Road & Sky archives

クルマ、バイクメーカーの中には飛行機を生産していた会社が数多くある。

内燃機関の進化はクルマやバイクだけではなく、飛行機の進化ともリンクしていたからだ。

しかしそれ以外にもクルマやバイクは飛行機と感覚的な部分でつながっている。

クルマやバイクの創り出したスピードの中に入ると、そのまま空を飛べてしまうような錯覚に陥ったりすることはないだろうか。

身体能力を超えたチカラを手に入れたいという本能的な欲求がスピードの先に空があるように思わせるのかもしれない。

2016年12月号 Vol.169 特集「Road&Sky」より空と道の出会う場所へ

文・山下 剛

写真は1920年代に製造されたBMWの水冷直列6気筒エンジン「BMW Ⅳ』を搭載した航空機。その性能の高さに注目した川崎重工が1924年にライセンス契約を締結。日本国内で戦車用に改造されて陸軍に納入された。後にBMWは空冷エンジン「801」を開発。1945年までに3万基以上が製造され第二次大戦時には戦闘機「フォッケウルフ Fw190」などに搭載されていた。

 馬と同じ速さで大地を駆けていきたい。

 鳥のように大空を飛びたい。

 人間がそう願うようになったのがいつだったのかは分からないが、いつしか人間は馬を飼いならしてその背に乗ることで馬の速さで走れるようになった。しかし鷲の背に乗って飛ぶことはできなかった。

 やがて人間はエンジンを発明した。クルマとバイクによって人は馬よりも速く走れるようになり、飛行機によって鷲の背に乗らずとも人間は空を飛べるようになった。今や世界中の空を飛行機が駆け巡り、人を運び、物資を届け、爆弾を落としている。

 人間は移動する生き物である。人が大地を歩けば、道ができる。歩けば歩くほど道は太く長く固くなっていく。道とは人が歩いた跡であり、生きてきた証だ。それは、徒歩が馬になり、そして馬車になり、クルマやバイクで走り回るようになっても変わっていない。そして21世紀の今、地球は道だらけになった。

 だが、いくら飛行機が大空を駆け巡っても、そこに道は生まれない。熱せられた大気が残るだけで、それすらすぐに消えてしまい跡形は残らない。人間は空に生きた証を残すことはできないのだ。道を現実、空を夢とか理想などとつい象徴したくなるのは、つまりはそういうことなのだろう。

 それでも人は地平線に希望を見出す。道と空が近づき、接するその場所をめざして歩き、ときに走り出す。しかしどこまで行こうが地平線はいつもはるか遠くにあり、決して辿り着けない。人は地平線をその目で見ることはできても、そこに立つことはぜったいにできないのだ。

 18世紀に発明された蒸気機関は産業革命を支えた。蒸気船と蒸気機関車が人と物が移動することを大いに発展させた。そして19世紀後半に蒸気機関よりも小さくて軽いガソリンエンジンが発明された。クルマやバイク、飛行機といった新たな移動技術が大きく進化していくことになる。

 1885年、ゴットリープ・ダイムラーが4ストロークガソリンエンジンを載せた木製二輪車を発明した。その翌年、ダイムラーは続けて四輪車を開発、時を同じくしてカール・ベンツがガソリンエンジンを搭載した三輪車を発明する。こうして現代に続くガソリンエンジンのバイクとクルマが誕生したのである。

 そしてその十数年後、1903年にライト兄弟がガソリンエンジンを積んだ飛行機で有人飛行に成功すると、1909年にはルイ・ブレリオが飛行機によるドーバー海峡横断に成功。これ以降、飛行機は最高速度と航続距離を大きく伸ばしていく。

 クルマとバイク、そして飛行機。いずれもボディの構造や素材、加工精度の熟練が乗り物としての性能を高めたが、進化の鍵を大きく握っていたのはやはりエンジンだった。主たる動力源が蒸気機関だったころは、バイクと飛行機の躯体に蒸気機関は大きすぎたため実用に至らなかった。いっぽう蒸気機関を積んだクルマは18世紀に誕生していたものの、ガソリンエンジンが登場してからは革新的といえるほど凄まじいスピードで発展している。

 ガソリンエンジンの性能が実用的であることが知れ渡った1900年前後にクルマ、バイク、飛行機を開発、生産するメーカーが多く誕生し、1930年頃まで次々と新たなメーカーを生み出した。その結果エンジンそのものの性能と信頼性も大きく進化していったのだ。人が馬よりも速く大地を駆けめぐり、鷲のように空を飛びまわるために必要だったのは、馬の脚でも鷲の翼でもなくガソリンエンジンだったのである。

 それだけにクルマやバイク用と航空機用、どちらのエンジンも生産していたメーカーが存在した。BMWは航空機エンジン生産からスタートしているし、サーブは航空機メーカーとして設立された後、自動車開発に乗り出した。アエルマッキは航空機メーカーとして創業し、のちにバイクメーカーとして再出発している。他にも航空機メーカーとして誕生したアグスタも、やがてMVアグスタという子会社を立ち上げてバイクの生産をはじめた。さらにピアッジオは船舶からはじまって航空機を製造、やがてスクーターまで生産するイタリアを代表するメーカーとなった。

 それ以外にもダイムラー・ベンツ、アルファロメオ、フィアット、ロールス・ロイス、ルノーなど、自動車メーカーとして出発した後に航空機用エンジンを手がけた自動車メーカーは数多い。

 日本では中島飛行機が富士重工となって飛行機から自動車製造へと転身しているし、船舶からはじまり航空機を生産していた三菱重工と川崎重工も、それぞれクルマとバイクを生産するようになり、現在は両社ともに再び航空機や航空機用エンジンを生産している。バイクから始まり、クルマを作り、とうとう飛行機を作った本田技研もある。

富士重工業(現SUBARU)の前身である中島飛行機は、陸軍の主力戦闘機メーカーだった。九七式戦闘機、一式戦闘機「隼」、二式戦闘機「鍾馗」、四式戦闘機「疾風」など著名な軍用機を制作していた。写真は「疾風」。

富士重工業で製造された軽飛行機、エアロスバルFA200は、1965年から1986年まで試作機を含めて299機が生産された。

ビジネス用双発機FA-300は、富士重工業と米国ロックウェル・インターナショナル社の共同開発による。

 クルマとバイク、そして飛行機。これらの進化と発展に触れるうえで、二度の世界大戦を避けることはできない。自動車生産から出発したメーカーが航空機を手がけるようになったのは戦争による需要があったからだ。第一次世界大戦勃発から第二次世界大戦終結までの31年間、クルマとバイクと飛行機は、他者の財産や幸福を奪うため、あるいは己の権利と自由を守るために、より速く走り、もっと遠くへ趣き、さらに高く飛べるようになった。戦争なくして現在の交通機関の発達はなかったとも言えるのだ。

 しかしそれらを進化させたのは戦争だけではない。

 第二次世界大戦が終わると、敗戦国であるドイツ、イタリア、日本は航空機生産を禁じられた。その結果、航空機を設計していた技師たちがクルマやバイクを作るようになった。そうしてクルマとバイクの開発に頭脳と技術が集中することで大きな進化を遂げ、敗戦国にいくつもの巨大メーカーが生まれ、それぞれに文化を育ててきた。

 航空機を製造した実績はないが、モトグッチは第一次世界大戦中のイタリア空軍で知り合った三人の若者たちの「世界が平和になったら俺たちでバイクを作ろう」という誓いから生まれたメーカーだ。モトグッチが作るバイクはクランクシャフトを進行方向にレイアウトする縦置きエンジンで、その乗り味はプロペラ機に似ていると評されることがある。

 これはやはり縦置きエンジンを搭載するバイクを作っているBMWも同様だ。モトグッチと違ってBMWはもともと航空機エンジンを製造していたこともあり、とくにボクサーエンジンや車体の設計思想やその堅牢さにプロペラ機の匂いが残る。ちなみにBMWのロゴマークは飛行機のプロペラを模したものといわれるが、これについては真相がはっきりしていない。

 富士重工と川崎重工。クルマやバイクより先に航空機を作っていたこの2社は、いずれも設計思想に頑固さと独創性を持っている。富士重工は水平対向エンジンと四輪駆動を譲らず、川崎重工は世界最速をひたすらにめざし、実用車を作らず趣味性のあるバイクしか作らないことで徹底している。

 航空機をルーツに持つクルマ、バイクメーカーは一筋縄で括れない傾向があり、それぞれのメーカーにはやはり一癖あるマニアが集まってくる。理由はさまざまあるだろうが、ちょっと想像を広げてみるならば、人が空で生きるための乗り物を作ってきた彼らに信頼を感じているからではないだろうか。空という夢現の世界に挑んできた彼らに憧れを抱いているのかもしれない。

 地平線は空と道をつないでいるように見えるが、そこに立つことができない以上、虚ろでしかない。つまるところ、道と空をつなぐものは人間だ。なぜなら、どこからが空でどこまでが空なのか、それを知覚できるのは人間だけだからだ。天に向かって手をのばした先から、大気があるところまでが空かもしれないし、地表すれすれのところから、はてしなく広がる宇宙までもが空かもしれない。その答えは誰もが知っていて、誰もが知らない。

 クルマとバイク、そして飛行機は長年人間の夢であった移動を自由にしてくれた。道という現実の上をどこまでも走り、空という夢の中を飛び回るために生まれた。そしてそのいずれにも欠かせないエンジンは、希望だったのである。

 だから私たちは今日もエンジンを回してクルマを走らせ、バイクを操り、飛行機で空を舞う。現代に生きている喜びをを味わいながら、世界の美しさを全身で感じるのだ。

写真・長谷川徹

「Road & Sky archives」の続きは本誌で

2016年12月号 Vol.169
空と道の出会う場所へ 山下 剛

2016年12月号 Vol.169
空へ溶け込む最短距離 後藤 武

2019年4月号 Vol.197
空飛ぶクルマに憧れたころ 山下敦史


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