岡崎五朗のクルマでいきたい vol.126 今年はヴィンテージイヤーか

文・岡崎五朗

 ヴィンテージイヤーがあるのはワインの世界だけじゃない。日本車でいえば、NS-X、セルシオ、ユーノス・ロードスター、R32スカイラインGT-R、レガシィといったクルマたちを輩出した1989年がヴィンテージイヤーだ。

 坂の上の雲如く、それまで世界に追いつけ追い越せでやってきた日本の自動車産業が、技術的にも文化的にも世界に追いつき、もしや追い越したのでは? と思わせた年である。

 時は流れ。世界の頂点に指がかかったかと思わせたのも束の間、バブル崩壊とリーマンショックによって日本車は「経済的で壊れない」という昔取った杵柄に舞い戻ってしまった。燃費と広さだけを追い求めた面白味に欠けるクルマばかりが発売され、ユーザーもそれに飛びつき、結果はといえばクルマ離れ。当然だ。誰だってつまらないものに余計なお金は払いたくない。

 そんな動きに変化の兆しが出てきたのが2019年だ。カローラというベーシックカーが大きく舵を切り、50年以上にわたる歴史上初めて、機能価値だけでなく「質感」とか「乗り味」といった情緒価値でも世界と並んできた。カローラの進化はベーシックの底上げを意味する。カローラが変われば、上のクラスも下のクラスもクルマ作りを変えて行かざるを得ない。トヨタに限らず日本の自動車メーカーすべてが、だ。

 そんな流れのなかで迎えた2020年。まず2月に新型ヤリスと新型フィットが発売される。どちらもプロトタイプに試乗済みだが、日本のコンパクトカーの実力が欧州勢とこれほど縮まったことはかつてなかった。さらに、トヨタがラリーで勝つために本気で開発したヤリスGR-4、大きなバッテリーを積んでいるのが偉いという従来の常識に挑戦するホンダe、マツダ MX-30、トヨタの超小型 EVといった新しい価値観のEVたち。ランドクルーザーのフルモデルチェンジや、情緒価値を大きく向上させた水素燃料電池車、新型ミライの発売も楽しみだ。機能価値だけでなく、さりとて情緒価値だけでもなく、様々な観点からワクワクを感じられる新型車が続々と投入される2020年は、日本車にとって31年ぶりのヴィンテージイヤーになるかもしれない。


DAIHATSU ROCKY
ダイハツ・ロッキー

軽っぽさ皆無のDNGA第2弾

 プレス用の資料によると、ロッキーは「DNGA」に基づき開発されたモデルの第2弾だという。DNGAとはダイハツ・ニュー・グローバル・アーキテクチャーの略で、トヨタのTNGAのダイハツ版。そこにはプラットフォームの共通化も含まれるが、幅広い商品に共通した「知見」を取り入れることで、いいものを安く早くつくる方法論と解釈するのがより正しい。

 注目したいのは、第1弾が軽自動車のタントだという点。つまり、すべてではないが、ロッキーは多くの基本骨格をタントと共有している。かつてスズキは軽自動車をベースに幅広化したワゴンRワイドなるモデルを開発したが、その後「軽自動車とコンパクトカーの基本設計は相容れないことがわかった。ああいうことはもう二度とやらない」と言っている。ダイハツはそうは考えていないのか?

 そんな疑問を開発担当者にぶつけると、こんな答えが返ってきた。「たしかに軽自動車をベースにコンパクトカーをつくるのは無理があります。そこで我々は設計当初から軽自動車とコンパクトカー両方に使える技術には何が必要かを検討し、それを図面に落とし込んでいったのです」 なるほど、軽自動車を後から無理やりコンパクトカーにするのには無理があるが、最初から要件を織り込めば話しは別ということである。

 実際、デザインにしろドライブフィールにしろロッキーに軽自動車っぽさはない。タントの乗り味もかなり優れているが、重いボディと大きなタイヤとよりパワーのあるエンジンを搭載したロッキーでもペラペラ感は皆無。むしろしなやかで重厚な感覚すら漂っている。細かく見ていけば、ステアリング中立付近に渋い領域がわずかに残っていたり、凹凸が連続する路面ではタイヤが跳ね気味になったりと、改善すべき点もあるが、コンパクトで安くて広い室内をもつSUVとして要注目だ。

ダイハツ・ロッキー

車両本体価格:1,705,000円~(税込)
*諸元値はG/2WD
全長×全幅×全高(mm):3,995×1,695×1,620
エンジン:水冷直列3気筒12バルブDOHCインタークーラーターボ横置
総排気量:996cc 乗車定員:5名
車両重量:980kg
最高出力:72kW(98ps)/6,000rpm
最大トルク:140Nm(14.3kgm)/2,400~4,000rpm
燃費:18.6km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:FF

VOLKSWAGEN GOLF 8
フォルクスワーゲン・ゴルフ8

“繋がる”時代の8代目ゴルフ

 事前に渡された資料をみて驚いた。割かれているページの大半が新しいデジタルコックピットとコネクティビティについてだったからだ。ゴルフがこれまで高く評価され、高い人気を誇ってきたのは優れたパッケージングと高い走行性能ゆえ。だというのに、その部分は申し訳程度に書かれているだけだ。

 時代はここまで変わったのか…と思いつつ、でもやっぱりクルマがクルマである以上、乗ってどう? 走ってどう? が基本であり続けるはず、というのが僕の考え。そこでまずは8代目となる新型ゴルフのハードウェアについて報告していこう。

 ボディサイズは先代をほぼ踏襲。初代から7代目まで続いてきた拡大路線がひと息ついたのは朗報だ。そしてゴルフ7のアドバンテージだった「上質な乗り味」、つまり優れた静粛性と快適な乗り心地、安心感あふれるフットワークは新型でさらに向上した。先行国際試乗会で試乗したのは1.5ℓ直4ターボに48Vマイルドハイブリッドを組み合わせたモデルと2ℓディーゼルの2台だったが、どちらも気持ちよく走り、曲がり、止まってくれた。とはいえ、ゴルフ7が登場したときのような驚きを感じなかったのも事実。きわめてよくできているが、ゴルフ7から大急ぎで乗り換える必要があるかと問われれば、答えはノーだ。

 そこでクローズアップされてくるのがデジタル系。2つの液晶ディスプレイが並んだコックピットは物理スイッチを大幅に減らし、それによって低下する操作性は音声認識でカバーするというロジックである。加えてワイヤレスで繋がるApple CarPlayやVW独自のネットワークサービスなど、時代を着る感覚は確実に強まった。「走る、曲がる、止まる」という従来の3要素に加え「繋がる」価値がクルマにとって今後ますます重要になることをゴルフ8は示している。日本導入は2020年末以降の予定だ。

フォルクスワーゲン・ゴルフ8

*諸元値は欧州仕様1.5eTSI
車両本体価格:未定
全長×全幅×全高(mm):4,284×1,789×1,456
エンジン:1.5リッター直4DOHC16バルブターボ
最高出力:110kW(150ps)/5,000~6,000rpm
最大トルク:250Nm(25.5kgm)/1,500~3,500rpm
駆動方式:FF

BMW 118i
BMW・118i

FF化された1シリーズ

 BMWのエントリーモデルである1シリーズがモデルチェンジし3代目になった。一部のクルマ好きの間で話題になっているのはついにFF化された件。2シリーズアクティブツアラーや同グランツアラーがFFであることを考えれば1シリーズのFF化は既定路線だったわけだが、それでも駆け込み的に先代を購入した人は少なくない。

 一方で、ほとんどのユーザーは自分のクルマがFFかFRかなんて気にも留めていないのが実情だ。BMWの調査によると、先代1シリーズオーナーの8割が、愛車がFRであることを知らなかったという。素直なハンドリングや上質な乗り心地、直列6気筒エンジンを搭載できるなどFRのメリットはある。しかし上述した8割の人たちはFRがもたらすメリットへの感謝よりも、ライバルたちと比べて明らかに狭い室内スペースに不満をもっていたに違いない。実際、新型1シリーズの室内空間は広くなった。全長をわずかに短縮したにもかかわらず、後席ひざ元に残るスペースも、荷室も先代より明らかに広い。むろん、FF化によるメリットである。

 ならば走りはどうか? FRにこだわりのない人たちがメインターゲットとはいえ、乗り味は知らず知らずのうちに体にすり込まれるもの。先代オーナーに不満を感じさせるようでは話にならない。しかしそこはさすがBMW。FF化されてもなお、BMWらしい精度感や粘り感や安心感をちゃんと味わえる。MINIで培ったFF作りのノウハウや、アクティブツアラー&グランツアラーで培った「BMW味をFFでだす知見」が大いに役立っているのだろう。118iが搭載する1.5ℓ3気筒ターボもさすがBMWと唸らせる出来映えで、下手な4気筒エンジンを凌ぐ気持ちよさをもっている。デザインには実用性とBMWらしさの狭間での迷いが見えるものの、乗ればたしかにこれはBMWだと納得できるモデルである。

BMW・118i

車両本体価格:3,340,000円(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,335×1,800×1,465
エンジン:直列3気筒ガソリン・エンジン
総排気量:1,499cc
乗車定員:5名
最高出力:103kW(140ps)/4,600~6,500rpm
最大トルク:220Nm/1,480~4,200rpm
駆動方式:FF

AUDI A1
アウディ・A1

後席スペースの広いプレミアムコンパクト

 生き馬の目を抜くような厳しいマーケット環境下において、いまだプレミアムメーカーらしく振る舞えるのはロールスロイスやベントレーぐらいのもの。アウディだけでなくメルセデスやBMWも幅広い層から新規顧客を獲得し、将来の上顧客として囲い込んでいくことに注力している。加えて、欧州の厳しい企業別燃費規制をクリアするにも燃費のいい小型車は不可欠だ。

 そんななか登場した新型A1の最大の特徴は後席スペースの拡大だ。全高と全幅は変わらないものの、全長を55mm、ホイールベースを95mm伸ばすことによって広々した室内空間と、先代比プラス65リッターの335リッターという荷室容量を確保した。A1のようなコンパクトカーで後席の広さがどれほど重要なのかといえば、僕はあまり重視しない派だ。しかし、小さいクルマほど室内スペースにこだわる人が増えるのも事実で、それは背の高い軽自動車やコンパクトカーが日本の販売上位を占めていることからも明確だ。もちろん、同じことがアウディA1のようなプレミアムコンパクトを買う人にも当てはまるかどうかは読み切れない部分だが、ひとつ確実に言えるのは、広さと引き換えにデザインを諦めたフシは一切ないということ。かつて最強のラリーカーとして名を馳せたスポーツクワトロをモチーフにした3分割スリットや伸びやかなプロポーションなど、新型A1はお世辞抜きでカッコいい。対してインテリアはちょっとアウディらしくない。ハードプラスティックを使ったドアトリムやプラスティッキーな加飾パネルなどは「アウディだったらもう少し頑張って欲しい」と感じる。

 試乗したのは上級グレードの35TSIをベースにオプションをてんこ盛りしたファーストエディション。エンジンはいいが、足がちょっと固めなのと、443万円という価格が気になった。本命は追加予定の1ℓ3気筒ターボモデルになりそうだ。

アウディ・A1

車両本体価格:3,650,000円~(税込)
*諸元値はA1 Sportback 1st edition(限定250台)
全長×全幅×全高(mm):4,040×1,740×1,435
エンジン:直列4気筒DOHCインタークーラー付ターボ
総排気量:1,497cc
乗車定員:5名
最高出力:110kW(150ps)/5,000~6,000rpm
最大トルク:250Nm(25.5kgm)/1,500~3,500rpm
燃費:15.6km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:FWD

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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