スタートアップが担うクルマ産業の未来 ~僕たちは、これからクルマと どう向き合っていけばいいのか~

これまでにない新しいアイデアや革新的なビジネスモデルを持つスタートアップ企業が今注目を集めている。

そして日本の基幹産業である自動車産業もスタートアップ企業のチカラを必要としているのだ。今月は先日開催されたジャパンモビリティショー2023において行われたスタートアップ企業と大企業を結びつける「スタートアップフューチャーファクトリー」に注目してみたい。


スタートアップが担うクルマ産業の未来
鼎談:岡崎五朗×近藤正純ロバート×橋本健彦
~僕たちは、これからクルマとどう向き合っていけばいいのか~

まとめ・伊丹孝裕

東京からジャパンへ、モーターからモビリティへ

岡崎五朗(以下、岡崎)前号では、「自動車産業が100年に一度の変革期を迎えている」という話を皮切りに、『ジャパンモビリティショー2023』の意義を語ったんだけど、今回はもう少し踏み込んで日本の自動車産業の未来を話しあいたい。

近藤正純ロバート(以下、近藤)その前に過去を振り返ると、モビリティショーの前身である『東京モーターショー』の初開催は、今からほぼ70年前の1954年のことだった。テレビ・洗濯機・冷蔵庫が三種の神器と言われていて、マイカーなんて現実的ではなかったものの、そこには確かな夢があった時代だよね。

岡崎それから半世紀以上の年月が経ち、今や550万人もの人が、日本の自動車産業に携わるまでになったんだ。この数は、あくまでもクルマだけを主体にしたものだけど、モビリティショーが描いたように、自動車メーカーからモビリティメーカーまで裾野を広げると、1千万人規模の産業になっていくかもしれない。そう考えると日本全体が活性化していく余地がまだまだあると言えるんだよ。

近藤そういう意味で、今回の名称変更は単にイメージを変えたかった訳ではなくて、未来を指し示すものかもしれないね。そのあたりの背景を、今回のモビリティショーの運営に関わった橋本健彦さんに聞いていこうと思う。

橋本健彦(以下、橋本)現時点で日本国内において、100万人超の来場者を見込める単体イベントは、そう多くありません。東京モーターショーはそのひとつとして定着しており、近年は減少傾向にあったとはいえ、前回(’19年)は130万人に到達しました。これまで充分な成果を上げてきたと言えます。

近藤では、なぜ「東京」を「ジャパン」に、「モーター」を「モビリティ」に変えることになったのでしょう。

橋本理由は大きくふたつあります。日本自動車工業会の豊田章男会長の言葉を借りることになりますが、たとえばCES(北米で開催される世界最大級の家電技術見本市)には、大手メーカーはもちろん、必ず未来の家電技術を担うスタートアップ企業が多数参加して、それまでにない産業を生み出してきました。モーターショーにおいてもそれは同様で、既存の自動車メーカーと新しいアイデアを持つ企業が結びつくことによって、モビリティとしての、つまり移動体としての拡大が見込める、というのがまずひとつです。

近藤なるほど。

橋本そしてもうひとつが、移動するための手段が多岐に渡るようになり、モーターという言葉では収まり切らなくなってきたという事情もあります。動力源がなんであれ、モビリティのために必要な技術やアイデアを日本から発信し、産業を活性化していこうという狙いがあります。

スタートアップフューチャーファクトリー

近藤今回のショーでは『スタートアップフューチャーファクトリー』というコンテンツが目玉として設けられました。これはどういったものだったのでしょう。

橋本まず、東京ビッグサイトの西展示棟1階の一部をスタートアップ主体の場としました。ここをいくつかのゾーンに分け、メインとなるプログラムを3つ用意したのです。それが「ピッチコンテスト&アワード」、「ビジネスミートアップ」、「スタートアップストリート」となります。

近藤その中でも「ピッチコンテスト&アワード」は、優勝賞金も話題になりましたね。

橋本はい。スタートアップ企業はその性質上、シードステージやアーリーステージといった途上段階にあるところが少なくありません。そういった会社に事業内容をプレゼンテーションしてもらい、経済的、もしくはPR的な支援をすることが目的です。応募総数116社の中から15社に絞り、様々な分野から選出されたメンバーによって厳正に審査します。グランプリを獲得した企業には1,000万円、2社の優秀な企業にそれぞれ100万円の賞金が手渡されました。

近藤他の2つのプログラムはどういったものですか。

橋本「ビジネスミートアップ」は、大手企業とスタートアップ企業を引き合わせ、新たな火種を作るビジネスマッチングの場としました。また、「スタートアップストリート」は、防災・少子高齢化・地域創生などのテーマ毎に、延べ100社のスタートアップ企業が出展してそれぞれが持つ技術やアセットを来場者にアピールして頂きました。

岡崎おもしろい取り組みでしたね。自動車メーカーに関わらず、日本の大企業は外部の人間に冷たいところがあるから。たとえば、僕がスタートアップ側から相談を受けて、メーカーの担当部署を紹介しても、「いや、1年前にも似た内容を聞いたから必要ないです」という対応だったりする。スタートアップにとっての1年はあまりに大きく、その間の進化も成長度合いもまったく違うのに、なかなか聞く耳を持ってもらえない。

橋本おっしゃる通りです。

岡崎そこからプレゼンテーションまでこぎつけたとしても、「大量生産のノウハウを持ってませんよね」とか「リソースは?」みたいな上からの態度が抜けず、可能性を潰してしまうケースが多々ある。今回のジャパンモビリティショーが画期的だったのは、そういう場がつまびらかになったことだと思う。大企業側も、これまでとは違う目でスタートアップを見るきっかけになったんじゃないかな。

大企業が態度を変える時代

橋本スタートアップが一堂に集うプログラムは、他の分野ではすでに実績があります。ただし、往々にして大手事業会社が席に着いていて、そこへスタートアップが集団面接のようにお伺いを立てるスタイルが主流でした。しかしながら、本来主役はスタートアップ側のはずなんです。そこで今回は立場を入れ換え、事業会社側から会いに行ってもらうことで、パワーバランスを最適化しました。

近藤ジャパンモビリティショーを主宰する日本自動車工業会から、こうした発案があったことの意味は大きいですね。

橋本これによって、スタートアップはビジネスチャンスを必死に拡大させようとするでしょうし、事業会社は次世代の人材の前で審査されているような意識が芽生えるかもしれません。それに、スタートアップといってもミドルステージやレイターステージに達している企業だと、その売上規模はとんでもないレベルだったりします。どちらが上とか下ではなく、互いに手を組み、前進できる機会を増やしていきたいと考えています。自ら変革を望んだ日本自動車工業会の意識や熱意は、間違いなく以前とは異なるものです。

岡崎もちろん、スタートアップだからなんでも素晴らしいわけではない。とはいえ、彼らのスピード感や既存の殻を打ち破ろうとする強いマインドは、大企業のそれとは明らかに異なるもので、両社がうまく組み合わさって化学変化を起こすことが重要だね。

近藤長い歴史を持つ大企業と新進気鋭のスタートアップは、ある意味、外国人同士と言えるよね。言語も文化も価値観も異なっているため、なかなか分かり合えないのは仕方がない。そこで橋本さんのような立場の人が互いの通訳になることが求められて、我々メディアもまた、そうした情報を分かりやすく伝えていく必要があると思うんだ。

橋本特に自動車メーカーの研究職を下地に持つような人はお堅くて、話を聞いてくれないのではないか、と実は私自身にもそんな偏見があったのですが、まったくの杞憂でした。自分達の課題は把握できていても、解決のためにどんなピースがあればいいのかまでは、なかなか見つけられない。そこで我々が「こんなスタートアップが、こういうアイデアを持っています」と提案すると、とても前向きに受け入れてくださいます。事業会社が求める技術やアイデアがスタートアップにあり、スタートアップが望む資本や設備が事業会社にあるなら、自動車産業はモビリティ産業として大きく成長していくはずなんです。

SNSのような新しい価値観を受容する

近藤スタートアップフューチャーファクトリー全体としては、どれくらいのエントリーがあったのですか。

橋本初開催にも関わらず、全プログラムで340社を超える応募がありました。物理的な限界があるため、結果的に190社ほどに絞らざるを得なかったのですが、想定以上の反響でしたね。

近藤若者のクルマ離れと言われて久しい昨今ですが、モビリティという切り口だと新たなニーズが生まれそうですし、世界に向けて扉が開く可能性もありますね。

岡崎若い起業家の皆さんに言っておきたいのは、決して気後れしなくていいってこと。相手は売上が何兆円どころか、利益が兆に達することもある巨大な組織なのに、なぜこういう動きが出てきたのかと言えば、慣習にとらわれない柔軟な発想を求めているから。パートナーとして対等に付き合う意識で臨んでほしい。

近藤柔軟さに関しては、個人的な反省があるんだ。以前、僕の弟が創業して間もない、アメリカのとある企業に入ると言ってきたんだけど、名前も知らなかったから何をする会社なのかを尋ねると「ウェブ上でつぶやく場を提供している」と。彼がなにを言っているのか、さっぱり分からなくて、メディアを作り、それを楽しんでもらう苦労がどれほどのものなのかを説教した。まさかそれが、ツイッター(現X)として世界中に広まるなんて思いもしなかった。当時すでに、ユーザーのデータを分析して、そこに新しい価値を持たせるんだと言ってたけれど、それもやっぱり分からなかった。つまり、自分の常識でははかれない、まったく新しいコンテンツを提示された時にどうするかなんだ。闇雲に拒否するのではなくて、一端受け入れてみる寛容さによって、可能性が広がるってことなんだよ。

岡崎前回ロバートが言った通り、自動車産業は100年以上も基本的なビジネスモデルを変えておらず、黒船も来なかった。クルマは人命に直結するため、外部勢力の入り込む余地がほとんどなかったわけだけど、安全性や動力性能に一定の担保が得られるようになった今、それらとは異なる領域で多様なアイデアを必要としている。

橋本まだ誰も気づいていない領域を、独自のアイデアでどんどん突き進んでいける勢いがスタートアップの魅力ですが、別のルートがあることや効率のいいツールがあることを指し示せるのが大企業のノウハウであり、力でしょう。それらを結びつける役割として、私共のような組織やメディアの力を活用して頂きたいですね。

岡崎モーターショーの意義は、ワールドプレミアの台数やそのスペックに集約されがちだった。もちろんそれも大切な要素ではあるけれど、今回のジャパンモビリティショーは、これまでにない視点から未来を語れる場へ変容し、新しい領域に入った。第2回のモビリティショーに向けて、大きな期待を感じている。

左から、近藤正純ロバート、岡崎五朗、橋本健彦

橋本健彦/Takehiko Hashimoto

1981年生まれ。2005年(株)電通入社。キヤノン株式会社などを中心に12年間ビジネスプロデューサーを務めた後、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会において、ICT系協賛企業の事業開発や、チケットCRMプロジェクトなどに携わる。近年では、メディア企業の事業拡張プロジェクトや、携帯キャリア企業の新サービスを開発。ジャパンモビリティショー2023におけるスタートアップ企画統括プロデューサーを担務。

岡崎五朗/Goro Okazaki

1966年 東京都生まれ
1989年 青山学院大学理工学部機械工学科卒
1989年 モータージャーナリスト活動開始
2009年より 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
2009年より 日本自動車ジャーナリスト協会理事
2009年より ワールド・カー・アワード選考委員

近藤正純ロバート/Masazumi Robert Kondo

1965年 米国サンフランシスコ生まれ
1988年 慶應義塾大学経済学部卒
1988年 日本興業銀行入行
1996年 米コーネル大学留学MBA取得
1998年 レゾナンス設立代表取締役就任 現任
2008年 日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員
2012年 日本カー・オブ・ザ・イヤー副実行委員長
2023年 日本カー・オブ・ザ・イヤー執行部

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ahead TV スタートアップが担うクルマ産業の未来 後編


スタートアップが担うクルマ産業の未来
~僕たちは、これからクルマとどう向き合っていけばいいのか~
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