EVブームの失速を予言した2人 対談:加藤康子こうこ×岡崎五朗

まとめ・瀬イオナ/構成・若林葉子/写真・長谷川徹

2021年に発売され、自動車業界から政界まで議論を巻き起こし話題となった著書『EV推進の罠』。

これは自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏、自動車経済評論家の池田直渡氏、そして今回のキーパーソンである都市経済研究家の加藤康子氏ら3人による対談を一冊に集約したものだ。発売から4年たった今、同著を出版するに至った経緯、当時の反響から、現状、そして未来まで、率直に語ってもらった。

産業遺産のプロフェッショナルがEVに焦点を当てたきっかけ

岡崎加藤康子さん(以下、加藤)とは、2021年に初めてお会いしたのですが、すぐに意気投合して翌週には本の元となる動画に着手しましたよね(*)。なぜ都市経済研究家の康子さんが、クルマの専門家である僕と池田直渡さんに声をかけて、EVを語ろうと思われたんですか?

加藤流れを説明しますと、まず当時の菅義偉首相が2020年の所信表明演説で、「カーボンニュートラルの実現」を国家目標に掲げました。これは2050年までに国内の温室効果ガスの排出を実質ゼロとする方針です。そして2021年4月の気候サミットでは「2050年のカーボンニュートラル目標と整合的で野心的な目標として、2030年度に、温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減することを目指す。さらに、50%の高みに向けて、挑戦を続けていく」と表明しました。その中心となる政策が電気自動車(EV)と再生可能エネルギーだというのです。

 旧安倍政権時代にはこれほど極端な話はなかったですし、日本の基幹産業である自動車産業で働いている550万人の雇用が危ぶまれるような発言を、政治家がしていいのかとすごく心配になったんです。

岡崎豊田章男さんもそう思ったのでしょう。『EV推進の罠』にも全文を掲載しましたが、2020年12月17日のオンライン記者会見でこのことに言及されています。

加藤私の専門は企業城下町の研究で、製造業がなくなるとその町はどうなるのか、イギリス、フランス、オーストラリア、アメリカとずっと見てきた知見があります。はっきり言って日本経済は自動車産業なくして成り立たない。町工場でよいクルマをつくるために、身を粉にして働き、この国を中心から支えてきた人々に、政治家がいきなり、「未来のクルマはEVだから、近い将来、君たちの仕事はなくなるよ」と言うのはあまりに乱暴です。欧米の政治家がそういう流れを推進しているからといって(実態とはちがっても)、日本が長年培ってきたエンジンやトランスミッションに命を賭けてきた人の人生を壊し、経済の大黒柱である自動車産業をぶっとばす。日本はどうなるのだろうと、そんな不安から、付き合いのある国土交通省に相談して、一緒に様々な自動車産業の会社に出向き、自分の足で現場を見てまわりました。

岡崎結構な数の工場を回られていますよね。

加藤そうですね。視察するうちに、政治家には現場の声が入っていないことを肌で感じました。私は納得しないとダメなタイプですから、自動車産業やEVについてさらに資料を集めていくうちにおふたりに行き当たったわけです。お会いして色々教えていただいたらすごい意気投合しちゃって、すぐ鼎談動画を撮りはじめて、出版もしたというわけです。

岡崎当時はEV一択の風潮で、僕らは当時の世の中とは真逆の意見を発信したものだから、風当たりが相当強かったですよね。近年やっとこの本の通りになって、世間も目が覚めてきた感じがしますね。

加藤でも、大メディアは「世界はEV化が進む」と信じていますし、経済産業省もいまだに“EVに転換だ!”とかいうセミナーをやってたりするようで、それを聞いた各地の製造業の人々から、僕らの仕事はなくなるのでしょうかといった質問が私のところに来るんです。これは深刻ですよ。

ものづくりに負荷をかけるEV推進政策に待った!

岡崎最近の動きではっきりしてきたのはEVオンリーの世の中がきたとしてもそれはそうとう先の話になるということ。言い換えれば、エンジンの重要性はまったく低下していない。なのに部品メーカーがエンジン部品を作らなくなっちゃったら、困るのは自動車メーカーですよね。そしてユーザーが困って、日本経済が困ってーーーー

加藤そうです。良いクルマは良い部品をつくる中小のメーカーがあってこそ。彼らが日本経済を支えているのだから感謝の気持ちを持たないといけません。当時、萩生田光一さんの大臣室には、この本が机の上に置いてありました。“また突拍子のないことを始めたな”って(笑)

岡崎“また”前代未聞なことをしてるなと(笑)

加藤そう、突飛なことをやってきた実績がありますから(笑)。2015年、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の世界遺産登録もその1つです。幕末から明治にかけて工業立国の土台を築いていった道程を顕す8県11市の23の遺産をまとめて登録したのですが、16年かかりました。工場やドックなど民間企業の現役の産業設備や軍艦島など、文化庁では対応しきれず、所管を変え、内閣官房に新しい仕組みをつくって世界遺産登録に挑戦しました。所管替えというのは、担当された和泉洋人補佐官によると38年の役人人生ではじめてだったそうです。また山本作兵衛の絵日記の世界の記憶遺産登録日本第1号も成功しました。突破力はあるほうです。

岡崎そんな産業遺産情報センターのセンター長でもある康子さんが日本の基幹産業である自動車産業に注目したのは自然な流れだったんですね。

加藤そうです。当時はEV推進に対してノー! と言えない雰囲気が社会全体に漂っていました。でもそんなのおかしいじゃないですか。この問題に取り組みはじめた頃は、自動車産業に縁もゆかりもないあなたがそこまでするなとよく言われました。でも私が“勝手にやってる”ことを応援してくれる人も結構いたんです。自動車産業に携わる方々がこの本を多方面に配ってくださったこともありました。風当たりの強い中、あれは本当にありがたかったです。

 真剣に日本のことを考えると、豊かな暮らしができるのはやっぱり自動車産業が頑張っているから。でも、キレイな空気を吸えるのが当たり前、おいしい水が飲めるのが当たり前のような世界で生きた人たちは自動車産業があるのも当たり前だと思っていて、直面している問題に気が付きません。

岡崎たしかに、日本はものづくりに対する応援が薄いですね。

加藤残念ながらそうですね。日本の国力が付いたのは幕末から明治にかけてで、幕末に2,600万人で工業立国の土台を作った。トヨタも明治44年に豊田佐吉が設立した豊田自動織布工場から始まり、戦後の復興にも貢献している。工業で国力が付いたのです。国力が付くのは、たいてい工業によるモノづくりが成長するとき。製造業は富を生みやすいのです。ですが現代はものづくりから離れるようなことばかりしてしまっています。

岡崎いま流行りのGXとDX(**)ですね。でも、中間層を豊かにする製造業とは対照的に、デジタル産業は一部のエリートに富が集中する構造です。トランプ大統領が米国の製造業を再建しようとしているのは米国が抱える格差問題解決へのひとつの解答でしょう。格差の拡大は雇用を奪い、社会不安を煽り、治安の悪化を招く。彼はそこをちゃんと理解しているんですよ。そしてそのために安価で安定したエネルギー調達にも取り組み始めた。

加藤はい。カーボンニュートラルはエネルギーコストを引き上げ、モノづくりに多大な負荷をかけるのです。日本の政治家は、日本の骨格部分を支えているモノづくりに対してあまりにも理解が少ない。日本の優れた内燃機関やその技術がなくなってもいいのか、中国に人材が取られてもいいのか。トヨタをはじめとした各自動車メーカーは自社による学校などを通して次世代の人材を育てているじゃないですか。“世界一”を今後も守り続けていくには、良い人材が必要不可欠なのです。

 日本の自動車産業にはもっと自信を持ってもらいたい。完成車メーカーは自信を持っていますが、やはり中小企業である部品メーカーは未来を不安に思っています。地方の活力は地場産業が踏ん張ってるからこそであって、内燃機関はこれからも続くんだと安心してもらいたいですね。

岡崎小池百合子知事が、昨年3月に行われたフォーミュラE大会の演説で、東京都は2030年に新車販売で非ガソリン車100%を目指すと述べていましたが、実はよく聞くと非ガソリンというのは、ハイブリッドはオーケーのようで、わざわざ誤解を招くような言い方をしてるんですよね。政治家がこういうことを言うから不安が大きくなるんですよ。

加藤そしてメディアは「非ガソリン」と見出しに書いてさらに不安を煽る。そうではなくて、本当にクルマが好きな人に喜んで働いてもらえるような良い循環をつくってもらいたい。

 生産拠点を海外へ移すメーカーもあるけど、トヨタは国内300万台生産を維持すると述べている。これにはもっと感謝しなきゃいけないんです。石破政権は地方創生を掲げていますが、私は生産拠点を日本に戻すことこそ地方創生だと思っています。国内で生産するから地方経済が保てます。イノベーションは生産現場に近いところで起こるのですから、政府もその取り組みを応援する環境を作るべきです。未来を担う若い世代に対しても、現状をより知ってもらう体制を整えないといけませんね。

** GX(Green Transformation)/DX(Digital Transformation)

ガソリン、ディーゼル、合成燃料、EV…
未来はクルマも多様化へ。

岡崎その未来ですが、僕は日本でも2035年ぐらいまでにEVは10~15%程度までいくのではないかと思ってるんです。石油消費量を減らすことはエネルギー安全保障の面でも重要ですし。EVを便利に運用できる人はEVに乗ればいいんじゃないかなと。

加藤私はまだあと5、6年は様子を見ないとEV市場はどうなるかわからないと思っていますが、世界全体で、EV市場は頭打ちだとみています。スマホもバッテリー容量が80%を切ったら交換を勧められるし、同じようにEVにもバッテリー劣化による不安があります。

岡崎ガラケーからスマホになった時のように、今後どれだけ魅力的なEVが出てくるかにもよりますね。

加藤中国だと約25%がEVで、今後もある程度はEV化が進むでしょう。しかしヨーロッパは頭打ちですし、アジア、インドは99%、インドやアメリカも90%以上がまだまだ内燃機関。日本だってEVを謳ってるから増えているのかと思ったら、まだ2%ですよ。

岡崎例えばガソリンがリッター300円になってしまったら、EVの方がいいかもってなるかもしれませんね。まあ電気代がさらに値上がりしないという前提ですけど。いずれにしても、政治の力でユーザーの選択の自由を制限するような世の中にはなって欲しくないとは思っています。そうならないためにわれわれができることってなんだと思いますか?

加藤ユーザーの選択を規制するような政治家がでてきたら恐いですね。そうなったら選挙に行って落としてほしい。現代はSNSも盛んでいろんなメディアでいろんな情報を入手できるので、何が正しい情報なのかしっかり調べて、正しい意見に行き着いてほしい。

 今後はガソリン、ディーゼル、合成燃料、電気自動車などいろんな選択肢がある社会になるだろうと思っています。日本は、世界一環境に優しい国ですから期待しています。

産業遺産情報センター

製鉄・製鋼、造船、石炭産業を中心に明治日本の産業革命遺産の全体像を紹介する。また調査研究機関としての機能を有し、国内外の産業遺産並びに産業史の史料収集、調査研究、広報活動、インタープリテーション、教育・研修、保全と活用、デジタル文書化などの事業を推進し、情報発信を行なっている。

入館無料・事前予約制
住所:〒162-0056 東京都新宿区若松町19-1 総務省第二庁舎別館
Tel:0120(973)310
開館時間:10:00-17:00(最終入館時間16:30)


加藤康子/Koko Kato

元内閣官房参与/産業遺産情報センター長/産業遺産国民会議専務理事/都市経済評論家。慶應義塾大学文学部卒業。ハーバードケネディスクール大学院都市経済学修士課程(MCRP)を修了後、国内外の企業城下町の産業遺産研究に取り組む。安倍晋三内閣(第3次から第4次まで)における内閣官房参与(産業遺産の登録および観光振興を担当)。「明治日本の産業革命遺産」の「世界文化遺産」への登録(2015年7月)の実現にむけ中心的役割を果たす。

岡崎五朗/Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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