私の永遠の1台 vol.9 アルファ ロメオ スパイダー

 いつか手に入れたい。と憧れ続けてきたクルマがある。「ちょっと古い」アルファ・スパイダーがそれだ。

 長いノーズからヒップまで、滑らかにすべるようなボディーラインは、ピニンファリーナの名作と呼ばれるにふさわしい麗しさ。特に赤いボディーカラーのスパイダーには、街角で出くわすたびにハッと足を止めてしまう魅力がある。今なお、映画などにもいい女の演出役として登場するほどだから、その美しさは時を超えた存在に昇華しているのだろう。そしてだからこそ、時が経てば経つほど、「まだ乗れない」感をつきつけられているのも本当だ。

 正直なところ、20歳の頃の人生設計では、すでに10年ほど乗っているはずだった。知り合いから手に入れたミント・コンディションの1台を大事に大事に乗り続け、今頃は颯爽と街を駆けているはずだった。お財布具合も年齢的にも、今や等身大の1台に近づいている。にも関わらず、いまだに手を出せずにいる。敷居が高すぎるのだ。

 「いつか乗りたい」だけならいい。厄介なのはそれと同時に、「いつかアレに似あう女になるぞ」があるからなのだ。しかもアレに似あう女像が、年をおうごとに移ろっているから、ますます手に負えない。ということに気づいたのは、つい最近のこと。20歳の頃に思い描いたアルファ・スパイダー女は、クールで華やか。完璧な美の持ち主だった。30歳の妄想では、そこに少しの隙がある内面が加わり、40歳になった時には、強さも弱さも自分のすべてを受け入れる潔さとしなやかさを備えた、芯のある女の姿が浮かび上がった。そして今、頭の中でハンドルを握っているのは、人生の酸いも甘いも嚙み分けて、ひとも自分も世の中の理不尽さに対しても、「赦し」を知る柔らかいひと…。

 つまり、その時々の理想の自分へとのぼりつめなければ、乗るには乗れても乗せられるだけ。サイズの合わない洋服を着た時のような、居心地の悪さに襲われる。そんな気がしてならないのだ。

 だから私がアレに乗る日は、永遠に来ないのかもしれない。もしも来るとしたら、きっとあきらめの境地に達した時なのだろうと思う。あきらめの境地に達するまで、自分であることを味わい尽くせる人生を歩めるとしたら、なんて素晴らしいのだろう! そして、その水先案内人がアルファ・スパイダーだとしたら、そんな人生もまた魅惑的に違いない。

 まだまだあきらめきれない人生を、私は今日も走っている。真っ赤なアルファ・スパイダーの妖艶なリアビューを追いかけながら。

文・岡小百合


ピニンファリーナがデザインを手掛ける、ジュリエッタ・スパイダーをルーツとする2ドアオープンカー。1966年にジュリアをベースとする新型スパイダーがデビューした。映画『卒業』でもよく知られる初期モデル=通称“デュエット”をはじめ、まろやかでスレンダーなフォルムは時代を超え長く愛されている。幾度かのマイナーチェンジを受けながら、初代は90年代まで生産され続けた。

Sayuri Oka

大学卒業と同時に、二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』で編集者として活躍。長女出産を機にフリーランスに。現在は主に自動車にまつわるテーマで執筆活動を行っている。愛車はアルファロメオ・147(MT)。40代後半にして一念発起し、二輪免許を取得した。

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