編集前記 Vol.41 |人命は地球より重い

文・神尾 成

今年のモーターサイクルショーのアライヘルメットブースで配布された『ARAI HELMET BRAND BOOK』の冒頭の年表に【ハイジャック事件からの気づき】という項目がある。

 「1977年。ダッカ日本航空機ハイジャック事件。人質の一人に、創業者・新井広武の姿がありました(原文ママ)」から始まる400字ほどの文章にアライヘルメットの企業理念が形成されたきっかけが記されている。

 この日本赤軍によるハイジャック事件は、服役中の受刑者の釈放と身代金の要求に「超法規的処置」として応じたことで世界から日本は非難されたが、当時の首相である福田赳夫の「人命は地球より重い」という発言は、多くの人に命の尊さを気づかせた。被害者の家族で後に社長となる新井理夫氏は、この言葉に感銘を受けてアライヘルメットの進むべき道を決めたという。「“もっと大きなビジネスをやりたい”そう思っている時期もあったのですが当時の福田首相のこの言葉が強く心に残りました。(中略)以来、アライは“売れる商品”ではなく、“命を護る装具”を作り続けています(原文ママ)」と語っている。

 長年バイクの仕事をしてきたが、アライヘルメットほど人命について言及している企業は無い。安全性が重視されるヘルメットメーカーとはいえ、ビジネスとして考えれば生死に関わる問題については積極的に触れたくないはずだ。バイクのメディアも含めて、「もしものとき」や「万が一」というオブラートで包み、バイクのネガティブな部分は極力避けるのが以前から当たり前となっている。さらに最近はアウトドア感覚でユルくいこうという風潮もあって、その傾向が強くなってきた。このままではバイクは危険ではないと錯覚する人も出てくるだろう。

 どれだけ時代が変わろうとバイクは危険である。あっけなく命を落としてしまう可能性がある乗り物だ。しかしバイクに乗ることでしか味わえない世界があるのも事実だ。だからこそリスクに対して真剣に向き合う必要がある。そのもっとも大事なことをこの冊子に改めて気付かされた。

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神尾 成/Sei Kamio

2007年11月からaheadに参画、企画全般を担当している。2010年から7年間編集長を務め、後進に席を譲ったが、2023年1月号より編集長に復帰。朝日新聞社のプレスライダー、ライコランドの開発室主任、神戸ユニコーンのカスタムバイクの企画などに携わってきた。1964年生まれ61歳。

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