GT浪漫の世界を求めて ~BM11-BLISS Magic eleven

文・山田弘樹/写真・淵本智信

漫画家の西風氏による『GTroman』をご存じだろうか。

クルマを愛する人たちの、愛車をめぐる悲喜こもごもの人間ドラマが描かれている。漫画の世界を現実に描き出したようなそんなお話を紹介しよう。

 いま自分の目の前に、ロマンという素材で作られたインゴットを、削り出して形にしたかのようなスポーツカーが、1台佇んでいる。そのクルマは、「ベック550スパイダー」をベースに独自のカスタムを施した「BM11」(ブリス・マジック・イレブン)だ。

 マニアであれば、ベックの名前は知っていることだろう。それは北米インディアナ州にある老舗コーチビルダー「スペシャル・エディション社」が生産する、ポルシェ550スパイダーのレプリカモデルである。

 レプリカとはいえ本家の550スパイダーは、生産台数がわずか90台といわれる宝石のような存在だから、ベックに真贋を問うのはナンセンスだ。むしろ〝レンシュポルト”の始祖であり、ジェームズ・ディーンが〝リトル・バスタード”と呼んで愛した550スパイダーの雰囲気を、オリジナルを走らせるより遙かに気兼ねなく疑似体験できる存在として、ベックは世界中の好事家こうずかたちから一目置かれているはずである。なにせ本物のポルシェ550スパイダーは、市場に出れば数億円は下らないのだから。

 ちなみに創始者であるチャック・ベックがこのベック550スパイダーをブラジルで生産したのは1983年で、実に40年以上の歴史がある。日本での輸入は2000年初頭から長らく途絶えていたが、現在は吉村オートがベック・ジャパンとして、2019年から販売している。

 前置きが長くなったが、そんなベック550スパイダーに、現代的な快適性を与えるべく誕生したコンプリートモデルが、このBM11である。それはもともとオーナーである齋藤 悟さんが、自分のために作り上げたカスタムモデルだった。しかし空冷ポルシェのスペシャリスト(中老エンジニアリング)と共に作り上げた550スパイダーはあまりに乗りやすく、この魅力を少しでも多くのクルマ好きたちに知って欲しいと思い立ち、齋藤さんは株式会社ブリスを設立。カスタムカー&バイクを扱う「ガレージ432」として、20台の限定生産でBM11を制作・販売することにした。

 「私はこれまでずっと、教育関係の仕事をしてきました。そして還暦を過ぎたら仕事は辞めたいなと思ったんです。しかしいざ辞めたにしてもやることがなければ、その後の時間をうまく過ごせないじゃないですか。そして残された人生を充実させるためにはどうしたらよいかと考えたとき、このBM11を売る会社を作ればいいんじゃないかと考えたんです」

 会社設立の経緯を語る齋藤さんの口調は穏やかで、ちょっと照れくさそうだったが、それは私たちOVER50が直面する問題そのものだ。彼が編集部にBM11のことを知って欲しいと1通の手紙を送った理由も、まさに本誌がOVER50のこれからの人生を、どう生きて行くかというテーマに取り組んでいたからだったという。

 齋藤さんは昨年、経営してきた会社のひとつを整理し、また別の会社は後継者に事業を引き継ぐ準備を進めている。そしてこの先は、大好きなクルマとバイクの仕事を通して社会と関わっていきたいのだという。「ガレージ432」には、4輪とサイドカー(3輪)、そして2輪を扱うガレージという意味が込められている。

 筆者が齋藤さんをユニークだと感じたのは、彼がいわゆる“ポルシェ・フリーク”ではなかったことだ。930ターボに始まり、数台にわたってポルシェを経験してきた齋藤さんが、このベック550スパイダーに惹かれた理由は、それがポルシェの伝説的なスポーツカー(のレプリカ)である以上に、かつてサーキットで走りを楽しんだロータス・エリーゼや、愛するバイクたちと同じ空気を持っていたからだ。年を重ねるにつれて「もう少しのんびりと、しかし走らせて楽しいスポーツカーに乗りたい」と考えたとき、ベック550スパイダーに行き着いたのである。

 「初めてベック550スパイダーに乗ったときは驚きました。私はクラシックカーの経験がなかったもので、特にブレーキの性能には不足を感じてしまったんです。だからまずブレーキ周りと足周りから着手して、最終的にはスイッチ類やサイドブレーキのノブまで、自分の好みに改良しました」

 確かにクラシックカーやクラシックテイストなリプロダクションカーにとって、タイヤとブレーキの性能は、常について回る問題だ。そのクルマに当時の乗り味をどれだけ求めるか、はたまた現代水準の性能を与えるかで、クルマの方向性は変わってくる。

 ちなみにこのBM11がベースとするベック550スパイダーも、スペシャル・エディション社の手によって地道なアップデートが繰り返され、現在は第3世代となっている。そのシャシーには3インチのチューブラーフレームが採用され、フロントサスには調整可能なツイントーションビームまで組み込まれている。またパワーユニットは、同じ血筋を持つフォルクスワーゲン製の空冷フラット4だけでなくEV化も可能で、なんとこのBM11にはスバル製の2.5リッター水冷・水平対向4気筒「EJ25」(177PS)が縦置き搭載されている。その上でBM11はブレーキをウイルウッド製のツインマスターへと作り替え、ディスクブレーキにアップデートして、足周りの性能を整えた。

 キーシリンダーをひねり、ダッシュボードのスターターボタンを押すと、野太いクランキングを2回ほど打ったあと、一発でエンジンが掛かった。キャブのようなアクセラレーションは必要なく、初爆こそ大きいがアイドリング時のサウンドはわりと静かだ。

 ベック純正のスプリングに、前KONI/後ビルシュタインダンパーの組み合わせは、とてもナチュラルな乗り心地。そしてウルトラハイグリップなタイヤであるADVAN「A052」が、この足周りとボディにマッチしていたのが、とても意外だった。

Garage432(BLISS Co.,Ltd.)

本文で紹介した齋藤 悟氏が、BECK 550 Spyderのコンプリートモデル『PORSCHE 550 SPYDER BM11』を製作、販売することを目的に立ち上げた。同モデルは限定20台で販売。スペック、価格などはGarage432に直接、問い合わせを。
HP:https://bliss-garage432.com/
Phone:090(8422)2109

BECK 550 spyder

1950年代にポルシェが製造・販売していた伝説的なレーシングカー「ポルシェ 550スパイダー」のレプリカ(復刻モデル)として誕生。オリジナルモデルのポルシェ 550スパイダーは1953年から1956年にかけて製造され、超軽量で高性能な空冷水平対向4気筒エンジンによって、レースシーンで大排気量のライバル車を打ち負かし、「ジャイアントキラー」と呼ばれた。ジェームズ・ディーンはこのクルマに「Little Bastard(リトル・バスタード/小さな悪童・無法者)」というニックネームをつけ、ボディにはゼッケン「130」をペイント。しかし、レースに出場するためサーキットに向かう途中、交通事故によって24歳という若さで命を落とす。納車後わずか9日後、1955年9月30日のことだった。ジェームズ・ディーンのこの悲劇的な最期は当時の若者に大きな影響を与え、このクルマは多くの人々の記憶に刻まれることとなった。奇しくも今年は彼の没後70周年となる。

 もちろん厳密なことを言えば、グリップと剛性の高さに対して、ステアリングの切り始めに遊びがあるのは惜しい。しかし路面からの突き上げをほどよくいなしながら、いざ走らせればカートのような俊敏さで駆け抜けるそのコーナリングは、確かにありだと感じた。「ステアリングがダルな領域を詰めるには、ラックの精度がもう少し必要か? それともキャンバーでバランスできるか。もう少しショルダーが丸いタイヤを選べば、切り始めはスムーズかもしれない」 そんなことを考えながら走るのは、とても楽しかった。とにもかくにもこのシャシーの軽さと剛性のバランス、そして足周りとブレーキ性能の高さが、ADVAN「A052」のチョイスを可能にしたのだと思う。

 スバルの水冷エンジンは回り方もスムーズで、メカニカルノイズも少ない。しかしエキゾーストのできが良いのだろう、回すほどにパンチが出てきて、耳の後ろでサウンドが弾ける。4速MTは2速から3速までの距離がやや遠いけれど、わずか630㎏の車重を170馬力のパワーで走らせるギアリングとしてはステップ感も悪くない。だからその独特なタッチをうまく操ることまでもが、またひとつの楽しさになる。低いフロントウインドーごしに流れる景色をその目で捉え、体いっぱいに風を感じながら夢中になって走らせたBM11の走りには、間違いなく現代で急速に失われつつあるクルマのロマンがあった。

 本家のベック550自体が、年産二桁に行かない生産量だというから、それをベースに作り上げるBM11が20台のキャパシティを満たすには、おそらく10年以上の歳月が必要だろう。それでも齋藤さんは、少しずつ改良を重ねながら、BM11を売って行きたいという。

 「街中でこのクルマに乗っていると、子供が手を振ってくれるんです。私は今まで、そんなクルマに乗ったことがありませんでした」

 ベックがポルシェ550スパイダーを甦らせたことがひとつのロマンであるなら、それを現代的にカスタムし、走りの素晴らしさを20人のクルマ好きに伝えたいと考えた齋藤さんの思いもロマンだ。スポーツカーにとって一番必要な性能は、実はパワーでもコーナリングパフォーマンスでもなく、乗り手を熱くさせるロマンなのだ。

Buzz House(バズハウス)

桜の名所、伊豆高原の桜並木の一角にあるアメリカン・ダイナー。ホットドッグ、BLTサンドのほか、こだわり抜いたコーヒーも味わい深い。ご主人はクルマ好きでガレージには40年以上所有しているシトロエン「2CV」が収まっている。近所に住まわれていたという故高橋国光氏も足繁く通われたという。
HP:https://www.buzzhouse.gr.jp/
住所:静岡県伊東市八幡野1274-49
Phone:0557(54)3044
営業日:金・土・日曜日
営業時間:11:30~18:00(L.0.17:00)

山田弘樹/Koki Yamada

1971年生まれ。『Tipo』在籍後フリーランスに。GTI CUP、スーパー耐久等に出場した経験を生かした執筆活動を行うが、基本的にはクルマ好きのスタンス。最近、自身のYouTubeチャンネル『NEXT CAR TV』を立ち上げた。日本ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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