Sense of Wonder センス・オブ・ワンダー~人生を生き直す

人はなぜSUVに乗りたくなるのか

文・山田弘樹

 かなり以前から、アウトドアブームや自然派志向はあった。「ロハス」(健康と持続可能な社会を求めるライフスタイル)なんて言葉を聞くと実に懐かしいが、それは正に時代を先取りしていたワードだといえるだろう。

 しかし今自然派志向が人々の心を強くつかむのは、そうしたふんわりとしたブームやお洒落さだけが理由じゃない。コロナ禍という強烈な一撃を食らった我々が今一度、自分たちの生活にとって「本当に大切なものとは何なのか?」を、真剣に考え直す経験をしたからだ。

 ただ、だからといって今のSUVブームと、主題である「センス・オブ・ワンダー」の潮流が即座に結びつくとは、私は思わない。なぜいまこれほどにSUVが人気なのかを知るには、やはりその歴史を少し紐解く必要がある。

BMW X5

 そもそもSUVが世界的ブームとなった背景には、「ポストセダン」という事実がある。

 セダンよりも荷物が沢山載り、同じハッチバックを持つステーションワゴンよりもアイポイントが高いSUVは、便利で運転しやすい。見た目も大きいから、いばりが効く。

 車高が高いから高速巡航時の安定性に劣るという難点も、技術の進化がこれをはねのけた。その先鞭を付けたのは、2000年に登場したBMW X5だろう。

 伝統のフロントエンジン・リアドライブをベースにしたフルタイム4WDと、強靱なモノコックボディで走りを磨き上げ、セダンの流れを汲む流麗なデザインで仕上げられたX5は、土臭かった“ヨンク”の概念を大きく変えた。当時は筆者も「RVがこんな走りをしていいのか!?」と驚愕したものだ。そう、当時日本はまだこうしたクルマたちをアールブイ(レクリエーショナル・ビークル)と呼んでいた。

 ともあれこのX5から、欧州プレミアム勢のSUVシフトが徐々に始まった。そしてその浸透は実に20年ほどの歳月を要したわけだから、決してSUVは急に売れたわけではないのだ。人々がその価値を認め、ここ数年で市場がようやくバズったのである。

TOYOTA RAV4

 ちなみにトヨタはこうしたアーバンSUVの価値をとっくに見抜いており、5ナンバー枠ではRAV4(1993年)、プレミアムSUVとしてはハリアー(1997年)を既に発売していた。

 ただ日本には、こうしたアーバンSUVよりも、もっと強烈なセダン・イーターが存在した。そう、ミニバンである。

 バンをファッションアイテム化する流れは、日本でも80年代後半に盛り上がった。シボレー・アストロなどに端を発するアメリカン・カジュアルやサーフィンなど、アウトドアスタイルへの憧れだったが、これをファミリーカーとして定着させたのはまたもやトヨタだ。「天才タマゴ」こと初代エスティマはアンダーフロア型ミッドシップレイアウトを採用し、これまでのキャブオーバーバンにはない室内広と洗練されたデザインで注目を集めた。二代目以降はより整備性の高いFWD車となってしまったが、エスティマが約10年間ブームを牽引して市場を開拓したのはご存じの通りだ。バブル後の不景気やガソリン価格の高騰もあって日本は、ミニバンとハイブリッドに席巻された。

TOYOTA HARRIER

 だから日本におけるSUVの台頭の理由は、長らく続いたミニバン支配へのアンチテーゼ、「脱ミニバン」だと思う。右を向いても左を見てもミニバンばかりの閉塞感を、打ち破る一手だったのである。人間一度味わった広さを捨てることはできないが、SUVならそれを得た上で、ライフスタイルをスタイリッシュに再構築できる。

 ただその実SUVの室内は、ミニバンほど広くはない。実質的には、同セグメントのセダンと変わらないだろう。しかし高いアイポイントを持つことで、体感的には解放感が高い。パノラマ・ガラスサンルーフを選べば、後席だって高さと解放感が得られる。

 デザイン的にはミニバンより格段にスタイリッシュで、アーバンタイプを選べば快適でスポーティな走りが、クロスカントリータイプを選べばヘビーデューティな見た目と乗り味が楽しめる。

TOYOTA ESTIMA

 そしてコロナ禍が劇的なトリガーとなり、「センス・オブ・ワンダー」と結びつく。

 まとめれば今の日本のSUVブームは、脱セダン、脱ミニバンから始まった。そしてここにインポートSUVのトレンドがリンクして、さらにセンス・オブ・ワンダーが結びついたのだ。

 はっきり言えば、SUVじゃなくたってキャンプはできる。むしろ人や荷物を沢山運べる点では、ミニバンの方が便利だ。

 それでも人々がクロカン4WDに憧れるのは、ファッション性とリセールバリューの高さだけでなく、アウトドアな雰囲気を味わいたいからだ。

LANDROVER DEFENDER 90

 車高が高くヘビーデューティなSUVに乗ることで、実際にキャンプへは行かなくても、少し窓を開けて走るだけで、そうした気分が日常から楽しめるのである。

 かくいう筆者も、最近3リッターの直列6気筒ディーゼルターボを搭載したランドローバー ディフェンダーのショートボディ「90」に試乗して、グラグラと心が揺れた。運動性能が高いクルマを愛する自分がディフェンダーに心を奪われたのは、もちろんその性能に満足できる動的質感を感じたからだが、一方で自分の狭い価値観に対しても、閉塞感を感じていたからだ。

 そして全体的に盛り上がる自然回帰志向への共感や同調、経済的な見通しへの不安や頻発する災害に対抗しうる“強さ”を、ヘビーデューティなSUVに、無意識に求めているからだと思う。

 人は世の中の流れを読んで、それに順応して生きていく生き物だ。それを「ブームに乗る」と片付けるのは簡単だが、いまのSUVブームにはそうした閉塞感の打破が込められている気がする。脱セダン、脱ミニバンに続いて、脱閉塞感がSUVブームを作り上げたというのが筆者の結論である。


山田弘樹/Koki Yamada

1971年東京生まれ。自動車雑誌『Tipo』編集部在籍後、フリーランスに。GTI CUPをかわきりにスーパー耐久等に出場し、その経験を生かして執筆活動を行うが本人的には“プロのクルマ好き”スタンス。5年前に長年憧れていたポルシェ911(993)を手に入れた。最近、自身のYouTubeチャンネル「Clipping Point」を立ち上げた。日本ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

人はなぜSUVに乗りたくなるのか
文・山田弘樹

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人はなぜSUVに乗りたくなるのか 山田弘樹


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