25年前に父とアメリカに買い付けに行った330GTC、その後、自身で買った550マラネロ。
フェラーリのFR12気筒は私の憧れであった。しかし、幼い頃から追い続けたフェラーリだったが、納車しても性能に満足できず早々に手放すことが度々あり、期待を裏切られる印象が強くなってしまっていた。ところが、先月の4月号に書いたように、F296の感触は久しぶりに良く、その心地よい余韻を引っ張りながら、嬉々としてこのフェラーリ・チリンドリの鍵をポケットから出した。系統の違う、スキーへ行くためのトランスポーターとしてFFを購入したことも、私の車歴としてはあったが、フェラーリらしいV12はここ最近買っていない。それゆえに、進化と退歩は繊細に感じられるはずだ。都内で見なくなったロッソカラーが今はフレッシュに感じ、かつての熱い思いが胸に蘇る。チューニングカーほども落とされた車高と、詰められたホイールハウスとタイヤの距離。大型ホイールと2mをゆうに越える車幅も手伝って、実車はレーシングカー並みの迫力だ。ここまでは悪くなかった。
乗り出しの感想を端的に伝えると、もうフェラーリ599GTBフィオラノのジェネレーション以降、私はこの系統車種にアレルギーが出るようになったな、と確信した。
意図的なまでにオーバーステアを演出させ、それによるリアのトラクション不足が、私には本当に合わない。少しテールスライドさせて遊ばせたい、そんな意図で作っているとは思うが、圧倒的にトラクションが足りず、加速が遅い。常にアクセルペダルに右足をおけば、リアタイヤが左右に振れるのが好きな人にはたまらないだろう。テールスライドを押さえ込むスリルに、楽しみを感じる人には適した玩具だ。または、ゆったりと真っ直ぐな高速道路を、快適なグランドツアラーとして活用するなら、この会社のプロダクションラインアップの中で、価格設定も含め最高峰であるFR12気筒は、気分が良いことだろう。
ステアリングをスーパークイックに設定している点も気になる。これは599から続くフェラーリの演出で、その悪手はチリンドリでも変わらず、時を経てもやはり気になる。ただ、音は凄い。乾いた、甲高い、かつてのフェラーリサウンドを人為的に鳴らす。が、それは耳は揺らすけれど私の胸の奥までは揺らさない。
クルマとしては、デュアルクラッチが導入されたF12から、進化の速度は限定的だ。F12ベルリネッタ、812スーパーファースト、デュアルクラッチのV12、FRのレイアウトを持つフェラーリは、乗り味や性能もゆっくりと向上している。599がこの流れを作っているものの、シングルクラッチのパドルシフトは、ドライブフィールを一気に古臭く感じさせる。どの車両も、中間加速は控えめで、高回転にパワーを集中させている。唸るようにエンジンを回せば、目がついていかなくなるような速度でクルマは前へと進んでいくが、反面、低回転走行中の加速は公表数値800馬力に遠く、スローでルーズに感じた。

そうは言っても、フェラーリは売れており、まさに官軍である。データでその官軍ぶりを示そう。2025年度Ferrari N.Vの売上は約1兆円、経常利益2900億円。自動車製造業では驚異的な利益率28%という数字が発表された。ポルシェはEV化が本格化される一昨年で15%程度の利益率を報告していたものの、25年度はEV車両の販売不振に伴い、利益率は1%に留まった。振り返ると、F355、360、F430、488と続いてきたミッドシップ8気筒、通称ピッコロフェラーリの販売価格は’95年が1680万円であった。それが296GTSは乗り出し価格5300万円。12気筒車種でも、550マラネロが当時2200万円の売り出し価格から、550マラネロにスパイダーはなかったのでチリンドリのクーペで比べるが、こちらは5700万円だ。
さらに、オプションへの強い提案もある。カーボンパーツのオプションを中心に、オプションの合計金額1000万円は珍しくなく、オーナーのこだわりをもう一段上へと入れ込むと1500~2000万円となり、オプション価格だけでかつてのF355の1台分になる。素材変更やカーボンカラーの選択、名前入れオプションは他メーカーでも実施されているが、そのサービスはフェラーリほど顧客に浸透していない。また、テイラーメイドというプログラムでは、自身の車両に細部までワンオフにすることができ、唯一無二を求めるトップ・カスタマーから支持されているが、かかるコストと販売価格との乖離は大きく、同社の利益率を押し上げる錬金術の一つとなっている。
このフェラーリの利益率を知ってF296GTSとチリンドリに乗り、どこにその悪魔的な魅力があるのか探り探り乗っていた。F296GTSでこの指の先に魅力を掴みかけたが、このチリンドリでその掴みかけた何かは消え、また孤独な手探りに戻ってしまった。

Hiroshi Hamaguchi
