クルマとカメラとミニカーと

文/写真・伊丹孝裕

毎月、ミニカーが数台ずつ増えていく。日々の生活の中、一番心が躍るのは、玄関の扉を開けて置き配の荷物を見つけた時だ。

 それが月に何度かあるのだから、幸せなことだと思う。値段は一台当たり200円~900円といったところ。ちょっと高いもので2,000円、たまに正気を失って4,000円ほど出してしまうことがある。スケールは大体1/64前後だ。普通車だと全長70㎜、全幅30㎜以下に収まり、置き場所には困らない。手の平に4台は載るサイズ感なので、気兼ねなく増車することができる。塵も積もれば、という言い回しは果たしていい意味なのか、そうではないのか。

 ジャンルにもカテゴリーにもしばりはない。レーシングカーやスーパーカーと同列に、トラックや四駆が並んでいる。実車を忠実に模したミニGT、いい感じに雑なホットウィール、可動部位に浪漫が隠れているトミカプレミアム、デフォルメとリアルが混在したチョロQゼロ、取り立てて特徴がないことが特徴のグリーンライトなど、いずれのブランドにも妙味がある。フォルムがいい、色味がきれい、なんとなくかわいい……と、それくらいの印象で購入に至っている。オリジナルモデルのスペックやヒストリーには全然詳しくなく、正体不明のものも多数ある。ただのおもちゃなので、パッケージのまま仕舞い込んだりせず、雑然と飾り、時々手に取り、走らせている。

ミニカー

ミニカー

 遊び方のひとつにカメラがある。写真に撮るということは、その形をじっくり観察することとイコールなので、思わぬ発見があるのだ。こんなところにエアスクープなんてあったっけ? と思い、雑誌の中の本物と見比べて「ほんとだ」となる。接写用のマクロレンズを通すと、肉眼では判別不能なロゴやパーツが見え、「ここまで作り込んでたのか」と唸る。

 そうやって視点を深く狭くしていくと、それを企画し、設計し、金型を作った人達へのリスペクトが生まれる。トミカプレミアムの「スカイライン・ターボ・スーパーシルエット(’84年)」のコックピットを撮影しつつ、動画サイトで当時のレース映像を観ていた時のことだ。ダグナッシュ製のギヤボックスに繋がる実車のシフトブーツと、ミニカーの中のそれは、蛇腹のゴムの数まで同じだった。

 あるいは、ミニGTのF1「ロータス・78(’77年)」を手にしていた時のこと。サイドポンツーンには、JPSのロゴが描かれているのだが、その仕様が実戦を走った記録はない。レース出場時はロゴではなく、John Players Specialの文字だけだったはずなのだ。それを指摘したのは本誌の神尾編集長で、そう言われるとこちらも気になって専門誌を何冊もさかのぼることになった。すると、『レーシングオン』(’10年11月発刊号)の中に、チーム発表時の仕様として掲載されているのを見つけた。

 こういう点と点のつながりに、ゾクッとする。分かりやすい本番仕様ではなく、あえてシーズン前の、しかもその日一日だけのカラーリングをモデル化に選んだ発案者がいたこと。そして、’77年当時から何十年も経った雑誌でロータス特集が組まれ、誌面映えするカットではなく、発表会の愛想のない写真をセレクトした編集者がいたこと。さらには、その意図を汲んだライターがキャプションできちんと書き記していること。ひと言で言えば、「みんなマニアックだねぇ」ということになるのだが、好き者同士の思いが時代や国を越えて繋がる様がおもしろい。

ミニカー

ミニカー

ミニカー

ミニカー

 チョロQのゼンマイは、モデルによって減速比や巻き量が異なる。ミニカーのコストは、パーツのリアルさよりもタイヤが樹脂か、ゴムかの違いが大きい(ゴムの方が断然高い)。小さなボディを撮る時は、機材ではなく、照明技術にプロとアマの決定的な差がある。発見がまた新たな発見を生み、どんどん没入することができる。クルマやレースの歴史、合金の鋳造やプラスチックの成形、カメラやレンズの最新事情に加え、写真と写真家の系譜がどう枝葉を広げてきたか、そこへアートや文学、哲学がどう関わってきたか……と縦へ、横へ、奥へと知りたいことが広がっていく。

 さて、どうでもよくなってきましたか? そう、どうでもいいのです。
 なぜなら、すべて趣味だからだ。趣味は自分自身を楽しませ、満足させるために生み出された内なる世界だと思う。したがって、誰かと競ったり、SNSで披露する必要は全然ない。他人の目に軸足が移ると、単なるミニカー遊びがコレクションの領域に入ってしまう。形や色が自分好みだったから、という純粋な動機が歪み、このシリーズはコンプリートしなきゃ、限定だから手に入れなきゃ、とたいして好きでもないものに義務感が生じる。それは羨ましがられるための行為に等しい。

 最近、クルマを楽しめていない。そう感じることがあれば、自分以外に誰もいない空間を想像してはどうだろう。誰かに「いいね」と言ってもらう必要のない世界なら、きっと欲しいもの、選ぶものが違ってくるはず。それこそが、今の自分を一番楽しませてくれるはずだ。

ミニカー

 僕にとって、それがミニカーであり、カメラである。ミニカーを、つまりおもちゃを楽しむには想像力を必要とする。カメラでそれを撮り、いい構図、いい雰囲気に仕上げようとすると技術はもちろん、機能に対する知識とそれを活かす感性を必要とする。机上で完結する世界なのに、あまりの広大さに途方に暮れつつも、毎日結構楽しんでいる。僕の家族はそれを知らない。

ミニカー

Takahiro Itami

二輪専門誌『Clubman』の編集長を務めた後、憧れていたマン島TTに出場するため’07年にフリーライターとして独立。地方選手権を経て国際A級ライセンスを取得後、2010年にマン島TTを完走。2012年~2015年の鈴鹿8耐や、2013、’14、’16年のアメリカのパイクスピークにも参戦した。本誌では「50代にススメるバイク」を連載中。1971年生まれ51歳。
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