濱口 弘のクルマ哲学 Vol.44 時代で変わるサラブレッド、プロサングエ

文・濱口 弘/写真・シャシン株式会社

フェラーリが言う、SUVのようだがSUVでは無い、という意見に同意だった。

 フェラーリのサラブレッドと名付けられたSUVルックのこのクルマは、10年程前に私が乗っていたFFと基本メカニズムは同じだと思われる。スペック表やメーカーのメカニカルな説明を読み込んではいないけれど、エンジンもトランスミッションも、ドライブトレーンも、体感的にはFFと違いはほぼ見つからなかった。既に実績のあった車両のホイールベースを若干伸ばし、ドアをリアに2つ追加した、そんなイメージを受けた。

 フェラーリは以前から4ドアは製造しないと名言していた。私のような世代からすると、そのフィロソフィーこそがまさにイタリアのサラブレッド、純血だと思っていた。2002年、それまでレンジローバー独壇場だったラグジュアリーSUV市場に、ポルシェのカイエンがデビューし市場を席巻した。その成功を見て欧州スポーツカーメーカーBMW、アストンマーチン、マセラティ、ランボルギーニ、ベントレーが追随し、SUV市場は急速に膨み大きな流れとなった。そんな流れを傍観していたフェラーリ社だったが、アメリカ市場に上場する中で「売れるクルマ」を作るべく4ドア4座という選択は外せなくなっていった。

 そこで同社の妥協点は、FFの投入であった。フェラーリ初の4輪駆動で2ドア4座ハッチバック、12気筒。フェラーリでスキーに行けるというマーケティングでデビューしたFFのコンセプトに、私は飛びついた。カスタマーの期待値が2ドアクーペ基準だったことから、走りは言うまでもなく意外に荷物も載る、と私は高く評価していた。何より、家族で雪山をフェラーリで走る新しさがこのクルマの醍醐味であった。

 ところが、全世界的に2ドア・ハッチバックに需要は少なく、フェラーリほどのブランド力を持っても、販売台数で見たら歴史的大失敗となった。しかし、売れなかったFFの骨組みに白粉をはたいて再デビューさせ、このプロサングエの爆発的ヒットとなったわけではない。

 街乗りが中心になるであろう顧客層が、果たして高回転エンジンで乗りやすいのか、そんな疑問はエンジンを始動した瞬間に飛んでいった。6リッター12気筒は8000回転近くまで高回転で周り、甲高いエンジン音と共に700馬力を超える出力を発揮する。DEEPな12気筒エンジン音は、アクセルを踏み込みレブリミットが近づくにつれ、空気を微量に振動させ、人間の五感を刺激する音へと変化する。機械の出す音をアートピースに変えられるのが、フェラーリだ。

 並木通りで買ってきたばかりの時計の箱を開くように、指先で観音開きのドアを開ける。コックピットと後部座席の、同じセミバケット形状のシートが4座並んだ様相に、思わず賛嘆の声が漏れた。その質感も、センターコンソールが与える独立した4座の特出感も、プロサングエの車格を一段、いや、数段上げている。

 近代フェラーリを感じさせるドライブフィール、軽く鋭いステアリング。新世代のダッシュパネルには程よいサイズの画面と、ステアリングにリンクした様々なスイッチ類も塩梅がいい。完成されたデュアルクラッチのATミッションは、車重数値よりも遥かに軽く感じさせた。

 FFでは全く反応しなかったマーケットは、プロサングエに殺到した。正式発表時には既存顧客だけで製造台数は上限を超え、新規顧客が買えるような隙はなく、まだデビューしたばかりだが、中古市場では既にプレミア価格が上乗せされて取引されている。

 他方、SUVルックのせいで厳しい目線になった部分はある。走行面はランボルギーニのウルスやアストンマーチンDBXよりも軽快感はある
反面、安定感に劣る。サスペンションの伸び縮みの量も限定的で、23インチの大型ホイールからくる突き上げは身体を緊張させる。また、フェラーリ史上最大量と謳うラゲッジスペースも、各自の道具を持っていく趣味の旅となると、座席人数分の道具は載らないだろう。そしていつも内装は完璧な同社だが、左右対称なフロントのダッシュボードが気になった。そこに左右のステアリング仕様選択に対応するコスト削減を感じてしまったのだ。フェラーリのデザインは無駄も含めて十全十美であったのだが、これも新しいフェラーリの始まりなのだろうか。

 諸刃の剣だが12気筒も懸念材料だ。新車保証が切れ、修理代金を自腹で精算することを考えると、12気筒エンジンはリスキーすぎる。V12のSUVは以前、ベントレー・ベンタイガに乗っていた。現在12気筒を製造している大手自動車メーカーは、フェラーリ、ロールス・ロイスとアストンマーチンだけである。溢れ出る低速トルクで車体を蹴り出すエンジンは、他ラグジュアリーSUVとの競争優位性こそ高いのだが、FFもベンタイガも中古市場に出すと値落ちが大きかった。この宿命はフェラーリの太いカスタマーの経済力が吸収するのだろうか。

 12気筒でカッコいいSUVが大好物な私は、当然プロサングエも気にはなる。フェラーリのドライブフィールが私にハマらず、F488ピスタを買って以降、候補に上がることが無いのだが、買い続けないと欲しいグレードのクルマは回ってこないのがフェラーリである。もしプロサングエを気に入ったとしても、このブランドの上顧客でない私には、12気筒の新型4ドアサルーン購入の機会は回ってこないであろう。買えないとなると欲しくなるもので、正直、ちょっと羨ましい。

 だからといって、プロサングエが買えるとなり、私のガレージにある同セグメントのランボルギーニ・ウルスと入れ替えるのか、土俵に乗せてみた。それは無い。ウルスにはオフロード力があるが、プロサングエにそれはない。1ヵ月後にはスキー板を積み雪を求めて日本中を走り、SUVを愛する私にとって、それが結論だ。

Hiroshi Hamaguchi

1976年生まれ。起業家として活動する傍ら32才でレースの世界へ。スーパーGTでの優勝を経て、欧州最高峰GTシリーズであるヨーロピアン・ル・マン・シリーズ2024年度シリーズチャンピオンを獲得。ル・マン24時間出場。フィアットからマクラーレンまで所有車両は幅広い。投資とM&Aコンサルティング業務を行う濱口アセットマネジメント株式会社の代表取締役でもある。

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