濱口 弘のクルマ哲学 Vol.64 終わりの始まりを繋いで

文・濱口 弘/写真・シャシン株式会社

命題を持って私のところへやってきた、4台目となる本国限定エディション、ジアラのランチア・デルタ・インテグラーレ・エボリッツィオーネⅡは、ガレージに来て数日で旅立っていった。

 そこで、今までデルタに足りないと感じていたパーツを、一つ一つ剥がして行く。エンジン、制御、剛性、足回り、駆動、ブレーキ、劣化した内装、照度の足りないヘッドライト。昨日まで走っていたデルタは、シャーシだけになった。この時点でかかるコストは読めなくなったが、シャーシだけになっても、私の目をデルタは奪い続ける事実に、それはもうどうでも良くなっていた。

 裸のデルタに、イタリアならではの美しいドレスを纏わせる。ロッソ・エフェストという、光量によって色が変わる、ランボルギーニのオフィシャルカラーだ。しかし、この色の塗装だけで、2年もの歳月を費やすとは思っていなかった。色味が違ったため再塗装を行い、やっとスタートラインに立った。

 艶の消えたプラスチックのダッシュボードやパネル周り、内装には、丁寧にアルカンターラを巻き、カーボン加工し、インテリアはリフレッシュした。そして、ここから先は、私が何度も手を入れ、一度として満足にいったことがなかった領域だ。この時、44歳になっていた私だったが、長いレース活動によって私のドライビングも知識も格段に上がっていた。それと共に、世界各国のクルマに関わる職人たちと繋がり、心から尊重し合える関係性が出来上がった。私の技術面と人脈が両輪のように走り、デルタのレストモッドへ辿り着いた。

 まず、低いシャーシ剛性をスポット溶接で補う作業が始まった。ロールバーやタワーゲージなど補強のやり方はいくつかあったが、オリジナルの美しさは変えず、剛性は上がるが重量は増えないスポット溶接を選んだ。フレームだけになった車体に、5センチ間隔でシャーシ全周に450ヵ所以上のスポット溶接を行う、それは気の遠くなるような作業だ。しかし、このスポットの間隔を限りなく狭くすることにより、ねじれ剛性は30~40%アップするという。

 ギアは、フリクション低減を目的にスリーブWPC処理をし、サスペンションには硬質ウレタンブッシュを使用。ブレーキは、ブレンボ社にワンオフでローターベルトキャリパーを造ってもらった。エンジンはオリジナルのブロックは残したが、ヴォスナー社の鍛造ピストンにバルブ研磨とシートカットを行い、燃焼室のマシニング加工をし、重量合わせでコンロッドを削った。タービンは高回転域での圧倒的なパワーの伸びを求め三菱のTD06を選び、インタークーラーやインテーク・パイピングはワンオフで制作するなど、エンジンには一番多くの工程を踏んだ。エンジン制御はフライ・バイ・ワイヤにし、ブーストは385馬力程度に納めているが、450馬力程度までパワーを上げられるよう設計した。こうして職人の手から職人の手を繋ぎ、デルタが私の元へ戻ってきた時には、6年の月日が経っていた。

 デルタのアクセルを踏み込んだ瞬間、このクルマが本来ラリーの世界で生まれたことを思い出した。4輪にハイグリップタイヤという楔を打ち込んでいなければ、真っ直ぐ走ることさえ拒絶する加速。現代車のように洗練されているわけではない。むしろ獰猛さを残したまま、そのパワーだけを正確に路面へ伝える術を身につけた。ステアリングを切れば、ノーズはためらうことなくコーナーの奥へ吸い込まれていく。続いてリアが柔らかく向きを変え、車体全体がひとつの意思を持って旋回する。クイックシフト化したミッションも、実に心地がよい。短くなったストロークの先で、各ギアは吸い込まれるように入る。コッ、コッと手応えを返しながら、次のギアへ導かれていく感覚は、何度繰り返しても飽きない。そしてこのレストモッドで最も印象的になったのが、エンジン制御のフライ・バイ・ワイヤ化によって実現した、ダウンシフト時のオートブリッピングだ。シフトを下げるだけで、エンジンは私の意思を先読みし、軽く咆哮し、回転数を合わせる。このデルタで私は、1980年代に閉じ込められていた本来の性能と魅力を、現代の技術で解放させたのだ。このあまりの完成度に、走り終えてエンジンを止めた後も、興奮でしばらくデルタを眺め続けた。

 クルマ好きの青年がレースに出会い、スーパーGTからレースの本場ヨーロッパへ飛びこんだ。より速く、より高いポディウムを追いかけるのに夢中だった。そしてヨーロッパでのレース活動を終わらせ、クルマ市場を振り返ると、私のクルマ文化を形成した、手作り一貫手作業のアルチザン・メーカーは絶滅していた。それを心から愛していたが、無くなっていく速度は急激で、それが時代なんだ、と言うしか無かった。だが、悪いことばかりでは無かった。このデルタで、レストモッド業界にはアルチザンが生きている、と教えてくれた。 そしてイタリアと私が描いた絵に、アルチザンたちが集まり、1つ1つに命が宿る瞬間を繋げてくれた。繋がりと共に生きて、終わる。そんな実年の心持ちを、デルタという形にできたのは、僥倖ではないだろうか。

※「濱口 弘のクルマ哲学」は今号が最終回です。

Hiroshi Hamaguchi

1976年生まれ。起業家として活動する傍ら32才でレースの世界へ。スーパーGTでの優勝を経て、欧州最高峰GTシリーズであるヨーロピアン・ル・マン・シリーズ2024年度シリーズチャンピオンを獲得。ル・マン24時間出場。フィアットからマクラーレンまで所有車両は幅広い。投資とM&Aコンサルティング業務を行う濱口アセットマネジメント株式会社の代表取締役でもある。

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