純正部品の再生産

文・吉田拓生

自動車は耐久消費財として括られている。

 長期にわたって使い続けることはできるが、使用した時間や使い方により消耗していく部品も少なからずある。寿命が来たパーツをその都度交換すればクルマは完調になるのだが、問題はそのパーツがいつまで手に入るのか、という部分だろう。

 既に生産が終了してから時間が経過している場合、話はややこしくなってくる。作り手としては「いつまでも自社の製品を愛用してほしい」という気持ちもあるが、ある程度使ったら新製品に買い替えてほしいという気持ちの方が強くても不思議ではないのである。

 以前から、輸入車に比べ古くなった国産車のパーツは手に入りにくいと言われてきた。以前は専門店がどうしても必要なパーツを少しだけリプロダクトしたり、オーナーズクラブがメーカーに直訴したりという話もよく聞こえてきた。だが最近は、メーカー自体の動きが活発化している。

 2017年にマツダがロードスターのレストア・プログラムを開始したことをご存じの方も多いと思う。車齢30年以上というロードスターを新車のようにレストアするとなれば、パーツを再生産する必要も出てくる。こうして蘇ったパーツは、自社のレストアプログラムのみならず一般に販売もされている。

 マツダの担当者が初代ロードスターのパーツを作っていた下請け会社をひとつずつ訪ね、型のあるなしを確認。必要とあらば新たな型をおこすことも厭わない。驚かされたのは、ブリヂストンが新車当時の純正タイヤであるSF325を、当時の技術者が新たに型をおこして再生産したことだろう。見た目のみならず、ドライブフィールも再現する。いかにもフィーリングに強いこだわりを持つ現代のマツダらしいアプローチといえるだろう。

 こういったマツダのスタンスに影響を受けたのだろうか、その後は日産(NISMO)がR32~R34までのスカイラインGT-Rを、トヨタがスープラ、ホンダがビートといったモデルのパーツの再生産をスタートさせている。

 パーツ再生産の対象となるのは熱狂的なファンが多く、国内外でそれなりの台数が生き残っている車種のみということになる。とはいえこれは、かつての国産車のパーツ枯渇状態とくらべれば驚くべき変化と言えるだろう。

 海外に目を向ければ、パーツの再生産は珍しいものではなかった。筆者はかつて、イギリスのバーミンガムにあるBMH(ブリティッシュモーターヘリテイジ)社を訪ねたことがある。ローバーの一部門でもあったこの会社は、現在でもクラシック・ミニやMGミジェット、MGBのホワイトボディを生産していることで知られる。もちろん様々なモデルの型を所有しているので、そこまで需要がないモデルのボディパネルでも、ある程度注文がたまると再生産しているのである。

 BMH社の人と話していて興味深かったのは「需要があるから作る。特別なことをしているわけではない」という素っ気ないスタンスだった。「ウチなんかよりモーガンの工場を取材したほうが楽しいんじゃないか?」などと真顔で言ってくる。ヘリテイジという言葉は「遺産」と訳することが多いが、彼らはそこまでカビ臭かったり、高尚なものとしては捉えていなさそうだった。

 「機構的な部分は後から直せるが、ボディの腐りは(本当の意味では)直すことが難しい。だからボディの状態で選べ」というのは古いクルマを買う際の通り句だ。だが新品ボディ自体が手に入ってしまうとなれば、そのクルマの命は永遠のようにも思える。

 ホワイトボディといえば、初代のフォード・マスタングでも手に入るし、VWビートルもほぼ全てのボディパネルが再生産されているので、これに近い状況といえる。

 近年はドイツやイタリアの高級車メーカーがオフィシャルのレストア部門をアピールしはじめている。だが彼らはちゃんとしたプログラムとして立ち上がる遥か昔からクラシックモデルの維持に積極的に協力してきていた経緯がある。それが〝商売になる〟という以前に、作り手として当たり前の仕事を粛々とこなしてきたのである。

 昨今の日本で起こっている動きと、海外のそれに違いがあるとすれば、モチベーションの部分かもしれない。古くても使えるものは手入れして長く使うことが当たり前。古いクルマだってできるだけ直して使うという文化が定着している海外に比べれば、まだ日の浅い日本のそれはブームに過ぎない。

 「パーツ再生産バンザーイ」というだけでなく、それを文化として、また商売が成立するように支えるのがクルマ好きに課せられた使命となるだろう。パーツ再生産の前例が増えてきたので、メーカーの動きが今後さらに活発になる可能性は大いにある。あとは「ちょっとしたブーム」に終わらせないクルマ好き個人の気持ちが大切になると思う。

マツダとブリヂストンが共同で開発し復刻させた「SF325」というタイヤは、1987年に開発をスタートし、初代ロードスターが発売された1989年の純正装着タイヤ。トレッドパターンや見た目だけではなく、乗り心地までも当時の状態を再現したという。31年の時を経て2018年に復刻した。

イギリス バーミンガムにあるブリティッシュモーターヘリテイジ社のホームページを覗くと、クラシックミニやMGBのボディが純正パーツリストのようにラインアップされている。メーカー純正品でなくてもクルマが1台完成してしまうヨーロッパならではの文化を感じることができる。

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