岡崎五朗のクルマでいきたい vol.129 メーカーを襲うコロナショック

文・岡崎五朗

 世界で猛威を振るっている新型コロナウィルスは、多くの人命を奪うと同時に経済に深刻な影を落とし、自動車業界にも暗雲が立ちこめている。

 世界経済はリーマンショック以上の影響を受けると多くのエコノミストが予想しているが、思い起こせばリーマンショックでGMは経営破綻に追い込まれ、トヨタですら赤字に転落した。多くの工場や従業員を抱える自動車ビジネスは固定費が大きく、販売が落ち込むと加速度的に赤字が膨らむ性質を持っているからだ。ならばコロナショックはどんなことを引き起こすのだろうか。これはもう想像するだけで恐ろしい。

 莫大な内部留保に加え好決算を続けているトヨタはなんとか乗り切るだろうが、それ以外の日本メーカーはかなり厳しい。なかでもゴーンショックと投資抑制のツケが招いた商品力低下のダブルパンチで収益を落としている日産には地獄のような日々が訪れるだろう。しかしそれよりもっと厳しいのがドイツ勢、とくにフォルクスワーゲンだ。ディーゼルゲートによる巨額の罰金や賠償金の負担に加え、起死回生をかけた4兆円ものEV投資も計画に遅れが生じている。加えて気になるのが中国依存度の高さだ。コロナショックからいち早く立ち上がったかのようにも見える中国だが、実は数年前から景気に陰りが見えはじめ、自動車販売も落ち込んでいた。今後さらに落ち込むようだと利益の多くを中国で得ている同社にとっては命取りになりかねない。それでも金融システムが健全ならなんとか難局を乗り切れるだろうが、頼みの綱のドイツ銀行自身が自己資本比率の確保に汲々としているのが現状だ。よもや経営破綻などということはないとは思いたいが、リーマンショックのときのGMのように大規模リストラを強いられるところまで追い詰められる可能性は十分に考えられる。

 EUが、年々厳しくなる二酸化炭素排出量規制をいったん横に置き、まずは経済立て直しを優先するぐらいの思い切った政策転換をしないかぎり、言い換えればEV投資への呪縛を解かないかぎり、フォルクスワーゲンをはじめとする欧州の自動車メーカーが今後現在と同じ雇用規模を維持していくのは難しいのではないだろうか。


HONDA FIT
ホンダ FIT

“心地よさ”へとモデルチェンジ

 新型フィットについてはテストコースでの試乗記を昨年12月号で紹介した。スペック至上主義からフィーリング重視へという開発コンセプトの大変革が、走りだけでなくデザインや空間作りを含めたトータルでの「心地よさ」を生みだしたとてもいいモデルチェンジだと思う。今回は、実際に公道を走ってみた感触をメインに報告しよう。

 新型フィットにはガソリンエンジンとハイブリッドが用意される。周囲の交通の流れに乗って走るような状況ならガソリンエンジンでも動力性能に不足はない。さすがに余裕綽々というわけにはいかないが、思い通りに加速しなくてイラついたり、上り勾配でエンジンが苦しげなうなり音を発したりすることはない。つまり、必要にして十分ということだ。一方、ハイブリッドは必要にして十分プラスαの走りを見せる。ホンダがe:HEVと呼ぶシステムは、一定速巡航のときこそエンジンと駆動輪を直結するものの、それ以外はエンジンが発電した電力でモーターを回して走る。アクセルペダルをスッと踏み込むと間髪入れずにトルクが発生し、力強いがスムースな加速が始まる。この「力強さとスムースさの両立」はエンジン車には望めないもので、とくにゴー&ストップや加減速が多い市街地での気持ちよさは抜群だ。燃費もいいが、ドライブフィールだけでも25万円のエキストラコストを支払う価値は大いにあると思った。

 ハイブリッドで唯一気になったのは高速道路での急加速時に遅れが出る点。アクセルを踏み込むとまずエンジン=発電機が回り、ひと呼吸置いてからモーターが本格的に力を出し始める。電力のバッファとなるバッテリーが小さいためだという。もう少しバッテリーを大きくしてタイムラグを減らせれば魅力度はさらに上がるだろう。肩から力が抜けたデザインと快適な走り、センスのいいインテリア、優秀なパッケージングなど、新型フィットの魅力度は高い。

ホンダ FIT

車両本体価格:1,557,600円~(税込)
*諸元値は、FIT e:HEV HOME(FF)
全長×全幅×全高(㎜):3,995×1,695×1,515
エンジン:水冷直列4気筒横置DOHC
総排気量:1,496cc 乗車定員:5名
車両重量:1,180kg
【エンジン】
最高出力:72kW(98ps)/5,600~6,400rpm
最大トルク:127Nm(13.0kgm)/4,500~5,000rpm
【モーター】
最高出力:80kW(109ps)/3,500~8,000rpm
最大トルク:253Nm(25.8kgm)/0~3,000rpm
燃費:28.8㎞/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:FF

MAZDA MAZDA3 SKYACTIV X
マツダ マツダ3 スカイアクティブX

エコとフィーリングが共存する世界

 スカイアクティブXとはエンジンの熱効率を飛躍的に引き上げるまったく新しい燃焼方式を採用したエンジンだ。文字数の都合上詳細な解説は省くが、世界中のメーカーが挑戦するも夢破れてきた「圧縮着火方式」を世界で初めてモノにしたのは快挙以外の何物でもない。マツダはロータリーエンジンを唯一商業的に成功させたメーカーだが、同じメーカーが圧縮着火を他に先駆けて出してきたことは決して偶然ではないだろう。チャレンジ精神、粘り強さ、独自性へのこだわり。そういった企業文化がなければスカイアクティブXは生まれなかったに違いない。

 一方、スカイアクティブXには批判もある。燃費が思ったほどよくない、動力性能は普通、それにしては値段が高いと。事実、2ℓガソリンエンジン搭載モデルと比較すると価格は68円高いが、パワーは24ps、トルクは25 Nm、燃費は20%程度の改善にとどまる。ターボをつけてパワーをドーンと上げたり、ハイブリッドで燃費を大幅に改善したりしたほうが商品としてわかりやすいのは事実だ。しかし僕はこのエンジンを積極的に支持している。

 理由は2つある。ひとつはハイブリッドやPHEVにしても効率の決め手となるのはエンジンであり、エンジンの熱効率を高める技術は将来にわたって大きなメリットを生むこと。もうひとつはフィーリング面での優秀性だ。たしかに驚くほど速いわけではないのだが、運転していてとにかく気持ちがいい。アクセル操作に対する素直な反応、実用域での優れた静粛性、トルク感、回していったときの透き通ったサウンド、滑らかさなどなど、あらゆるシーンで「エンジンならではの気持ちよさ」を味わわせてくれるのだ。最近のエコカーはフィーリングを犠牲にして効率を高める傾向が強いが、スカイアクティブXからはそういった割り切りを感じない。エコと楽しさは両立できることを示す生き証人として、このタイミングで登場したことを嬉しく思う。

マツダ マツダ3 スカイアクティブX

車両本体価格:3,198,148円~(税込)
*諸元値はFASTBACK X L Package(2WD/6EC-AT)
全長×全幅×全高(㎜):4,460×1,795×1,440
エンジン:水冷直列4気筒DOHC16バルブ
総排気量:1,997cc 乗車定員:5名
車両重量:1,440kg
最高出力:132kW(180ps)/6,000rpm
最大トルク:224Nm(22.8kgm)/3,000rpm
燃費:17.2㎞/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:FF

AUDI SQ2
アウディ SQ2

SUVの顔をしたホットハッチ

 アウディ製SUVとして最もコンパクトなQ2。そこに最高出力300psの2ℓ直4ターボを搭載したスポーツモデルがSQ2だ。ボディサイズはVWゴルフとほぼ同じ。都内でもストレスフリーで転がせるし、タワーパーキングにも収まる。そのうえスタイリッシュなのも嬉しい。アウディらしい緻密感と控えめなSUV味が表現しているのは、いまどきのプレミアムコンパクトである。

 というわけで、カッコよくて高性能で使いやすくて…と3拍子揃ったSQ2だが、どんな人が買うんだろう?という疑問をもったのも事実。というのも値段が599万円もするからだ。しかも試乗車は123万円分のオプションを装着していた。乗りだし700万円台中盤である。

 そんな疑問をもったときは乗りながら考えるしかない。SQ2は速い。それもかなり。アクセルを深く踏み込めば体がのけ反るような加速をするし、ワインディングロードではコーナーを軽快に駈けぬけていく。それと引き換えに乗り心地は固め。高速道路の継ぎ目を通過するとビシッという直接的なショックを伝えてくる。SUVとは名ばかりで、中身はもう完全にホットハッチである。

 ようやく答えが見つかった気がした。他に大きくて快適なセダンのようなクルマを所有している人にとって、扱いやすいサイズでキビキビ走るSQ2は絶好のセカンドカーになるのではないだろうか。スポーツカーでは奥様が買い物に使うには少々ハードルが高い。かといって普通のコンパクトカーではつまらない。その点、いまどき感のあるSUVで4人乗れて運転しやすくて荷物も積めるアウディなら奥様も気に入ってくれるはずだ。そしてたまに運転すれば、メインカーでは決して味わえない軽快でホットな走りが楽しめるのだからご主人にとっては願ったり叶ったり。そんな人がどれだけいるかは別として、僕が想像するSQ2オーナー像はそんな感じだ。

アウディ SQ2

車両本体価格:5,990,000円(税込)
全長×全幅×全高(㎜):4,220×1,800×1,525
エンジン:直列4気筒 DOHCインタークーラー付ターボ
総排気量:1,984cc
車両重量:1,570kg
最高出力:221kW(300ps)/5,300~6,500rpm
最大トルク:400Nm(40.8kgm)/2,000~5,200rpm
燃費:11.6㎞/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:クワトロ

CADILLAC ESCALADE
キャデラック エスカレード

アメリカ流ラグジュアリーに萌える

 先日本国で新型が披露されたばかりのエスカレードは米国を代表するプレミアムSUVだ。洗練された内外装や最新の運転支援システムを採用するなど、現代的になった新型も気になる存在だが、今回モデル末期の現行モデルに乗ってみて、その濃い味ぶりに萌えた。

 近付くと、とにかくデカい。加えてアルファードとタメを張る巨大なメッキグリルが圧倒的な存在感を醸しだす。メカニズム的にはさしたるトピックはないが、それでも1,300万円オーバーという価格を喜んで支払う人がそれなりの数いるのは、メルセデスやポルシェのSUVにはないこの存在感に魅力を感じるからだろう。

 インテリアも独特だ。欧州車のような緻密さはないが、いったい牛何頭分の革を使ったんだろう? と思うほどあらゆる部分にレザーが張り込まれ、大きなシートはなんとも言えない寛ぎ感をもたらす。そこに展開されているのは紛れもないアメリカ流のラグジュアリー。いいとか悪いとかではなく、好き嫌いで判断するべき強烈な個性だ。ちなみに僕はこの世界観は嫌いじゃない。というかかなり好きである。

 2.7トン! のボディを走らせるのは6.2ℓV8。いまや懐かしさすら感じるコラム式ATセレクターをDに入れてアクセルを踏み込むと、大きな手のひらで押し出されるような独特の感触とともに力強く走り出す。ドロドロというアメリカンV8特有のサウンドをBGMとして聴きながら巨体を走らせるのはとても楽しい。とくに高速道路をゆったり流しているときの快適性は一級品だ。クルマからもっと飛ばせと急きたててこないのがいい。スローなステアリングも、高回転域が苦手なエンジンも、ドライバーをリラックスさせるための味付けなのだ。緻密さを追求しない、スピードも追求しない。エスカレードには、欧州車や日本車にはないアメリカ車ならではの魅力がぎっちり詰まっている。

キャデラック エスカレード

車両本体価格:13,770,000円~(税込)
全長×全幅×全高(㎜):5,195×2,065×1,910
エンジン:V型8気筒 OHV
総排気量:6,153cc 乗車定員:7名
車両重量:2,670kg
最高出力:313kW(426ps)/5,600rpm
最大トルク:623Nm(63.5kgm)/4,100rpm
駆動方式:セレクタブル4WD

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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