あいかわらずクルマはSUV、バイクはアドベンチャーモデルなど、アウトドア感のあるモデルが好調だという。
いつの間にかオフロードっぽいものがクルマやバイクの主役になってきた。
西洋占星術によると「土の時代」から「風の時代」へと変換を遂げた今、クルマやバイクに対する価値観も大きく変わろうとしている。
ジムニーと“風の時代”を生きる
「空気を読む」とか「空気になる」いう表現がある。場の状況を乱さず、逆らわないようにすることだ。警戒心が強いとも言えるが、あまり生産性は感じられない。この言葉がいつ頃から使われるようになったのかは定かではないが、さほど昔ではないだろう。インターネットの普及とSNSの拡散とともに頻繁に目にし、耳にするようになった気がする。
空気とほぼ同質なのに、「風を読む」や「風になる」という言い回しになると、随分と趣が変わる。クルマやバイクを愛する者にとって、どことなくわくわくする言葉だ。身体も心もふわりと軽く、それでいて前を見据えているイメージがある。フロントウィンドウやスクリーンの向こうに新天地が広がっているような、そんな胸の高鳴りを覚える。
空気がただ漂っているものだとすると、風には力を感じる。たとえばグライダーは風に向かうことで舞い上がっていく。風に流されているわけではない。むしろ向かっていくから飛べる。
目に見えない風に乗ろうとすれば、身体中のセンサーを総動員する必要がある。その感覚は、おそらくプリミティブなクルマやバイクの操作と近似性がある。ドライバーやライダーの多くが潜在的に空へ憧れを抱くのは、だからだと思う。僕らは皆、アクセルを踏み、スロットルを開けながら風をつかまえようとしている。本質的に、風を求めている人種と言っていい。
風にはそういうポジティブなイメージがある一方、今、この地球はとてつもない強風に翻弄されている。コロナだ。いつ止むとも知れない逆風の真っただ中にあり、先はまだ見えない。
逆風とはしかし、向かい風のことだ。それが強ければ強いほど、上手くとらえられれば大きな揚力になり、グライダーなら高く長く遠くまで上昇する力になる。大切なのはいかに読み、機体の鼻先をどう向けるか、である。
「占星術によると、2020年12月22日は時代の大きな節目だったそうです。それまで続いていた〝土の時代〟が終わり、〝風の時代〟へ入ったのがその日。土の時代とは、ごく簡単に言えば財を積み上げてきた時代のことを指し、土地は広ければ広いほど、建物は高ければ高いほどいいとされる物質的な時代だったと言われています。それが風の時代になると一転。知性や情報、つながりを重視した時代への移行を意味します。僕自身、昨年から人と人との縁がもたらす広がりを実感していたのですが、今にして思えば、なんらかの前触れを感じていたのかもしれません。それまでは星を読むなんてまったく意識していなかったものの、河西さん(P38参照)に弊社のジムニーを納車した日が、まさに風の時代の始まりでした。それ以来、単なる偶然とは思えないほど、周囲には心地いい風が吹いています」
そう語るのは、ジムニー専用のパーツメーカー「アピオ株式会社」の代表を務める河野 仁さんだ。街中でも楽しめるジムニーの魅力を聞き出すつもりだったのだが、のっけから話題は星々の世界に飛躍。そうやって話があちらこちらへ脱線するうちに、その制約のなさにこそ、ジムニーの自由度があると分かった。
その前に、土や風の時代と呼ばれるものが一体なんなのかを簡単に記しておこう。
宇宙には四季が移り変わるように、一貫したサイクルがあると言われる。ただし、数か月単位で変化するようなものではなく、200年~240年という長いスパンで、火→土→風→水の順番で循環しているらしい。これまでの220年間は土の影響下にあり、現在は風の中にあるという大きなパラダイムシフトのことだ。その4つの要素の元で変化する星の導きをどう読み解くか。それが占星術、あるいは占星学と呼ばれるものである。
「これからはスペックを語る時代ではない、と口にし始めてずいぶん経ちます。事実、なんでもかんでも競争し、その優劣で価値を決めていた時代は過ぎ、もっと内面的なものに喜びを見つける方が増えています。他のなにかと比較してではなく、ジムニーはそういう方々が選ぶクルマですね」
河野 仁
河野さんは、いわゆるレーサーレプリカブームの真っただ中で青春時代を過ごしている。1馬力、1㎞/h、0.1秒に一喜一憂した世代だが、その頃ジムニーは登場してすでに20年近くが経過。パワーやスピードがもてはやされたのは当時のクルマも同様ながら、小さな軽4駆は泰然とそこに在り続けた。
初代ジムニーが登場したのは半世紀以上も前だ。その頃の日本は経済大国の道を突き進み、後にバブルとその崩壊、失われた10年を経験。アメリカで起きた同時多発テロやリーマンショックの余波を受け、震災の憂き目に遭いなだからも徐々に復興するという長い道のりの中、たった3回しかフルモデルチェンジを受けていない。消費を促すためだけのモデルチェンジを拒み、時代が変わってもまったくぶれなかった稀有な存在だ。
「自動車産業には今も昔も明確なヒエラルキーがありますが、そこから常に外れているのがジムニーです。特別な装備は持たず、高級とは程遠く、快適性はそこそこ。いざという時のサバイバル能力がずば抜けて高いとはいえ、普通に街で生活しているのなら無くてもいいプロダクトです。それでも弊社に来られるお客様は〝これしかない〟という直感で購入されています。他でいくらでも代用が利くにもかかわらず、どうせ字を書くのなら、お気に入りの万年筆で紙に向き合いたい。そういう価値観を持つ、言わば心に余裕や余白がある方と言えるのではないでしょうか」
河野さんがジムニーを心から信頼しているのは、人間が持つ移動の欲求を満たしてくれるからだ。古来より、人は狩猟や農耕の土地を求め、あるいは町や国家を形成するために移動を繰り返してきた。大きな出来事で言えば、
「人類にとって移動はとても重要なことで、食欲や性欲、睡眠欲に並ぶ欲の一種ではないでしょうか。おそらく本能的なものであり、その先に快楽があるから、リスクを冒してでも移動を繰り返したきたのだと思います」
アピオにはジムニー1台ですべてをまかなう生粋のオフローダーも集う一方、アストンマーチンやベントレーで日常を送る人も少なくない。そういうクラスの人の多くが「ジムニーに乗ると運転を覚えた頃のことを思い出す。ただ移動するだけで、なんとも言えない喜びがある」と口にするそうだ。
コンパクトな車体に、タフな走破性を詰め込んだジムニーのステアリングを握っていると、冒険心に抗うことは難しい。それ以前なら気にも留めなかった林道の入り口が目に入るようになり、行く先々で思いがけない体験をすることになる。命がけではないものの、決して日常では味わえない驚きや感動をもたらしてくれるのだ。
「社訓でも社是でもないのですが、弊社は以前から〝日常を旅する毎日に〟というコピーを掲げています。これはなにもジムニーが主役である必要はありません。旅とはクルマから離れて過ごす余暇も含んでのことですから、それを彩る鞄やノート、スケッチブック、鉛筆といったアイテムもご用意させて頂いています」
そんな河野さんは、世の中はもっとシームレスになった方がいいと考えている。巷のショップも雑誌も明確にカテゴライズされ、あまり広がりを感じられないからだ。すべてがおもちゃ箱のように雑多に存在するからこそ未知のものに触れられ、そこにこそ喜びがあることを肌感覚で知っている。
「僕らの世代はクルマに特別な思い入れがありますが、性能ありきではありません。うちの父親がようやく手に入れたスバルの360カスタムに乗って河川敷までピクニックに行ったことや、その中で流れていたカーペンターズの音楽など、思い出はすべて五感を通じた記憶として残っているからです。クルマそのものはハードですが、時間や空間を演出してくれるソフトであり、物語の舞台になり得ます。スペック至上主義が長く続いた今だからこそ、ジムニーが持つドライブの根源的な楽しさに触れて頂きたいですね」
ジムニーは決してメインストリームに躍り出るようなクルマではないからこそ、分かる人はその魅力にはまる。河野さんはそれを「官能度が高い」と表現する。ラジオの周波数をダイヤルで探っていると、スピーカーから流れてくるサウンドがクリアになる瞬間がある。ジムニーと波長が合う人にとって、これほど心地いいクルマはなく、その感覚はお金を出したからといって買えるものではない。
21世紀に入って以降、「みんな違ってそれでいい」という価値観が徐々に広がってきた。風の時代に入った今はそれがさらに加速し、「みんな違ってそれがいい」へ進化した。好みによっていかようにも変化させられるジムニーだからこそ、この新時代にフィットする。物質に求める価値が「More and more」から「Less is more」(より少ない方がより豊か)に移り変わろうとしていることも、現行モデルで原点回帰を果たしたジムニーにふさわしい。
「ジムニーはそもそも自由な乗り物ですから、風の時代との相性はいいんですね。この場合の自由とは道なき道を突き進むことではなく(望めばもちろん可能ですが)、いかに日常を冒険に変えられるかという心の感度です。あ、そうそう。ひとつリクエストするならジムニーのロングバージョンが出るといいですね。命名するならジムニー・ノマド。ノマドとは本来遊牧民を意味する言葉ですが、オフィスを持たず、時間にも場所にもとらわれずに働くスタイルのことを指します。実はスズキ・エスクードにはこの名を持つグレードがありました。今こそジムニーにその名を与え、復活してくれることを熱望します。風の時代において、これほどぴったりな存在はないと思いませんか?」
アピオ株式会社
TEL:0467-78-1182 FAX:0467-76-3266
「アウトドアっぽいことしたい!~「風の時代」を生きる」の続きは本誌で
ジムニーと“風の時代”を生きる 伊丹孝裕
僕の南房総ライフ 河西啓介
第三次バイクブーム 山下 剛