親から子へ、職人から職人へと引き継がれ、誰が作っても同じものができる。そんなもののことを「定番」と言うのではないか。ずっとそう思っていた。
FEATURE1 スバリストを唸らせたオイル~『レ・プレイアード・ゼロ』
スバル車といえばシンメトリカルAWDであり水平対向エンジンである。なかでも、モータースポーツの世界で鳴らした高性能ターボはスバルの真骨頂と言っていい。
My First Love マイ・ファースト・ラブ
岡崎五朗のクルマでいきたい vol.76 VWトップとの会食
この原稿を書いているのは東京モーターショーのプレスデー前夜。かつての勢いこそないものの、東京は依然として主要な国際モーターショーのひとつであり、この時期になると世界各国から多くのプレス関係者やメーカー関係者が集う。
バリー・シーンのいた時代
1983年の今くらいの季節だった。茅ヶ崎のガレージ湘南でジンプライズのウエストバッグを買ったときにもらったスズキのカレンダーに、バリー・シーンのページがあった。
F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 PLUS vol.08 本気と意地の富士
「富士だけ勝っていないので、なんとしてでも勝ちたい」と言ったのは、アウディ・スポーツの代表、W・ウルリッヒだ。
クルマとバイクを美しく乗りこなそう
FEATURE1 2190万円のナンバー付モトGPマシン~HONDA RC213V-S
今年、ホンダは衝撃的なバイクを世にはなった。2輪ロードレースの最高峰モトGPを走るワークスレーサーの「レプリカ」だ。
ULTIMATE JAPAN アルティメイト ジャパン
1989年、平成元年に日本のクルマは世界の頂点に登りつめた。日本のビンテージイヤーと呼ばれたこの年は、GT-Rが復活し、ロードスターが発売され、セルシオ=アメリカ名レクサスが世界の高級車に衝撃を与えたのだ。
岡崎五朗のクルマでいきたい vol.75 VW不正事件とジャーナリストの務め
VWにとって未曾有のスキャンダルになったディーゼル車の排ガス問題。事の発端となった米国に加え欧州でも不正が発覚するなど、ことはVWの経営、ひいてはメイドインジャーマニーの信頼失墜にまで及びつつある。
東京モーターショー2015「東京モーターショーは日本のクルマ文化と共にあった」
第1回東京モーターショー(10回目までの正式名称は全日本自動車ショウ)は、1954年4月20日~29日に開催された。会場は日比谷公園内広場。屋外で行われたということだ。
F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 PLUS vol.07 鈴鹿に帰ってきたホンダ
鈴鹿サーキットで開催された昨年のF1日本GPで、ホンダは2015年に投入するパワーユニットの最新映像を先行公開した。