興味のない方には恐縮だが、先月に引き続き「アラビアのロレンス」の話をさせていただきたい。
映画『アラビアのロレンス』の様々な解説動画を見ているとオープニングのバイク事故について多く語られている。ロレンスがブラフシューペリアに乗って自転車の子供を避けて事故に遭うシーンのことだ。物語が始まった直後に主人公が事故死する衝撃的なオープニングは、映画として着目すべきポイントかもしれないが、バイクに乗る側からすると「そこよりも」と言いたくなる。個人的には彼がバイクに興味を抱くエンデイングにこそ注目してもらいたい。
この映画の最後はロレンスが失意の中でロールス・ロイスに乗せられて砂漠を去っていく場面となる。ラクダに乗るアラブ人たちをホーンで退けて走っていると、背後から猛スピードでバイクが現れて砂煙を巻き上げながら消え去っていくのだ。このラストシーンはアラビアを支配したつもりのイギリス人(ロールス・ロイス)が、共に戦ったアラブ人(とラクダ)を見下して我が物顔で砂漠を闊歩していたら、たったひとり(バイク)に置き去りにされることを表している。彼は、このことがきっかけでバイクに乗ろうと決意したはずだ。エンディングの持つ意味を理解するとオープニングの見え方が違ってくるように思う。
片岡義男の小説『湾岸道路』は、ハーレーで旅立つ男を見送り、その場に置き去りにされた女が自分も免許を取って1年後に同じ場所から旅立っていく物語で“置き去り”がひとつのテーマとなっていた。片岡氏は「オートバイは全てを置き去りにできるのがいい」と、この小説が映画化された頃にインタビューで語っていた記憶がある。全てを置き去りにすることは無責任と紙一重だが、誰もが密かに持ち続けている願望だ。それを具体的に表現できるバイクは物語を描きやすいのだろう。
よくバイクは自由になれるといわれるが、それは全てをその場に置き去りにできるからだ。たとえそれが短い時間だったとしてもバイクに乗る者の特権なのである。
神尾 成/Sei Kamio

