007の魅力を追う

文・山下敦史/吉田拓生

007の最新作でありダニエル・クレイグ最後の主演となる「ノー・タイム・トゥ・ダイ」は、今年2月に全世界で同時公開予定だったが、4月に延期され11月に再延期となり、さらに来年の4月以降に再々延期することになった。

そして007シリーズのイメージを決定づけた初代ジェームズ・ボンドであるショーン・コネリーが10月31日に90歳で死去した。

2020年は007シリーズにとって厄年だったのかもしれないが、007シリーズの魅力を振り返るには良いタイミングになった年でもある。

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価格:2,381円+税(Blu-ray)
販売・発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
SPECTRE(C)2015 Danjaq, LLC, Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc., Columbia Pictures Industries, Inc.SPECTRE, 007 Gun Logo and related James Bond Trademarks(C)1962-2016 Danjaq, LLC and United Artists Corporation.SPECTRE, 007 Gun Logo and related James Bond Trademarks are trademarks of Danjaq, LLC. All Rights Reserved.

ジェームズ・ボンドに憧れていた頃

文・山下敦史

 40数年前の小学生時代。TVのナントカロードショーで「サンダーボール作戦」を観た。それがジェームズ・ボンドとの出会いだった。10歳にもならない子供にはお話しはよく分からなかったのだけれど、「こんなに面白い映画は初めて観た!」と興奮したことを覚えている。その想いが冷めやらず、次の正月には当時の最新作「私を愛したスパイ」を観に映画館へと駆け込んだ。字幕付きの洋画を見るのは初めてで、思春期前の少年には刺激が強い場面もあったのだけど、大スケールのアクションと潜水艇に変形するロータス・エスプリなどの秘密兵器、そしてジェームズ・ボンドその人に魅了された。田舎の少年はすっかり映画ファン、ボンドファンになったのだ。以来、今もこうして映画に関する文章を書かせてもらったりしているのだから、まさにボンドが僕の人生を変えたのだ。

 延々昔語りをしたのは他でもない、ジェームズ・ボンドといえばダンディズムや男が憧れる男という文脈で語られることが多いし、それも正しいのだけど、大人だけじゃない、子供にとってこその憧れだったのだと言いたかったのだ。仕事の流儀、女性の扱い、逆境でこそ微笑む不屈の精神。大人とはこういうものだ、と子供に教え込んでくれたのだ。

 007シリーズが他と決定的に違う点は、主演俳優の交代をシステムとしたことにある。最初はシリーズ映画にありがちな主演の降板劇だったのだろうが、ボンドという強力なキャラクターを中心にすることで、今度は誰がそれを演じるのか? をセールスポイントにしてしまったのだ。初代ショーン・コネリーが洗練と野性味を兼ね備えたボンド像を確立し、1作のみではあったが甘いマスクとキレのあるアクションが持ち味のジョージ・レーゼンビーが後を継ぎ、コネリーの再登板を経て3代目ロジャー・ムーアが中興の祖として陽気でユーモアたっぷりのボンドを演じた。その後、ティモシー・ダルトンが陰のあるボンド役でシリーズをスパイ映画として引き締め、ピアース・ブロスナンがコネリーとムーアのいいとこ取り的なダンディで明るいボンドを演じて人気を高めた。そして現在は、6代目ダニエル・クレイグがこれまでにないシリアスなボンドを演じ、1作ごとに完結していたストーリーにも継続性を持たせることで、シリーズをまさにリブートしている。

 これら歴代ボンド俳優を並べてみれば、共通点がないとまでは言わないが、同一人物を演じるにしてはまあかなり毛色が違う。それなのにシリーズとして破綻していないのは、要するにジェームズ・ボンドという存在が、細部こそマティーニをウォッカで飲むだとか、ワルサーPPKを好むだとかはあるにせよ、〝こういう男〟として規定されているのではなく、時代ごとの〝こうありたい男〟をコアにしているからなのだと思う。一方で、時代を経ても変わらないものに関してはぶれない。例え自らが所属する組織に背くことになろうとも、正しいと信じることは最後まで貫く。やせ我慢かもしれないが、決して折れない。

 年齢だけは大人になって、現実的にそんなことはしんどいと分かっている今だからこそ、改めてボンドに憧れる。思わぬピンチが襲ってきても、「こんなこともあろうかと」と秘密兵器のスイッチを押して、美女とともにやすやすと切り抜ける。大人になるってことは、そんな風にかっこよくてわくわくすることだったはずだ。新しいボンド映画に足を運ぶたび、憧れていた大人にどれだけ近づけたのか、今までできなかった冒険に挑めているのか? と自問させられるのだ。


劇中車を超越したボンドカーの世界

文・吉田拓生

 映画007シリーズに登場するボンドカーは、劇中における活躍と相まって半世紀以上にわたってクルマ好きを虜にしている。カッコよくて速いだけではなく、カーチェイスにも強いが雰囲気は極めてジェントル。まさにジェームズ・ボンドの人となりを体現したようなクルマたちなのである。

 ボンドカーの代表格として有名なのは、1964年公開の007第3作「ゴールドフィンガー」で初登場したアストンマーティンDB5である。MI6の秘密兵器製作を請け負うQによってカスタマイズされ、様々な特殊装備を内包したDB5は強いインパクトを残し、それ以降の作品でも度々劇中に登場している。

 DB5の功績によってボンド御用達ブランドというイメージを固めたアストンマーティンは、DBSやV8ヴァンテージ、ヴァンキッシュなどニューモデルが出るたびにボンドカーとして重要な役どころを担い、007シリーズに欠かせない存在となっている。中でも白眉は第24作の「スペクター」に登場したアストンマーティンDB10だろう。実車として生産されなかった幻のボンド専用車は、007とアストンの強い結びつきを証明していた。

 こうしてボンドの愛車はアストンというイメージが定着している昨今だが、歴史を辿ると事実は少し異なる。原作者のイアン・フレミングが記した小説版におけるボンドの愛車はベントレーなのである。それも1931年製のブロワー・ベントレー4.5リッター。小説版の第1作カジノ・ロワイヤルは1953年刊行なので、戦前のブロワー・ベントレーはヒストリックな雰囲気すら帯びているといえる。

 恐らく1908年生まれのフレミングが、若かりし頃の憧れの1台であるル・マン・ウイニング・ベントレーを何としてもボンドの愛車にしたかったのだろう。何しろジェームズ・ボンドのモチーフは、実際にMI6に属していたこともあるフレミング自身なのだから。

 007の映画版では2作目にロールス傘下となって以降のベントレーがボンドカーを務めていた。だが小説版と映画版とも第3作目では、当時勢いのあったアストンマーティンがボンドカーの座についている。

 貴族的な成り立ちを持ち、レーシングの世界でもイギリスを代表する成績を収めているベントレーとアストンマーティンは、まさにボンドの愛車に相応しいアンダーステートメント的な魅力の持ち主だったわけである。

 だがボンドカーの中にはアストン以外も存在する。有名なのは潜水艇としても活躍したロータス・エスプリである。一方フォード・グループとの契約により登場したジャガーXKRは悪役の愛車という役回りであり、ボンドが駆るアストンとの立ち位置の違いは、イギリスのクルマ社会に根付く階級制度を思い起こさせた。またイギリス車以外では、ボンドが運転したわけではないが、トヨタ2000GTやマーキュリー・クーガーXR-7も登場している。

 最悪だったのはBMWが1997年に引き続いてボンドカーの権利を買ったと思しきZ8である。1999年の「ワールド・イズ・ノット・イナフ」に登場したZ8は、最後は真っ二つに切り裂かれるなど悲惨な扱いをされている。しかも翌年にBMWがローバーを10ポンドで売却してイギリス国民の反感を買ったこともあり、007とBMW双方にとって忘れてしまいたい出来事になってしまった。

 単なる劇中車という枠を超え、ストーリーの重要な役どころを担い、時にイギリスという国の制度やシニカルな感情すら浮き彫りにしてみせるボンドカー。公開が延期されている新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」ではスーパースポーツのヴァルハラを含む新旧4台のアストンが登場するらしい。史上最もカーコンシャスな007(?)。クルマ好きは必見だ。

アストンマーティン・V8ヴァンテージ/初代「リビング・デイライツ」(1987)

アストンマーティン・DB5「ゴールドフインガー」(1964)「サンダーボール作戦」(1965)他

ロータス・エスプリターボ「ユア・アイズ・オンリー」(1981)

ロータス・エスプリS1「私を愛したスパイ」(1977)

ジャガー・C-X75「スペクター」(2015)

BMW・Z8「ワールド・イズ・ノット・イナフ」(2000)

アストンマーティン・DBS「カジノ・ロワイヤル」(2006)

アストンマーティン・DB10「スペクター」(2015)

アストンマーティン・V12ヴァンキッシュ「ダイ・アナザー・デイ」(2002)

アストンマーティン・DBS/初代「女王陛下の007」(1969)

ベントレー・ブロワー「原作小説:カジノ・ロワイヤル」(1953)

アストンマーティン・ヴァルハラ「ノー・タイム・トゥ・ダイ」(2021)

アストンマーティン・DBSスーパーレッジェーラ「ノー・タイム・トゥ・ダイ」(2021)007, RELATED JAMES BOND TRADEMARKS AND MATERIALS ©1962-2019 DANJAQ, LLC AND METRO-GOLDWYN MAYER, INC.
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トヨタ・2000GT「007は二度死ぬ」(1967)

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