手元に『クラブマン』の創刊号がある。40年前のものだ。
その中からいくつかの文言を拾ってみる。「プライマリーケースからポタポタとオイルをたらしながらクールダウン」、「エンジンがはじきだすババッ、ドドッ、の連続音を子守歌変りに聞いていたんだ」、「轍のあとに残るレーシング・カストロールのにおい」と、それらは視覚や聴覚だけでなく、嗅覚もくすぐる。情報の多くは文字に依存していて、直接的な写真は少ない。にもかかわらず、バイクは確かに眼前にあり、排気音が鼓膜を震わせ、吐き出されたオイル臭が鼻腔に届くリアルがあった。当時15歳だった自分にとって、ほとんどがファンタジーだったが、イメージに際限はない。
感覚を刺激する、こうした言葉もさることながら、ノーマルな生活をしていては、思いもつかない言い回しにもときめいた。たとえばそれは、「コーナリング中に一旦与えられたラインを変えるには、ビッグツインに電報を打たなければならない」とか。これ、なんのことかというと、とあるドゥカティの、そのあまりに反応の鈍いハンドリングを評しての皮肉だ。記事にはもう少し続きがあって、著名なジャーナリストのアラン・カスカート氏がこれに対し、「このマシンについて言えば、それはせいぜい伝書鳩くらいですむと私は思う」と返している。
メディアを通じて語れる立場にある人は、かつてごくわずかだった。選ばれた人が出向き、見て、聞き、フィルムに収めた。行くことも見ることも聞くこともできない人に、それをどう知らしめるか。そのために懸命に技巧を凝らし、時に煙に巻き、軽妙にも重厚にも変幻する洒脱な言葉の数々は文学や芸の域に達していて、つまり、それだけの力量を有する人達でもあった。
時を経て今は、正体不明の個人がいつでもどこでも自由に語れるようになった。SNSや動画を介しての表現は、ここ20年ほどの新しいスタイルだが、発する言葉に新しさがあるわけではない。
バイクが叶えてくれることは限られている。遠くへ行けるとか、速く走れるとか、その程度のことでしかなく、半世紀前も今もさほど変わっていない。バイクの根源的な魅力は、すでにあらゆる手法で語り尽くされていて、新しい表現を生み出すことは難しい。

バイクは80年代にひとつのピークを迎えた。ハードもソフトもそれまでの積み重ねが下地になっていて、モチーフ、オマージュ、リスペクトの名の元、コピーとトレースを繰り返しているのだから劣化することはあっても解像度が上がることはない。だったらいっそ、時代のオリジナルそのものに浸った方がいい。そう考えても不思議はなく、多くの人が昭和レトロとかヤングタイマーの世界に足を踏み入れるのは、むしろピュアで健全だと思う。これはバイクの世界に限った話ではない。クルマもそう。音楽もそう。小説、漫画、ドラマ、映画もそうだ。
戦後から80年代までは、なにもかもが発展の一途をたどってきた。加速している状態だったのだから、心地よさを感じるのは当然だ。一方の今は停滞か衰退の状態で、刺激が減じているように感じられるのも当然だとも思う。でも、バイクがふたつのタイヤで走る本質はなにも変わっていない。足されたものもなければ、失われたものもない。
バイクとバイクに乗る人、そしてバイクを語る人がどれほど格好よかったか。そこには時代を切り開き、引き上げてきたまぶしさがあった。自分たちの世代はそれを身に染みて知っている。憧れて憧れて、少しでも近づこうと真似してきたはずなのに成り切れず、まして超えられず、いつしかひとり、またひとりと脱落していったが、僕らはまだなんとか踏ん張っている。規制が、景気が、時代がと言っている場合でも、ネットのコメント欄を捌け口している場合でもない。あの頃と同じようにバイクで夢を見、キザでポエミーなことを口にして、浪漫ってやつを追いかけていたい。
伊丹孝裕/Takahiro Itami
