めざすのは、したたかさとしなやかさ 次世代ジャーナリストを探せvol.7 トヨタの作った バスケットロボット

チームユニフォームを着て、背番号をつけたロボットがゴールを狙う。

そう、これこそトヨタの開発した世界初AIバスケットロボットCUEだ!
なぜトヨタがロボットを?開発者にお話をお聞きした。

文・華音 写真提供・トヨタ自動車

部活動から生まれた世界初AIバスケットロボ

 部活で作っていたものが仕事になって世界進出! 「好き」だけが切り開いてきた! そんな型破りなシンデレラストーリーがトヨタにあるのをご存知だろうか。

 その主役こそ、2018年にトヨタから登場した世界初のAIバスケットボールロボット「CUE」である。その後、ギネス世界記録樹立、Bリーグアワード受賞、東京オリンピックでの活躍を経て今では世界中から注目を集めて、バズっている。

 そんな歴代のCUEシリーズは全部で6代ある。CUE1は、足元の台座に体を固定し、台座に乗せたレーザーを用いて距離を測定、4mほど先ほどのシュートが打てた。CUE2では、シュート範囲がスリーポイントラインまで広がった。CUE3は、センターラインからのシュートも可能に。CUE4では、外部給電から無線バッテリーに変更され、どこでも走り回ることができるようになった。CUE5ではドリブルができるようになり、CUE6ではパスと、スラロームでのドリブルが可能になった。ヌルヌル動きながらドリブルなんて、私でもできやしない。すでに人間以上のロボットだ。

 しかし、このロボットが誕生するまでの道のりには、涙と時々冷や汗が入り混じる、挑戦と情熱に満ちた物語が隠されている。

 トヨタ自動車のCUE開発責任者である野見知弘さんが、CUEの開発について語ってくれた。

 もともと野見さんを始めCUE開発メンバーは、それぞれ他部署でロボットとは関係のない仕事をしていた。

 CUEの開発は、トヨタ自動車内の「トヨタ技術会」から始まった。かつてトヨタでは、専門業務外の人と関わる機会が少なかったから、いろんな人と交流できるように集まる場を設けた。それが、「トヨタ技術会」またの名を「部活」である! わぁ、楽しそう!

 「自動車業界も100年に一度の大変革期」と言われCASEに代表される技術革新の中、みんなが今と同じ仕事をし続けられず、仕事を変わらざるを得ない人が出てくる。「でも、年齢を重ね、会社生活が長くなればなるほど、新しいことを始めにくくなります。危機感はあるけど新しい挑戦に二の足を踏むようになる。そんな人たちの背中を押せるように、まずは自分たちが人工知能を作るという新しいことに挑戦してみよう、ということになったんです(野見さん)」

 こうしてCUEの活動は始まった。「他人の心配をしていたら、自分たちの仕事が変わってしまった、というオチがつきましたが…」と野見さんは笑う。

 メンバーはまず本屋でAIに関する書籍を購入し、勉強を始めた。しかし、「AIが学習するのにデータがいっぱいいるらしい」「データってどれぐらいいるんだ?」という話題になったとき、チームの1人が「2万で足りるのか」と口にした。これは『スラムダンク』の主人公、桜木花道がジャンプシュートを習得するために、1週間で2万本のシュート練習をするシーンで使われた名台詞だ。チームのメンバーはスラムダンク世代だったため、「それ面白そうだね!」と意気投合し、スラムダンクの主人公「花道ロボット」を作ることに決まったのだった。ノリが完全に部活動や!

 それにみんなが一致団結して、同じ目標に向かって進み出す感じはまさに少年ジャンプの精神。「2万で足りるのか」はその言葉だけでまるで自分の生ぬるさや覚悟を叩きのめされるようなストイックな言葉だ。

 早速、みんなで桜木花道の人形を3Dスキャンし、花道ロボットの制作が始まる。しかし、「著作権大丈夫かな?」という話が出たため、作者である井上和彦先生の事務所にメールを送った。「地域のものづくりのボランティアイベントで、僕らが作る花道ロボットを出展したい。子供たちにものづくりの機会を提供したい!」と、スラムダンクの「諦めたらそこで終了だ」という名言を思い出しながら熱い長文メールを送ったが、2週間後にお断りのメールが来て撃沈。花道ロボットは諦めたが、AIバスケットロボの制作は続行することにした開発チームであった。フッ軽な感じもまさに部活動。これぞ青春だ!

 しかしこれには後日談があって、 CUEのことを知った井上先生はわざわざ試合会場に足を運び、「これからも応援している」と花道のサインまで書いてくださったのだ。

進化を重ねるAIバスケットロボCUE

CUE1

世界初のAIバスケットボールロボ登場

CUE2

シュート範囲が3ポイントラインに

CUE3

センターラインからのシュートもできるように

CUE4

自走、そして自分でボールをつかんで
シュートできるように

CUE5

ドリブルができるように

CUE6

パスができるように

部活動から仕事へバスケの試合にデビュー

 そして野見さん率いるチームは、CUEの表情が全く変わらないのに体だけが動くと不自然だと感じたため、コンセプトを大幅に修正。いろんなブロックが意思を持って集まり、人形になってバスケットボールを投げるという無理矢理なコンセプトでCUEの原型がようやく完成した。

 もともとCUEの活動は1年間という期間限定で、自分たちで人工知能ロボットを作ってみることが目標だったので、CUEの原型が完成した時点でこのプロジェクトは終了になるはずだった。

 ところが当時社長だった豊田章男氏から、 「面白そうだから続けたら?」、さらに「せっかくだから『アルバルク東京』に選手として出してみたら」と声を掛けてもらい、それが今のCUEにつながるアイデアの源泉となった。そしてCUEはユニフォームを着てアルバルクの試合にデビューすることが決定したのだ。

 さらに2020年には東京オリンピックにも参加することを目指して本格的に活動を始めた。まるで田舎娘が上京して女優に駆け上がっていくバリのテンポだ。ドラマ化希望!

 しかし多くの問題が発生した。トヨタが「バスケのロボットをやります」とメディア10社を招待して試合の告知をしたが、 まだゴールにシュートが届かなかった。なんとか2週間でシュートを打てるように開発を進めた。うん。ここまではいい調子。

 そして本番当日。プロジェクトチームのメンバーが「手前から投げますね」と言うと、取材班がカメラを構える。唾を飲み込む。「いざ!」と1投目を投げようとした瞬間、ロボットがカタカタ、カタカタと震え出し、富士山噴火の如く、か…顔が見事に爆発したのであった…!

 その現場に居合わせた全員が硬直。静まり返った体育館で黙々と壊れた顔を拾い集めながら、動かなくなったロボットを横目に、野見さんはインタビューにだけ応じることにした。その際、NHKのテレビ番組の取材で「今回ロボットがどう進化したのか」というインタビューには「ボールが前より飛ぶようになりました。いやいや、顔が飛んでいる」と笑いを交えてコメントするも、それは当然放送されなかった。野見さん、ギャグセンス高いな…(笑)。

 しかし、その半年後に海外で発信されたSNSをきっかけにCUE3の動画が世界中でバズり、ギネスの事務局から「ギネス世界記録に挑戦しませんか」というオファーをもらい、2020年のオリンピックに合わせて、2020回連続シュートに挑戦し、見事ギネス記録を樹立した。そしてオリンピックでは、国際バスケット協会とオリンピック委員会から「バスケを盛り上げるために協力してください」とオファーを受けたことで、進化したCUE5をオリンピックに出場させることになった。

 野見さんは、「究極の汎用的なものの代表が人型ロボットだと思う。それができれば自動車の次の産業になる可能性がある」と話す。世の中のすべてのものは人を前提にデザインされている。人と同じ能力を持つロボットがあれば、すべての肉体作業をこなせるのではないかと考えている。いつか実用化に至れば、世の中のすべてのものに関して人間の負担を減らし、私たちの生活を助けるものになると期待している。

 しかし、人型ロボットには圧倒的なポテンシャルがある一方で、多くの課題があり、実用化に向けてはまだ道のりが遠いのも事実だ。技術者として、その挑戦こそやりがいのある、面白い領域でもあると話す野見さんは、「受けてたつ!」という姿勢で臨んでいるようでなんだかかっこいい。

ロボットの意義は課題解決だけではない

 また、野見さんはロボットの意義や意味についても考えている。「ロボットは何のためにあるのか。今までは課題解決のためだけだったが、それだけがすべてではない。スポーツやエンターテイメント、音楽など、生きるために必ずしも必要ではないものこそ、人間を人間たらしめる要素ではないかと。僕らは本当に便利になることだけを望んでいるわけではないんじゃないか。だからその目的も理由も、何か壮大な理由があって開発をしているというより、楽しさのためにロボットを作ることがあってもいいんじゃないか。一見何の役に立つかわからないことでも必死に取り組むことで、その技術が何かに応用される日が来るかもしれない。 “Move”という言葉には感動という意味もある。人間の心を動かすようなロボットを作り、日本が元気になることを願って開発を続けている」と語ってくれた。

CUEの開発プロジェクトリーダー、野見知弘氏

 CUEの物語から学べるのは、情熱と愛が不可能を可能にする力になるということだ。トヨタのCUE開発は技術革新だけでなく、遊び心と情熱を持って挑戦する企業文化の表れであり、その背後には情熱がある。野見さんのチームが証明するように、この情熱が世界を変える大きな力になる。

 野見さんは「愛が原動力になる」と言い、義務感よりもやりたいという気持ちの方がパワーの出力が違うと述べている。開発の最初の1年は通常の業務が終了した後の時間で進めていたわけだが、それは愛のない義務感ではやり通すことはできなかっただろう。また、意味や理由をすべての行動に求めるのではなく、時には肩の力を抜いて心の赴くままに行動することの大切さを感じた。

 私たちは好きなことに情熱を注ぎ、挑戦を恐れずに進むことで、未来を切り開いていけるのだ。CUEの物語はその象徴であり、まさにアニメの主人公のような姿である。きっと、その先にあるものは、私たち一人ひとりの「好き」が未来を創り出す力である。是非漫画化してもらいたいものだ!

華音/Kanon

1993年生まれ。高校生の時にニュージーランドへ留学、高校卒業後アメリカの大学へ進学。その後イギリスを拠点に海外情報や英語学習のノウハウを発信するYouTubeを開設、36.5万人のチャンネル登録者数を誇る人気YouTuberとなる。現在は日本でモータージャーナリストを目指して活動中。

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