土曜の夜と日曜の朝 対談 山田弘樹 vs 神尾 成

「クルマは一部のプレミアムスポーツカー以外、そこにエクストリーム性は求められなくなった。

むしろそうした激しさが、洗練という言葉によって排除されているといえるだろう。速さと性能の純粋な追求は、環境性能と電動化に置き換わった。多くの人たちにとってクルマは快適な移動手段であり、カルチャーではない」 本誌2月号でそう記したモータージャーナリストの山田弘樹と、それに共感した編集長の神尾 成が、どうすれば今の時代もクルマを楽しんでいけるのかを話し合った。

クルマ遊びとSNS

神尾今年の2月号で書いてくれた、クルマの遊び方が難しくなってきたという話。あの記事(※ストリートカルチャーと融合したケン・ブロック)のようなことを今回は掘り下げたい。『Tipo』や『OPTION』など、以前はクルマ趣味を盛り上げる雑誌が多かったけれど、今はクルマの購入情報に特化したものか、高級志向のクルマ雑誌の二極化が進んでいるように見える。

山田そうですね。僕なんかが若かった頃は、人気のない“ボロ”を先輩から数万円で買ってすぐに遊び始めることができた。安い中古車が豊富だったからクルマ雑誌も遊びを提案することが出来たんです。でも今は中古でもクルマの値段が上がりすぎて、簡単にクルマで遊べなくなった。そこがクルマ趣味を衰退させた大きな原因だと思うんですよ。さらにエクストリーム的な興奮が味わえるクルマとなると、新車だと完全な高級車になっちゃった。だから普通の人からすればクルマは“ちょっと楽しめればいい”移動手段でしかなくなったんです。

神尾今回のテーマでもあるクルマ趣味は“土曜の夜と日曜の朝”っていうのがキーワードになってくると思うんだよ。クルマにしろ、バイクにしろ、土曜の夜や日曜の早朝に、関東だと箱根とかに走りに行って、一般の人が動き出す前に帰ってくるみたいな文化のこと。帰りの高速のパーキングとかで、ボンネットを開けて、そこで出会った人と缶コーヒー片手に喋りこむみたいなイメージが、減ってきているんじゃないかと。

山田“朝箱”ってやつですね。今も無くなってはいないと思いますよ。首都高の大黒PAとか辰巳PAとかには、集まってるみたいですし。そこに行けば同じようにクルマが好きな人がいるっていうのは変わらずにあると思いますけど。

神尾確かに無くなってはいないよ。だけど、SNSとかLINEが普及して、先に情報を集めて、オフ会やミーティングがあるから行こうというふうになってきたんじゃないかな。まずそこに行ってみよう。行けば誰かと会えるんじゃないかっていう、アナログな出会いの期待感みたいなものが少なくなってきているように思うんだ。

山田実は僕は、そういうのがあまり好きじゃなくて。誰かに会いに行くっていうのが、先にないんですよ。自分が走りたくて走りに行って、たまたま帰りのPAで会った人と盛り上がるっていうのはアリなんですが。

神尾人に会いに行くっていうのがメインじゃないよ。ただ同じ趣味の人に出会うのに“自然な成り行き”が少なくなって、SNSが先にあるという時代になってきたっていうこと。

「カフェ・ロマン」の必要性

山田「日曜の朝」っていうのは分かります。僕は、『GTroman』っていう漫画が大好きなんです。その物語には、「roman」っていう峠のカフェが出てくるんですけど、そこのマスターに惹かれてクルマ好きが集まってくるんですよ。その世界観が堪らなく好きなんです。

神尾マニアックなクルマがたくさん出てくる漫画だよね。

山田そうです。登場する人たちは皆キャラ立ちしたクルマ好きで、漫画の中ですから、誰かと峠を攻めた帰りだったり、ゼロヨンの賭けレースをした後に、そのカフェに立ち寄るんです。先の話と矛盾してるかも知れないけど、そういう自然と行きたくなる場所があれば良いなと常々思ってるんです。カフェ「roman」はクルマ好きのハブになってるんです。

神尾バイクの世界だと、以前から何度か取り上げてる三浦半島のカフェブームがそれに近い感じかな。逗子海岸に面して「808Cafe 10R」があって、カフェじゃないけど、同じ逗子に弁当屋の「うおへい」(2023年2月号)があって、観音崎に「TWO STAR」(2021年9月号)があって、野比海岸には、元レーサーの辻本聡さんの“レジェンドのカフェ”「PILOTA MOTO」(2021年3月号)もある。ある意味で漫画みたいな世界が広がっていて、全国からバイク乗りが集まってきている。

山田そういうカフェ文化みたいなものが、クルマ趣味にも必要なんですよ。クルマ業界だけでクルマ趣味を盛り上げていこうというのは無理があるような気がしています。

GTroman

峠の麓にあるカフェ「roman」に集うクルマと、そのオーナー達の物語を描いた漫画。素朴ながらもクルマの特徴を捉えたタッチ、ちょっと不良っぽくもコミカルな1話完結型のストーリーは読みやすく、歴史に残る名車達を覚えるにはうってつけの作品である。現在作者の西風は、自動車雑誌ティーポで「GTroman LIFE」を連載中。

神尾クルマが集まるカフェということなら、同じく三浦半島に「リバイバルカフェ」(2021年9月号)があるけど、確かにバイクほど多くないね。クルマが集まるとなると、駐車スペースが広くないとダメだから、バイクのカフェみたいには、増えないんだろうね。

山田だから高速のPAに集まっちゃうんですよ。それが長時間駐車という社会問題にもなってしまっている。クルマ好きのハブになるような場所はもっと必要なんだと思います。

REVIVAL CAFE (リバイバルカフェ)

〒238-0114 神奈川県三浦市初声町和田2650-3
電話番号 046 (845)6224
営業時間 月、火、水 11:00~18:30 土、日、祝 10:00~18:30
(LO フード17:30 ドリンク・デザート18:00)
※ 天候不良で変更がある場合がありますので店舗に直接お問い合わせ下さい。

READY TO RACE

山田今日、二輪の「JAIA輸入車試乗会」に参加して、KTMのバイクを何度もお代わりして気付いたんですけど、こういう感覚って久しぶりだなぁ、大事だなぁって。AE86で走り出した頃のことを思い出してたんです。普通に走ってるだけで興奮してくるというか、充実した感じが味わえた。今のクルマの世界で足りないのは、こういうところだなと。

神尾KTMのフィロソフィーは、「READY TO RACE」だからね。すぐにレースに出れるっていう意味だけじゃなくて、ちょっとしたカーブを前にしたときや、道が空けたときに「よしやってやるぜ」って気分になれるっていう意味なんだ。

山田なるほど! 自然とアクセルを開けたくなる感覚が湧いてきたんです。飛ばしてなくても、乗ってるだけで走った感が得られるって凄いことですよ。

神尾確かにKTMのバイクは、サーキットで速いだけとかテイストがあるとかとは違うよね。純粋に走っていることに夢中になれるバイクが多い。

山田クルマだと現行のハチロクやスイフトスポーツが近いのかも知れませんが、エンジンを回す喜びみたいなものが足りないんです。昔のAE86なんかは、大したエンジンじゃなかったけど、回していくおもしろさがあった。クルマで削がれてしまったものが、バイクにはまだあるように思います。

神尾クルマもBMWとかは、エンジンを回していく喜びがあるよね。

山田そうなんですけど、BMWを味わうとなると、かなりのテクニックが必要になるし、値段も高い。気軽にエンジンを楽しめるクルマじゃないんです。

神尾最初に言ってたクルマが高くなったっていう話だ。BMWの新車を買える人っていうのは限られてくるとは思うけど、認定中古車とかだったら無理すれば買えなくはないんじゃないかな。

山田そこまでして欲しいか、っていうことなんですよ。長いローンを組んでまで買おうと思える人は、今の日本では少なくなってきてるんじゃないでしょうか。そして高価なものは、大切になりすぎてラフに扱えなくなる。結局「READY TO RACE」にならないんですよ。

新しいカッコイイと素直に楽しむ時代

山田僕個人としては、カッコつけてること自体がカッコ悪いって思っているんです。もっと「楽しい」とか、「気持ち良い」に素直になっていけば、色々と気づけるんじゃないかと思うんです。

神尾カッコイイが“正義”として生きてきた世代としては非常に難しい話だね。子供の頃からカッコイイの先に楽しいや気持ち良いがあったから。

山田僕は、カッコつけてられないくらい常に競争を強いられた、70年代前半生まれだからかもしれません。三枚目の方がカッコよく見えるって言うか自然。カッコつけない方が楽しさに貪欲になれるんです。クルマも軽でもイイじゃん、軽いし踏めるから楽しいんじゃんって考えることができる。

神尾確かにその方が気楽に物事に取り組めるとは思うけれど、そもそもカッコイイに拘ってないと、単に移動できればイイってなっちゃうんじゃないか。

PILOTA MOTO (ピロータモト)

〒239-0841 神奈川県横須賀市野比5丁目6-39
営業時間11:00~17:00
営業日については、「PILOTA MOTO」のTwitterかInstagramを要確認。四輪の駐車場は付近にもないので注意。

山田そうじゃなくて、自分にとってのカッコイイを創り上げるんですよ。世間で作られたカッコイイのイメージを追いかけるんじゃなくて、自分の中で楽しいことを追求していくのが、結果としてから見てもカッコイイことだと思うんです。高いとか安いとか、古いクルマだからとかに囚われずに、ミニバンでも何でも自分のスタイルを作っていこうよって言いたい。それが遊ぶっていうことじゃないですか。

神尾以前言ってくれた「神尾さんは、ヨレたトランポにバイク積んで走ってるのがカッコイイんですよ」ってヤツかい。

山田それです。その人の個性がないと、作れない雰囲気があるじゃないですか。今の時代は、軽トラックだってカスタムパーツが出てたりして、自分仕様を作り出せる。錆びたミニバンの屋根にボード積んでたりしてもきっとカッコイイ。まぁそれも、カッコつけるためにやってちゃダメなんですけど。

神尾そういうのを自然にやれていれば、カッコイイと思うな。その人の個性を醸し出しているクルマは、いわゆる“高級車”よりカッコイイと感じられるよね。

山田クルマ趣味は、速いとか高級だとか旧車だとか、世間の価値に縛られないで、もっと自由であるべきなんです。クルマは荷物が積めるのでバイクよりも他の遊びと融合しやすいし、自分の個性も演出しやすい。確かに安いスポーツカーの選択肢は少なくなったけれど、やり方次第でこれからもクルマを趣味として楽しんでいけるはずなんです。

神尾これまでの考え方に縛られずに、見方を変えればクルマ趣味は無限に広がっていく可能性があるということだ。

Koki Yamada

『Tipo』編集部在籍後、フリーランスに。GTI CUP、スーパー耐久等に出場した経験から執筆活動を行うが、本人的には“プロのクルマ好き”のスタンス。最近、自身のYouTubeチャンネル「Clipping Point」を立ち上げた。日本ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。1971年東京生まれ51歳。

Sei Kamio

2007年11月にaheadに参画して以来、ほぼ全ての企画を生み出してきた。2010年から7年間編集長を務めた後、後進に席を譲ったが、今年から編集長に復帰。朝日新聞社のプレスライダー、バイク用品店ライコランドの開発室主任、神戸ユニコーンのカスタムバイクの企画開発などに携わってきた二輪派。1964年生まれ58歳。

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