ヨーロッパ・クルマ・未来

前号Vol.224の特集「クルマに哲学は必要か」において、『ジャーマンプレミアム3の未来』と題したドイツ車の哲学と未来を岡崎五朗氏に考察してもらった。

今回その続きとして、イタリア、イギリス、フランスといったヨーロッパ各国のクルマの未来を考えてみたい。


不毛な欧州ルール

文・池田直渡

 7月14日、欧州委員会は「2035年までにハイブリッド車を含めて内燃機関搭載車の生産を実質禁止とする」提案を打ち出した。注意すべきはこれはあくまでも欧州委員会の提案であり、これを受けて各国が法制化すべきかどうかの調整を始めるという点だ。あたかも決定であるかのように伝えているメディアが多いが、これは限り無くフェイクニュースである。

 では法制化の道のりはどうかと言えば、調整は多難である。発表の前日である14日、欧州自動車工業会(ACEA)は、これまでにない否定的な声明を発表している。その内容は日本において豊田章男自工会会長が繰り返し述べてきた内容と酷似している。「充電設備が未整備な現状で内燃機関の禁止をルール化するのは非合理的」とする、ごく常識的な意見である。

 実はそれ以外の角度から見ても、常識的に考えれば、2035年に内燃機関販売禁止は不可能である。バッテリーとバッテリーの原材料であるレアメタルの供給が全く追いつかない。

 そもそもバッテリー方式のベストが日々入れ替わり、何が優れているかの評価が定まらない。現在の主流であるハイコバルト系リチウムイオン電池の対抗馬として、リン酸鉄系のリチウムイオンを是とする意見もあれば、全固体電池に期待を寄せる一派もある。あるいは最新の動向で言えば、ナトリウム電池に新たなブレークスルーというニュースや、ニッケル水素電池の能力の劇的向上も伝えられている。大混戦の中で一体どの技術が勝ち残るかはまだ誰にもわからない。

 にも関わらず今すぐ工場を建設しないと2035年には全く間に合わない。何でも作れるユニバーサル設備ができるなら良いが、常識的には、電池の生産設備は何を作るかに大きく依存するものだ。簡単に解決の糸口が掴めるとは思えない。それでも期限を切るとすれば、何かが勝つと決めて博打を打つ以外に方法はない。

 原材料のレアメタル不足も大問題だ。一般的にはニッケル、リチウム、コバルトの3種が特に必要とされている。実はこれらは地球上に大量にある。例えば海水にあまねく含有されているが、そのほとんどは濃度が低すぎて使い物にならない。

 塩湖の様な海水が長い年月をかけて極度に濃縮された鉱床でなければ、現在の採掘技術では採算の合う採掘ができない。一般的にはそういうところで濃縮されるのは他の鉱物も一緒で、カドミウムやクロムなど毒性の強い重金属もまた濃縮されている。有用なレアメタル以外を正しく処分するには膨大な処理コストがかかる。そういう鉱山開発が強引なゴール設定で短期間に乱発されれば取り返しの付かない環境破壊が生じる。安全との両立に手間と資金が必要な採掘に無茶な時間目標を設定した場合、地球の未来がどうなるかは考えればわかる話だと思う。

 そしてそもそも、そういう不足しがちな資源を世界で奪い合えば、経済原則から言って圧倒的な売り手市場になるわけで、それはつまりバッテリー価格の高騰につながる。EVの原価の4割から5割を占めるバッテリー価格が上昇して、EVの販売価格が下がることはあり得ない。ではタダでさえ高価なEVがこれ以上値上がりして普及を目指せるのか? それは無理筋としか言いようがないし、そもそも今の自動車需要を満たすためには、レアメタルの採掘量が根本的に足りていない。

 EVの供給が足りない部分は、内燃機関やハイブリッドで補完するしか方法は無いように思う。にも関わらず、過剰な理想主義に誘導された内燃機関販売禁止の前倒しは、地域経済の大幅な弱体化を生み。最悪の場合環境規制の信頼を大きく損なう。不毛な規制強化はむしろ健全な環境技術の発展を阻害する事になりかねないだろう。


「ヨーロッパ・クルマ・未来」の続きは本誌で

イギリス車にエンジンはいらない? 吉田拓生

チンクエチェントの次はなに 嶋田智之

カングーが終わるとき 森口将之

不毛な欧州ルール 池田直渡


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