F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 PLUS vol.04 ル・マンを読み解く

 83回目を迎えた伝統のル・マン24時間レースは、復帰2年目のポルシェが過去6年連続でル・マンを制しているアウディを退け、勝利を手にした。

 「ポルシェはスポーツカーのブランドだ」という事実を、「ポルシェといえばカイエンやパナメーラ」と認識している国(主に新興国)の人々に向けて発信するのが、ポルシェがル・マンに復帰した理由である。

 歴代最多勝記録を更新する17回目の優勝を果たしたポルシェは2011年から、1998年以来16年ぶりとなるル・マン復帰のための準備に取り組んだ。1年目は「それなりの速さを見せること」が目標だったが、2年目ははっきりと勝利に照準を定め、見事に目標を達成したことになる。

 ポルシェのやる気に火を点けたのはトヨタだった。2012年にル・マンに復帰したトヨタは、持ち前のハイブリッド技術を磨くことで、ディーゼルパワーで頂点に君臨しつづけるアウディを倒そうと、勝負に挑んだ。新規定に移行した2014年はトヨタの年だった。ポールポジションを奪ったトヨタ7号車は、スタートから4時間後に再びトップに立つと、それから10時間後続を寄せ付けず、首位を快走した。電気系コネクターのトラブルで止まるまでは……。

 リタイヤこそしたものの、トヨタの速さは誰の目にも明らかだった。過去のトレンドから推しはかれば、2015年はラップタイムが3秒速くなると予想できた。アウディやポルシェがトヨタを打ち負かすには、それ以上の進化が必要だったが、ドイツの両陣営は難題を乗り越えて5秒速いマシンを作り上げた。3秒の進化で十分と踏んだトヨタは、結果的に言えば読みが甘かったことになる。しかし、相手が5秒速くなると予想できたとして、それを上回る進化が実現できたかどうかは別問題だ。

 量産車の開発も同じだが、ドイツのメーカーは優れた技術があれば自前での開発にこだわらず、ネットワークを駆使して外から積極的に導入する。短期間で成果を出したポルシェは自前の製造設備や試験設備はほとんど持たず、多くをアウトソーシングしている。目標に向かって最短距離で進む非常に合理的なアプローチで、そのアプローチが正しかったことが証明された。

 トヨタ、アウディ、ポルシェがハイレベルの戦いをしているところに割って入ろうというのだから、新参者の日産は既存3メーカーと同じアプローチで勝負しても歯が立たないだろうと予測した。そこで、フロントエンジン・フロントドライブ(FF)の採用となったわけだ。動力性能上の理由でFFを選んだのではなく、フロントエリアの空力性能を高めるためのFFである。エンジンを前に置くことで、フロントの空力開発自由度が高まる点に着目したのだった。

 目の付けどころは斬新だったが、一か八かの賭けには違いなかったし、準備不足も祟った。2年目の巻き返しに期待したい。

レース序盤にトップ争いを繰り広げたのはポールポジションからスタートしたポルシェ17号車と、レースペースに勝るアウディ7号車だった。だが、どちらもトラブルやペナルティなどで脱落。ノーミス&ノートラブルで走り切った19号車がレース中盤にトップ争いに浮上し、逃げ切った。Nissan GT-R LM NISMO(写真後方の赤いクルマ)は、強力なエネルギー回生システムのパワーを後輪に伝えるシステムを開発していたが、熟成が間に合わずに断念。急遽、フロント駆動のみで割り切って走った。

Kota Sera

ライター&エディター。レースだけでなく、テクノロジー、マーケティング、旅の視点でF1を観察。技術と開発に携わるエンジニアに着目し、モータースポーツとクルマも俯瞰する。

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