編集前記 Vol.46 半世紀前の幸運

文・神尾 成

私ごとで恐縮だが、今年の9月で兵庫県の宝塚市から横浜に引っ越してきて50年が経った。

 当時は小学6年生で転校早々カルチャーショックの連続だったことを覚えている。早朝から校庭で多くの児童がサッカーやバスケットボールのクラブ活動に勤しみ、体育祭ではセパレートレーンのある本格的なレーストラックが描かれたのだ。僕の知る限り、その頃の関西の小学校の運動会は小判型のトラックとスタートライン以外に白線はなく、クラブ活動も週末に少年野球に参加するくらいでサッカーやバスケットボールは中学校に入ってから始めるものという認識だった。

 しかしそれよりも驚いたのは教室には各自にロッカー代わりの棚が用意され、その中のいくつかに自動車雑誌が並んでいたことだ。『モーターマガジン』や『ホリデーオート』など、オトナ向けのクルマ雑誌を休み時間に広げてクルマの性能について当たり前のように語り合い、さらに週末には電車に乗って皆で「シーサイドモーター」にクルマの写真を撮りに行くのが普通のことだったのである。当時はスーパーカーブームの黎明期だったせいか関西にはそのムーブメントが届いておらず、自分が流行に遅れていることを実感したのと同時に、大人に近づいた喜びと未来が広がっていくイメージがあった。

 こうして振り返ると、この時期の経験が今に続くクルマやバイク趣味の原点になっているように思う。転校してきた翌月に開催された「F1イン・ジャパン」で初めてレースというものをテレビで観て感動し、クルマが入念に描かれた『750ライダー』を読んだことでバイクの魅力に目覚めていったからだ。

 同じ世代の方なら共感してもらえるだろうが、あの頃のスーパーカーブームがきっかけで自分の中心的価値の方向が定まったといっても過言ではない。正直なところ、ここまで長くクルマやバイクに人生を支配されるとは思わなかったが、半世紀に渡り情熱を傾けられるものと出会えたのは、ある意味で幸運なことだったと、あらためて感じている。

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神尾 成/Sei Kamio

2007年11月からaheadに参画、企画全般を担当している。2010年から7年間編集長を務め、後進に席を譲ったが、2023年1月号より編集長に復帰。朝日新聞社のプレスライダー、ライコランドの開発室主任、神戸ユニコーンのカスタムバイクの企画などに携わってきた。1964年生まれ61歳。

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