仮面ライダーの登場から52年経った今年、映画『シン・仮面ライダー』が公開された。
『エヴァンゲリオン』シリーズの生みの親であり、『シン・ゴジラ』の総監督を務めた庵野秀明が、新しいオリジナル作品である仮面ライダーを制作したのだ。
オレたちは、その映画を観て熱くなることができるのだろうか。オレたちが夢中になったサイクロン号はどこまで進化しているのだろうか。
そして仮面ライダーという憧れは今も変わらずに輝き続けているのだろうか。
(この記事は映画の中身に触れています。)
これは、あの時の衝撃を覚えている人のための映画なんだ。
『シン・仮面ライダー』が始まってすぐに、52年の時を飛び越えていた。1971年4月。まだ4歳にもならない僕は、当然その頃の記憶なんかほとんどないのだけど、これだけははっきり覚えている。『仮面ライダー』が始まったのだ。魂を揺さぶる体験だった。というのはさすがに大げさだが、今に至る人生に多大な影響を与えているんだから、言い過ぎでもないだろう。なにか心の形を変える出来事だったのだ。
一方、4歳前の子供にとってはちょっと怖い番組でもあった。なんせ第1話が「怪奇蜘蛛男」だ。巨大怪獣なら画面の中にしかいないと思えるけど、“怪人”は人間社会に忍び寄り、誘拐だの破壊工作だのをやってくる。すぐそばにいる悪、という存在がもう怖かった。対する仮面ライダーにしても、正義の味方にしては黒いバイクスーツに暗い青緑の仮面で、どっちが怪人かわからない。そりゃあ元々悪の組織ショッカーに怪人として改造されたのだからその通りなのだが、画面の暗さも相まって、どこか陰のある仮面ライダーに怖さを感じていた。と同時に、それは自分の知らない大人の世界のようでもあった。
それを増幅させていたのがバイクだ。地方で見かけるバイクといえば、出前や郵便のスーパーカブがほとんど。繁華街にでも行かなければいわゆるオートバイを見ることはなかった。そこへ『仮面ライダー』だ。オープニングでは仮面ライダーがバイクで荒野を駆け回り、第1話では本郷 猛がショッカー女戦闘員たちと激しいバイクチェイスを繰り広げる。バイクがジャンプしたり、階段を駆け上ったりというアクションもこの番組で初めて見たはずだ。何でもできる、どこでも走れるというバイクの機動力は驚くばかりだった。ショッカーから脱走し、人間にも戻れない改造人間・仮面ライダーの孤独と哀しみがバイクに込められている……という理屈が分かる歳ではなかったが、巨大化もしない、光線も出さない、パンチとキックで戦うたったひとりの仮面ライダーがバイクに跨がる姿はたまらなくカッコ良かった。自転車にはまだ乗れなかったが、三輪車に乗るときはもちろん気分は仮面ライダーだった。大人になったら絶対バイクに乗る、とこの時心に決めたのだ。
HONDA CB250R
車両本体価格:564,300円(税込)
エンジン:水冷4ストロークDOHC4バルブ単気筒
排気量: 249㎤ 車両重量:144kg
最高出力:20kW(27PS)/9,500rpm
最大トルク:23Nm(2.3kgm)/7,750rpm
『シン・仮面ライダー』は、おそらく庵野監督が、初めて『仮面ライダー』を見た時の強い気持ちを観客に味わわせたいと思って作った作品だ。もちろんアレンジは加えられているが、
でも、『シン・仮面ライダー』はそれをやってのけた。最初の戦闘シーン、仮面ライダーはパンチひとつで戦闘員たちを文字通り“叩き潰す”。一方的な血みどろの戦いは仮面ライダーの圧倒的な強さとともに、彼が本質的には怪人=オーグの凶暴性を備えた存在であることを示している。度肝を抜かれるこの流血場面が最初の仕掛けだ。当時の子供たちは不気味な怪人とライダーとの戦いを、頭の中でこのように描いていたのではなかったか? そんな脳内で補完していた『仮面ライダー』を、この映画は映像で見せつける。ライダーキックがその象徴だ。子供たちが夢中になって真似し、危険だからと学校で禁止されたライダーキックは、当時の映像だとポーズこそ格好いいが、悪く言えばカット割りで誤魔化しているだけだ。ジャンプして回転して怪人に向かう物理法則無視のキックなんだからそれでいいんだけど、この映画ではまさに脳内補完したライダーキックそのものを見せてくれる。力強く、美しいキックのボージングはそれだけで感動を覚えるほどだ。
HONDA CB650R
車両本体価格:1,023,000円(税込)
エンジン:水冷4ストロークDOHC4バルブ直列4気筒
排気量: 648㎤ 車両重量:203kg
最高出力:70kW(95PS)/12,000rpm
最大トルク:63Nm(6.4kgm)/9,500rpm
深掘りしたくなるディテールは庵野監督のお手のもので、この映画でもライダーはなぜ仮面をかぶるのか、なぜバイクに乗るのか、といったことにひとつひとつ理由が付けられている。特にバイク=サイクロン号に関しては、監督の偏愛があふれまくっている。劇中のサイクロン号は、変身前がホンダCB250R、変身後はCB650Rがベース。TV版を何倍も緻密にした変形場面はテンションが高まる。特徴的な6本マフラーも見た目だけでなく、大ジャンプによって空を飛べないライダーの弱点を補うという見せ場が用意され、まさに相棒的存在として描かれる。
頭脳明晰スポーツ万能ながらいわゆるコミュ障で、バイクだけが趣味という本作の本郷にとって、サイクロン号は単なる道具ではない。庵野監督がバイクに乗るのかは知らないが、バイク乗りの気持ちを知る人であることは確かだ。本作の仮面ライダーは“プラーナ”なる生命エネルギーを大気中からベルトに集めて変身する設定で、それがライダーがバイクに乗る大きな理由となっている。ライダーには風が必要なのだ。最初の変身時、疾走するサイクロン号から立ち上がり、全身に風を受ける本郷の恍惚とした表情は、バイクに乗るひとなら大いに共感できるだろう。池松壮亮のナイーブな演技がマッチして、弱さと優しさを孤独で鎧うバイク乗りとしての本郷 猛を見事に体現していた。
加えて、浜辺美波演じるヒロイン緑川ルリ子とのタンデム場面もいい。2人は戦いの中で信頼を築くのだが、冒頭のチェイスで本郷の背中に身を預けるルリ子の姿を見れば、実は彼女が最初から本郷を信頼していたことが分かる。ただ後ろに乗っているだけではない姿は演出に違いない。この映画に恋愛要素はほぼないが、こうした場面のほんのひとつまみが潤いを生み出している。
HONDA SL350/SUZUKI T20
仮面ライダーの愛車であるサイクロン号の歴史はこの2台から始まった。左のホンダSL350は、テレビ版の本郷 猛が変身する前に乗っていたバイクであり、後に2号ライダーが乗ることになる改造サイクロン号のベースになったモデル。右はフルカウルを纏った初代サイクロン号のベースとなるスズキT20。『シン・仮面ライダー』では、フルレストアされた2台を見ることができる。
サイクロン号はTV版と同じくルリ子の父・緑川博士が作ったことになっているが、そこに博士が昔バイク乗りだった設定が付け加えられた。劇中の写真に映る彼の愛車はスズキT20。TV版旧サイクロン号のベース車だ。粋なオマージュといえるだろう。終盤で博士の息子イチローがライダーに立ちはだかるのだが、彼が君臨する玉座の両脇に、古い型のバイクが置かれている。イチローがバイクに乗る場面はないので何故かと思っていた。1台はホンダSL350だと分かった。TV版で変身前の本郷が乗るバイクであり、後に改造サイクロン号のベース車にも利用された車種だ。もう1台は確証が持てないが、おそらく先述のT20だろう。仮面ライダーゆかりのバイク2台を並べるオマージュであり、かつて博士とイチローが親子でバイクに乗っていたと推測できる場面でもある。
「バイクは孤独を楽しめるから好きだ」というのは仮面ライダー第2号=一文字隼人のセリフだが、それを聞いた本郷は肯定も否定もせず、ただ黙っている。生来の一匹狼である一文字と、他者と関わるのが苦手な本郷。同じ孤独でも意味合いが異なる2人の対比は結末への重要な伏線でもある。バイク乗りにとっては、自分はどちらに近いだろうと問われる思いもするはずだ。本郷より大人で、時に兄のように本郷を見守る一文字は、柄本 佑の飄々とした演技も素晴らしく、TV版とは違った魅力を放っていた。
『シン・仮面ライダー』はリブートでも新解釈でもなく、ノスタルジーでもない。原体験を、新体験させてくれる希有な映画なのだ。『仮面ライダー』を初めて見た日の気持ちを50年間温め、育て、結実させた庵野監督、そしてそれを支えたスタッフの努力は最大限に評価されていい。今の世代がこの映画を見てどんな感想を抱くのか、正直分からない部分もあるのだけれど、この作品に注がれた過剰なほどの愛と情熱は、きっと誰かの心を突き動かす。あの時TVを見つめた僕たちと同じように。少なくとも当時を知る僕は、懐かしいあの日を思い出すのではなく、バイクに憧れ、孤独に憧れ、早く大人になりたかったあの日の自分ともう一度巡り会えた。それ以上、何を求めるというのだろう。
Atsushi Yamashita