濱口弘のクルマ哲学 Vol.31 バルセロナでのONとOFF

文/写真・濱口 弘

気になっていたクルマがバルセロナ空港のレンタカーリストにあった。

 旅の相棒によって旅の楽しみは2倍になる。はやる気持ちで予約した日から2週間後、私は地中海性気候らしい快晴のバルセロナ空港でそのクルマの鍵を受け取った。

 行き先はモーターランド、アラゴン。以前プライベートテストで訪れた事があるが、MotoGPも開催するサーキットだ。そのアラゴンへレースでもなく自分で行くことになる流れは、2024年度からルマン24時間を含むFIA世界選手権耐久シリーズ、通称WECのGTカテゴリーに大幅な車種変更が行われることに起因する。

 これまで特殊な車両で5メーカーしかレース車両を生産していなかったGTE車両が廃止され、GT3と言われる15メーカーが参画する世界最大のGTカテゴリー車両のLMGT3クラスが新設される。それに伴いタイヤはアメリカのグッドイヤーのワンメークとなり、来たる2024年に向けレーシングタイヤ部門の開発は過渡期を迎え、今回スペインはアラゴンにてFR、MR、RRを代表する車種を対象に開発テストが行われることとなった。ランボルギーニはMR車種として開発を担当し、私が所属するワークスチームがテストを行うのだが、ジェントルマン・ドライバーのコメントも重要視したいというグッドイヤー側からのリクエストで、私がスペインまで出向く事となったのがこの旅の目的だ。

 欧州でレースを始めた頃は自らの運転でサーキットまで行くこともレースの楽しみの一部分で、日本と違う景色や道を、日本には無い車種で走ることを大いに楽しんでいた。その際には欧州車の代表的なスタイルとなる、小さなハッチバックのマニュアル車を好んで借りることが多かった。ところが3シーズンくらい経ったところに、時差もあるロングフライト後に自分で運転して、直ぐにレーシングカーに乗るのは危険だからやめてくれ、とチームから言われたのをきっかけに空港へ送迎が来るようになり、それ以降レンタカーは無縁となってしまった。ただ、タイヤの開発テストとなると現場スタッフはメカニックとエンジニアだけなので、久しぶりに自分でレンタカーを予約して現地までいくことになったのだ。

 そんな250㎞のロングドライブの相棒に選んだのは、ルノーのアルカナ E-TECHフルハイブリッド。今流行りのミドルサイズSUVで、車高が高すぎずセダンよりは眺めが良い。レーシングギア一式を乗せてもまだ余るトランクスペースにイイね、と呟きいざ出発。

 空港の駐車場を出て、高速に乗るまでに環状交差点をいくつか周り高速へ合流するまでの間に、このクルマの素性に思わず顔がほころんだ。EV走行時のトルクや静粛性は言うまでも無いが、環状交差点のように長い時間Gが掛かるようなシチュエーションや、速度制限のためのスピードバンプを乗り越えるような瞬間的に強い衝撃を吸収するような場面でも、良く動く脚は端然とその機能を果たし、また、ロールも収まるセッティングとなっていた。装着されていたタイヤとの相性もよく、乗り心地の良さと軽快さのバランスに長けていた。1.6リッターのエンジンも中間加速はEVのサポートもあってか十分で、高回転では少し荒い回転フィールではあるものの、全くストレスの無い加速がどの速度域でも体感できた。

 サーキットでのタイヤテスト初日に新しいコンパウンドや構造のタイヤを10セット100周近く走り、2日目のロングランテストでは5セット100周し、心身共に疲れ切った46歳にアルカナのEVモードは優しかった。テストを担当したのは私と18歳の若手フランス人ドライバーだったが、彼はテスト後にVWゴルフGTのマニュアル車で颯爽とサーキットを後にした一方、私は一昨日レンタカーをピックアップした時の高揚感とは裏腹に、アルカナの静かな車内で音楽を聴きながら、カタルーニャの夕陽を背に振動のないステアリングを高速へと切った。アルカナの語源である「神秘」に由来するべく、低く眩しい光と南欧の乾いた山々、そして自分の運転するクルマはすべてシンクロし、全く違うシーンや心情にピッタリと寄り添うアルカナに後ろ髪をひかれながらスペインを後にした。

Hiroshi Hamaguchi

1976年生まれ。起業家として活動する傍ら32才でレースの世界へ。ポルシェ・カレラカップジャパン、スーパーGT、そしてGT3シリーズとアジアからヨーロッパへと活躍の場を広げ、2019年はヨーロッパのGT3最高峰レースでシリーズチャンピオンを獲得。FIA主催のレースでも世界一に輝く。投資とM&Aコンサルティング業務を行う濱口アセットマネジメント株式会社の代表取締役でもある。

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