岡崎五朗のクルマでいきたい Vol.186 オールドメディアの敗北

文・岡崎五朗

欧州議会で720議席中188議席を持つ最大勢力、欧州人民党(EPP)のトップと、EU委員会のトップを兼任するのがフォン・デア・ライエン氏だ。

 G7サミットには主要先進7カ国の首脳と並んで参加し、意見を述べ、並んで記念写真にも収まる。いわばEUの首相である。

 氏は欧州グリーンディールと称して再エネやEVを強力に推進してきた張本人だが、ここにきて主張を大きく変えてきた。11月の演説で、脱炭素にはopen technologicalapproach(オープンな技術的取り組み)で対処していくと表明したのだ。たいそう抽象的な言い回しだが、要はEVだけでなく、ハイブリッドやプラグインハイブリッド、カーボンニュートラル燃料といったあらゆる選択肢を動員して二酸化炭素を減らしていくということだ。これはまさにトヨタがずっと主張してきたマルチパスウェイ戦略そのものである。

 方針変更には二つの理由がある。ひとつはEVが思ったほど売れないこと。もうひとつは選挙結果だ。政府があの手この手でEVへの移行を推進してもユーザーは動かず、それどころか強引なグリーン政策を進めた政党は最近の選挙で軒並み議席数を減らした。そんな状況を目の当たりにし、ようやく現実路線に舵を切った格好だ。

 思えば数年前、多くのメディアはEUやカリフォルニア州のエンジン車禁止方針を受け、将来はEVだけの世の中になると確定的に書いた。しかし、いくら時の権力者がある商品をごり押ししようとしても、市場経済のもとでは購入の選択権は消費者にある。もちろん、立法府にはエンジン禁止のような強硬手段に訴える権限もあるが、それが納得できなければわれわれは選挙という民主主義的手段で権力者を権力の座から追いやることができる。にもかかわらず、政府が方針を打ち出したのだから未来はその方向で確定したのだ、と断じるのは市場経済や民主主義の基本的な仕組みを理解していない証左だ。しかし現実はほとんどの大手メディアがそこを理解していなかった。これはもう背筋が寒くなるような状況である。

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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