受け入れるか突き放すか

半世紀続くZの呪縛 文・山下 剛

 カワサキのZ900RSは、発売から5年連続で大型バイクの国内販売台数トップだそうである。名車の復刻版、今どきの言い方ならネオクラシックの正統派だから、売れる理由はさすがにわかる。モチーフのZ1登場からもう半世紀を越えたそうだが、復刻版第一弾であるゼファーですらもう30年も前になる。もしカワサキがバイクを30年後まで作り続けていたなら、Z900EV、あるいはZ900H2(2ストでもスーパーチャージャーでもなく水素の意)が現れるのかもしれない。

 Z900RSはたしかに格好いい。Z1のスタイルとディテールを巧みに現代的にアレンジしているし、Z1のように世界最速を目指したスーパーバイクではないが、すでにそれはゼファーが30年前に証明した時代の要請である。誰もネイキッドバイクに世界最速を求めない。求めているのは乗りやすさであり、近所のコンビニまで買い物へ行くにも気楽にさっと走り出せるフレンドリーさだ。

AE86

カワサキ Z900RS

車両本体価格:1,430,000円(税込)
総排気量:948cc
最高出力:83kW(111ps)/8,500rpm
最大トルク:98Nm(10.0kgm)/6,500rpm
車両重量:215kg

 何年か前にエンジニアから「カワサキはそういう気軽さをどのバイクにも付与している」という話を聞いたが、たしかにカワサキはそういう作り込み(私は荷掛けフックにそれが象徴されていると思っている)とブランディングが巧みだ。乗りやすくて格好いい。大きすぎず小さすぎない。とくに高価なわけでもないが細部にも安っぽさはない。パーカーにジーンズとスニーカーで走らせても似合うから身構えなくていい。特別速くないが、スロットルさえしっかり開ければ、きっちりと大型バイクならではの俊敏な加速をするし、足まわりのバランスもとりたてて悪いところがない。カスタムパーツも豊富だ。伝統のZ直系というサラブレッドであり、ニッポンのバイクカルチャーのセンターを堂々と張る直4ネイキッドである。むしろ買わない理由を探すほうがむずかしい。もしもバイクを何も知らない人にどのバイクを買えばいいかと尋ねられたら、きっと私もZ900RSを薦めるだろう。

AE86

カワサキ Z1(1972)

AE86

カワサキ ゼファー1100(1992-2007)

 しかしふと思うのだ。いつまでその格好に惹かれているのだ、と。あまりに保守的すぎやしないか。同じものを何度焼き直してもなぜ飽きないのだ。そこに進歩や成長はあるのか。どうして新しいもの、今までに見たことのないもの、好奇心を刺激するものを求めないのか。そう逡巡してふと自嘲する。先だって本誌で「いつまでもロックを聴き続ける」と書いたのは私自身だ。天にツバを吐くのは私の得意技のひとつだが、あまりに見事なブーメランには乾いた笑いも出ない。三つ子の魂は百まで続き、初恋はいつまでもきれいな思い出なのだ。人間、そう簡単に変わらないし、変われない。

 ハーレーはいつまでもハーレーだし、トライアンフだってボンネビルを作り続けているし、モトグッツィは相変わらずV7を作っている。このところ欧米で復興や新興している小排気量バイクメーカーもたいてい往年のスタイルを踏襲している。日本人もアメリカ人も欧州人も所詮同じなのだろう。とはいえ日本でZ900RSは売れすぎだ。保守。画一。横並び。村社会。そうした国民性を感じずにはいられない。

 もちろんそんなバイクばかりが日本で売られている訳ではない。ハスクバーナ・モーターサイクルズのヴィットピレンとスヴァルトピレン。KTMのデューク。ヤマハのXSR900。これらには新しいものを作ろう、これまで誰も見たことがないバイクを作ろう、これを見た人を「まだこんな斬新なかたちのバイクが思いつくものなのか」と感嘆させたい、といった前向きな意気を感じる。とくに私は新しいXSR900が好きだ。無骨に剥き出した極太のメインフレームと、飾り気のない短いマフラーはSRX600を思い出さずにいられない。そもそもヤマハは公式にXSRのモチーフがSRXであるとは言っていないし、GKダイナミックスのデザイナーがそう意図したのか否かも知らないが、私の目にはそう映る。Z900RSのようにひと目でそれとわかる単純なデザインではなく、見れば見るほど、そう思えるちょっと遠回りの仕掛けであるところがあまのじゃくな私には好ましい。

Vitpilen 401

ハスクバーナ・モーターサイクルズ Vitpilen 401

Svartpilen 401

ハスクバーナ・モーターサイクルズ Svartpilen 401

 先日、海老名SAのバイク駐車場にたまたまZ900RSとXSR900が並んで停めてあった。保守と革新、そんなことばが浮かんだ。制限のあるなかでもがきながらも新しいカタチ、誰も作ったことがないカタチを作り、それがすばらしい出来になったところで、圧倒的大多数は馴染みと覚えのあるカタチを選ぶ。好奇心を刺激するカタチよりも、安心感のあるカタチを求める。これはデザイナーの敗北なのか、それとも私たちバイク乗りの衰退なのか。あるいはバイクという工業製品の造形に潜む宿命的な限界なのか。私にはその答えが分からないが、いずれにしろXSR900を買っていないのだから、そんな疑問を抱くことも、答えを求める権利もない。

 カワサキ・Zは、もはや歌舞伎なのだろう。またどこかでZ900RSを見かけたら「よっ、明石屋!」とか「三代目!」とそっとつぶやいて、もやもやした何かを払うのだ。

KTM 790 DUKE

KTM 790 DUKE

車両本体価格:1,190,000円(税込)
総排気量:799cc
最高出力:77kW(105ps)/9,000rpm
最大トルク:87Nm/8,000rpm
半乾燥重量:174kg

KTM 790 DUKE

ヤマハ XSR900

車両本体価格:1,210,000円(税込)
総排気量:888cc
最高出力:88kW(120ps)/10,000rpm
最大トルク:93Nm(9.5kgm)/7,000rpm
車両重量:193kg

Takeshi Yamashita

二輪専門誌『Clubman』『BMW BIKES』編集部を経て2011年にマン島TTを取材するためフリーランスライター&カメラマンとして独立。本誌では『マン島のメモリアルベンチ』『老ライダーは死なず、ロックに生きるのみ』『SNSが生み出した“弁当レーサー”』など、唯一無二のバイク記事を執筆。熱心なファンが多い。また『スマホとバイクの親和性』など、社会的な視点の二輪関連記事も得意分野である。1970年生まれ52歳。

半世紀続くZの呪縛


「受け入れるか突き放すか」の続きは本誌で

AE86を水素エンジンにチューンする 世良耕太
半世紀続くZの呪縛 山下 剛
500万円の新車か250万円のベントレーか 今尾直樹
イチロー的993生活 山田弘樹
頑固と受容 伊丹孝裕


定期購読はFujisanで