなストレスが減ることになる。住宅地のEV走行では車重1457キロに225Nmのトルクがあれば、十分以上の動力性能だ。トヨタ車のようにEVとエンジン動力の切変わりが完璧なわけではない。うまくトランジションされる時もあれば、タイミングが合わず少しカックンとすることもある。そこを求めるクルマでない事を理解していれば、シームレスにEVからエンジンへ動力が切変わった時は頬が緩んでしまう。
外装は私の車歴にはないフラックス・グリーン、この車両がPHEVだと発表された時のローンチカラーで、未来感を感じ取れる色として選んだ。私見でBEVは自然環境に配慮できていると思っておらず、稼働時、生産時のエネルギー消費を考慮しても、PHEVこそリーストエネルギー浪費車両として私は歓迎している。6気筒ハイブリットエンジンは今後のスポーツカーの流れであり、V8盛期の終わりを決定的とさせている。アルトゥーラPHEVで気になる点は、ガレージにチャージャーが無く、バッテリーのゲージ加減に敏感な人は心が落ち着かないドライブになることだ。ノーマルモードで走り、高速道路ではなく下道を走り続ければ電池はみるみる減り続ける。そこで充電を最大限に行うチャージMAXモードにすると、充電するために回転数高めでガソリンを燃焼するので、本末転倒になってしまう。これは歩一歩と改善されていくだろう。
このアルトゥーラ・スパイダーを迎え入れるために、私は765LTスパイダーを下取りに出した。同じマクラーレンだが正反対の性格を持つこの2台、私の今の心理もあってこの判断は正解だった。765LTはLTの名の下にサーキット専門のスパルタンな設定で、自走でサーキットへ来て、そのままコースに出て、ほぼレーシングカーの走りを体験できるというのが魅力だった。反面、ほぼレーシングカーでの街乗りはサーキットでの輝きを失い、窮屈さを強く感じていた。そこへヨーロッパチャンピオンを獲り、私のGTレース活動がひと段落すると、市販車での超高速域サーキット走行へ興が削がれている自分がいた。もう少し小さいクルマをぶん回して、タイムを詰めていく事に楽しみを感じている今の私には、765LTではなくなったのだ。
しばしこのクルマと時間を共にして気づいたのは、このクルマは高性能であるのに終始、主役ぶらないことだ。控えめな優等生ではなく、イギリスらしく毅然と、主人は貴方だ、と示してくる。乗っている私に関係なく勝手に主役を踊るイタリアのスーパースター達とは真逆の振る舞いだ。私は冒頭でマクラーレンは2シーターを極めたと言った。訂正する、このクルマの狙いは2座でもなく、少し荷物が載せられるシングルシーター・カーだ。アルトゥーラに積めるだけの荷物を載せ、屋根を開けて、私とこいつだけでとにかくガレージを出たくなる、そんな相棒だ。
Hiroshi Hamaguchi