「岡崎五朗の」クルマ購入論(1)

クルマを買うというのは、よほど余裕のある人でもない限り、大きな決断を要すること。欲しいクルマがあるとしても、現実的な予算があるし、家族の意見も無視できない。それに駐車場の広さや燃費、購入後の維持費など、考えなければならないことがたくさんある。本誌の新車情報コーナー「クルマでいきたい」を連載しているモータージャーナリストの岡崎五朗氏。
今月は岡崎五朗氏が提案するクルマ選びを3 つのテーマから探っていきたい。

自己犠牲的なクルマ選び

クルマなんて壊れずに走ってくれればいい。経済的ならいい。そんなふうに考える人は少なくない。

クルマを趣味に持つ人間は、とかくそういった人たちを「つまらない人」と考えがちだ。けれど、たとえばスーパーに並んでいる牛乳。牛乳好きにしてみれば、どこぞのメーカーのどの商品が旨いというウンチクがあるのだろうけれど、僕にはその違いがよくわからない。だから値段重視で選ぶ。クルマだって同じだ。どれを選んでもさほど変わらないだろうとか、そもそもなんだっていいと考えていれば、性能やブランドに余計な金額を支払う必要などこれっぽっちもない。

そんな人にお勧めしたいクルマを考えてみる。なんでもいいと考えている人にお勧めもへったくれもないと思うかもしれないが、さにあらず。そんな人にこそ僕はエコカーをお勧めしたい。それも、安くてシンプルなエコカーを。

エコカー

例えばスズキのアルト・エコ。先日のマイナーチェンジでカタログ燃費がついにリッター33㎞に達したこのクルマ、ハイブリッド車のような複雑な機構をもたないため価格は安く、重量も軽い。90万円の廉価グレードは後席にヘッドレストが付いてないから、さすがに後席は絶対に使わないという人以外には勧められないが、100万円のグレードならOK。驚異的な燃費を達成するべく、タイヤ空気圧を300kPa(キロパスカル)というとんでもないレベルまで入れている影響で乗り心地が固いとか、遮音材が少ないため音がうるさいとか、コーナーではグラリと傾くとかいったネガはあるものの、贅沢を言わなければA地点からB地点へとなんの問題もなく乗員を運んでくれる。

さすがに軽自動車は避けたいと思うなら三菱ミラージュはどうだろう。タイ工場で生産することでコストを引き下げ100万円を切る価格を実現。燃費もリッター27・2㎞と立派な数値だ。乗ってみると、特に感心させられる部分はないが、大きな不満を感じる部分もないので、どんな人にでも安心して勧められる。

最近はハイブリッド車も安くなった。トヨタ・アクアの価格は169万円。リッター35・4㎞というカタログ燃費も凄い。トヨタにはヴィッツというさらに安いモデルもあるが、いちばん燃費がいいグレードでもリッター21・8㎞止まり。ヴィッツの中間グレードを買うのならアクアのほうが実用車としての満足度は高い。ミニバンだったらフリード・ハイブリッドもいいクルマだ。

上で紹介しているクルマたちは、惚れ惚れするような美しいデザインを売りにしているわけではなく、走りの良さを狙って作られたわけでもない。はっきり言って、クルマ好きからすれば「つまらないクルマ」だ。けれど、そもそもクルマに走る楽しさといったプラスαの魅力を求めていなければ、これで十分、いや、その人にとっても、社会にとっても、地球にとっても、これほど素晴らしいクルマはない。

資源環境問題がクローズアップされるとともに、クルマには高い社会性能が求められるようになった。世界にはおよそ10億台のクルマが存在し、新興国を中心にさらに増え続けていくことが予想されている。そんな中、いま問われているのは、限りある資源をどう使いこなし、いかにクリーンな社会をつくっていくかだ。

そう考えたとき、クルマを趣味の対象として捉え、コダワリをもって選ぶ「クルマ好きの視点」は、必ずしも絶対的正義ではない。面白みに欠けるとしても、あるいは走行性能や快適性に妥協を感じたとしても、そのクルマが社会性能に優れているなら、その部分は正当に評価しなくてはならないのだ。

クルマは安くて燃費が良くて広ければそれでいいのか、もっと楽しく、美しいクルマを選んで欲しい。そんな問題提起を僕は常にしている。しかしそれはaheadをはじめとする自動車好きを対象としたメディアでの話であって、もっと広い視野にたつなら楽しさや美しさではなく「少しでも燃費のいいクルマを選ぶのが社会のため」という結論になる。

自己犠牲を払ってエコカーを選ぶべきといっているわけではない。もしこだわりがないのなら、少しでも燃費のいいクルマを選ぶのが正義だということだ。たとえ1%の省燃費でも世界レベルでは約1000万台分のガソリン消費量節約になる。プリウスの走り味が安普請? いやいや、そんなことより何より、評価すべきはあの燃費の良さなのである。

「岡崎五朗の」クルマ購入論(2)現実的に選ぶいいクルマ »


岡崎五朗:1966 年生まれ。モータージャーナリスト。
青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『carview』などで活躍中。
現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組『岡崎五朗のクルマでいこう!』に出演中。

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