岡崎五朗のクルマでいきたい vol.135 何かが変わる期待感

文・岡崎五朗

 菅内閣の目玉政策は縦割り行政の打破だという。縦割り行政の弊害で代表的なのが業務の重複と、それに伴う組織間の縄張り争いだ。

 自動車関連の弊害でもっとも代表的なのがVICSという名称で知られる道路交通情報システム。ナビゲーションシステムを使っている人なら渋滞情報を提供してくれるサービスとしてご存じだと思うが、莫大な資金を投入したにもかかわらず、それに見合うサービスが提供できていないのが現状。僕はVICS搭載のナビも使っているが、最近ではグーグルマップのようなスマホを使ったプローブ型道路情報のほうが頼りになる。「国土交通省、警察庁、総務省、経済産業省が一体となって推進」といえば聞こえはいいけれど、たとえば国土交通省管轄の橋に警察庁所管の渋滞センサーが設定できず情報に穴が空くなど、ユーザーから見たら何の意味もない縄張り争いがサービス品質を低下させている。発足時は世界をリードしていたのにいつの間にか競争力を失ってしまう・・・日本によくある事例のひとつだ。VICSに限らず日本の競争力を削いでいる様々な事例を打破しようというのが新政権が打ち出した行政改革で、実行役の河野太郎大臣の下、早くも無駄な押印文化の見直しなどが発表されている。

 そしていま、期せずして同じことが日本自動車工業会でも起こっている。以前はトヨタとホンダ、今世紀に入ってからはトヨタ、日産、ホンダのトップが会長職を2年交替の持ち回りで担当していたが、豊田章男会長が異例の2期目を務めることになった。それを受け会見で語ったのが抜本的組織改革だ。50年間手つかずだった硬直した組織を見直し、「100年に1度の変革期を迎えた自動車産業に相応しい組織へ」と改革するという。豊田章男社長の下、カンパニー制の導入や役員数の半減、副社長ポストの廃止など大胆な組織改革を進め着実に成果を出してきたトヨタ。その手腕が自動車工業会でも発揮されるか大いに注目したい。政治についても言えることだが、閉塞感が蔓延するいまの日本にいちばん必要なのは「ひょっとすると何かが変わるかも」という期待感だ。


NISSAN KICKS
日産・キックス

e-POWER搭載の小型SUV登場

 小型SUVのキックスは、軽自動車を除けば日産にとって実に10年ぶりとなる国内向けブランニューモデル。本来ならかなり期待するところなのだが、試乗会会場に向かう僕の心中は複雑だった。というのも、4年前にすでにブラジルで発売されていることを知っていたからだ。ゴーン体制後半の日産が自国マーケットを冷遇していたのはご存じの通りで、販売車種を絞りに絞り、モデルチェンジサイクルを伸ばしに伸ばした結果、売れ筋であるSUVはエクストレイル1車種のみという異常な状態になっていた。そういう意味で新型SUVの投入を歓迎すべきなのだろうが、4年も前に海外で発売したクルマをいまさら新型車ですよと言われてもね、という。

 しかし、乗ってみて印象はガラリと変わった。想像以上によくできたクルマだったのだ。内外装のデザインや質感に特筆した特徴はないものの、サイズ感やパッケージングもよく考えられているし、なにより驚いたのがドライブフィールだ。キックスを日本に導入するにあたり日産は新たにe-POWERを搭載。同時にボディ剛性や静粛性向上対策を盛り込むことで、ヤリスクロス、ヴェゼル、CX-3といったライバルに負けない実力を与えてきた。なかでも特筆したいのが気持ちのいいパワーフィール。日産はe-POWERという言葉を使い他社ハイブリッドとの差別化を図っているが、その中身は発電専用エンジンが生みだす電気でモーターを回して走るシリーズハイブリッド。燃費ではエンジンとモーターの両方で駆動するトヨタ方式(シリーズパラレル式ハイブリッド)には勝てないが、モーターのみで走るという特徴を活かし、電動駆動フィールに勝機を見出している。実際、アクセルを踏み込んだ直後のタイムラグのない加速はEVに近いものがあるし、EV感覚を削ぐエンジン音も効果的に抑え込んでいる。多くの制約のなかで素晴らしい仕事をしたエンジニアに拍手を贈りたい。

日産・キックス

車両本体価格:2,759,900円~(税込)
*諸元値はX ツートーンインテリアエディション
全長×全幅×全高(mm):4,290×1,760×1,610
エンジン:DOHC水冷直列3気筒
総排気量:1,198cc 車両重量:1,350kg
【エンジン】
最高出力:60kW(82ps)/6,000rpm
最大トルク:103Nm(10.5kgm)/3,600~5,200rpm
【モーター】
最高出力:95kW(129ps)/4,000~8,992rpm
最大トルク:260Nm(26.5kgm)/500~3,008rpm
燃費:21.6km/ℓ(WLTCモード)  駆動方式:前輪駆動

VOLKSWAGEN T-ROC
フォルクスワーゲン・T-Roc

コストダウンの影響

 え、ほんとに? T-Rocの室内に乗り込んで目を疑った。VWといえばクラスの常識に囚われない質感の高さを売りにしてきたメーカーだ。先代ポロはコンパクトカーであるにもかかわらずインテリアに上質なソフトパッドを惜しげもなく使っていたし、現行ゴルフは静粛性や乗り心地でもクラスの常識を見事に破って見せた。「大衆車はこの程度でいいだろう」ではなく、「大衆車の質を高めることで市井の人々の暮らしの質を引き上げたい」という骨太な思想がVW最大の魅力だった。ところがT-Rocのインテリアは全面ハードプラスティック。写真ではわかりにくいが、実車をみればコストダウンの影響は即座にわかる。

 T-RocはティグワンとT-Crossの間を埋めるモデルで、プラットフォームとエンジン(2ℓディーゼル)はゴルフと共有。SUVブームを受けゴルフからの乗り換えを検討している人も多いだろう。が、ゴルフオーナーの多くも実車を見たら僕と同じ印象をもつのではないだろうか。VWが好きだ。次はSUVに乗りたい。でも、この質感でゴルフより数十万円高い価格(384.9万円~)にはちょっと納得できないなと。ちなみに走りは内装ほど悪くはないが、それでも乗り心地や静粛性はゴルフのレベルに達していないというのが正直なところ。見た目にしろ走りにしろ、従来のVWと比べると普通すぎるというか、どうしても見劣りしてしまうのだ。

 ディーゼルゲートの損失やEV投資など、数兆円レベルの資金を捻出するためVWは強烈なコストダウンを進めているが、あからさまなコストダウンで商品を傷めてしまったら、それ以上に売上が落ちてしまうおそれがあることを忘れてしまったのだろうか?

 もしT-Rocを買うなら、乗り心地のいい17インチタイヤを履き、質感の低さが目立ちにくいカジュアルなカラー内装をもつ「スタイル・デザインパッケージ」がオススメだ。

フォルクスワーゲン・T-Roc

車両本体価格:3,849,000円~(税込)
*諸元値はTDI Style Design Package
全長×全幅×全高(mm):4,240×1,825×1,590
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボ(4バルブ)
総排気量:1,968cc 車両重量:1,430kg
最高出力:110kW(150ps)/3,500~4,000rpm
最大トルク:340Nm(34.7kgm)/1,750~3,000rpm
燃費:18.6km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:FF

AUDI Q3
アウディ・Q3

注目はクーペライクな派手色スポーツバック

 「技術による先進」を社是とするアウディの醍醐味をもっとも強く感じられるのは当然ながらフラッグシップのA8だ。しかし、その他のモデルにもアウディらしさは確実に息づいている。緻密なインテリアや工作&組み付け精度の高さをストレートに伝えてくるエクステリアなど、メルセデスやBMWにはない独自の世界観は多くのファンの心を掴んでいる。ところが、エントリーモデルのA1ではそこにほころびが生じていて、アウディらしい仕上がりに達していない。兄弟車のポロに引きずられて質感を落としてしまった格好だ。VW同様、コストダウンのしわ寄せがアウディにも押し寄せているのではないか? そんな状況のなかフルモデルチェンジして登場した新型Q3の見どころは、当然ながら質感がアウディレベルに達しているかどうか、になる。

 結論から言うと、Q3はきちんとアウディだった。T-Rocと多くのメカニズムを共有しているが、インテリアにはより上質な素材が使われ、デザイン面でもアウディらしいクールさが表現できている。エアコン操作ダイヤルを回したときの感触がちょっと軽々しかったり、ドアハンドルの触感が固かったりと、コストダウンの形跡が皆無というわけではないが、アウディとして納得できるレベルに達していると僕は感じた。走りに関しても、1.5ℓガソリンターボFFは軽快、2ℓディーゼルターボ4WDは安定&力強さ、というようにキャラクターは違うが、ともに気持ちよく走る。乗り心地や静粛性もT-Rocより上だ。

 オーソドクスなSUVルックをもつQ3も悪くないが、注目したいのはクーペライクなQ3スポーツバック。素直にカッコいいなと思えたし、それでいて実用上不満のない後席と荷室スペースを確保している。僕だったらちょっと思い切ってブルーやオレンジといった派手な色のスポーツバックを選ぶだろう。

アウディ・Q3

車両本体価格:4,380,000円~(税込)
*諸元値はQ3 Sportsback 35 TFSI
全長×全幅×全高(mm):4,500×1,840×1,565
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボ
総排気量:1,497cc 車両重量:1,530kg
最高出力:110kW(150ps)/5,000~6,000rpm
最大トルク:250Nm(25.5kgm)/1,500~3,500rpm
燃費:14.3km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:FWD

PORSCHE 911 CARRERA
ポルシェ・ 911カレラ

本命グレードのカレラが発売

 992という開発コードを与えられた現行ポルシェ911。昨年この連載で紹介したが、再び採りあげるのは後に加わった本命グレードを紹介したかったからだ。先行発売された高性能グレードのカレラSが1,729万なのに対し、ポルシェ乗りが“素の911”と親しみを込めて呼ぶカレラは1,398万円。ポケットマネーでポンと買う人ならともかく、頑張って911を買うような人にとって331万円という価格差は大きい。

 カレラSはタイヤサイズやブレーキ径、後輪のトルクベクタリング機能など、走行性能を高めるための種々の装備も充実しているが、いちばん違うのは動力性能。同じ3ℓ水平対向6気筒ターボながら、カレラが385ps/450Nmなのに対しカレラSは450ps/530Nm。それに伴い0-100km/h加速はカレラより0.5秒速い3.7秒となる。絶対的な動力性能をスポーツカーの魅力の源泉と捉えるならこの違いは看過できないものだと思う。しかし、僕はそうは考えないタイプだから素のカレラでもぜんぜんOK。もしカレラSを買える予算があったとしても、あえてカレラを選んで浮いた資金を豊富に用意されたオプションに投じるか、カレラSと同価格のカレラ4カブリオレを買うだろう。

 もちろん上記の意見はあくまで僕の考えであって、正解は買う人の数だけある。そのうえで乗った印象をお伝えするなら、カレラでも動力性能に不満をもつ人はほとんどいないだろうということだ。より小型のターボを採用することで日常域の反応はカレラSよりむしろダイレクトだし、トップエンドまで回していったときの快感度にも非凡なものがある。フル加速時の爆発力に着目すれば違いは確実にあるが、だからといってそれが911の魅力をスポイルするかというと決してそんなことはない。たとえ素のグレードでも乗る者の感情に強く語りかけ、感性を揺さぶる。ポルシェ911とはそういうクルマだ。

ポルシェ・ 911カレラ

車両本体価格:13,980,000円(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,519×1,852×1,298
エンジン:水平対向3.0リッターツインターボエンジン
総排気量:2,981cc 車両重量:1,505kg
最高出力:283kW(385ps)/6,500rpm
最大トルク:450Nm/1,950~5,000rpm
最高速度:293km/h
0-100km/h加速:4.2秒

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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