スウェーデンの光と闇

文・山田弘樹

 スウェーデンの町並みで不思議だったのは、冬にも関わらずほとんどの窓にカーテンが掛けられていないことだった。

 夜には窓辺にキャンドルがぽつんと灯され、場合によっては部屋の中まで丸見えという家がいくつもあった。同じ都会でも、東京では考えられない。

 5年連続で前年比を上回る新車販売を記録し、昨年は64万台強という数字を達成するほどのメーカーに急成長したボルボ。その急激な躍進を支えた柱には、彼らのデザインが力を発揮している。ボルボの本拠地である、スウェーデン第2の都市、イエテボーリで彼らの話を聞き、町並みを見ながら、僕はその思いを確かなものとした。

 「カッコだけでモノが売れたら世話ないよ」 そう思うのはもっともだ。しかし彼らが〝スカンジナビアン・デザイン〟と強調する様式美には、スウェーデン人の生き方やアイデンティティが強く反映されている。その生き方が我々の心に突き刺さった結果、ボルボは今まで培ってきた安全性の高さや、作りの良さという財産をも光り輝かせた。これほど「デザインのチカラ」が強烈に自分たちの資質を輝かせ、未来を変えたメーカーを今までにみたことがない。

 「スカンジナビアン・デザインとは、いったいどんなデザインなのですか?」

 取材中にこの質問を投げかけると決まって返ってきたのは「スウェーデンらしさ」という答えだった。スウェーデン人の広報担当者はそれを「私たちらしさ」といい、「メイド・イン・スウェーデン(スウェーデン製)ではなくメイド・バイ・スウェーデン(スウェーデン人によって作られた)」であることを何度も強調した。

 彼曰く「スウェーデン人はボルボに誇りを持っている」のだという。今まで勝手に、北欧の人たちはシャイで控えめだと思っていたから、この希望と自信に満ちた物言いは、少し意外で新鮮だった。彼らは意外と〝ジブンスキー〟なのだった。

 だが意地の悪い言い方をすれば、ボルボで働く才能と人材の全てが、スウェーデン人であるわけじゃない。実際、最も肝心な現在のボルボデザインを構築したロビン・ペイジはイギリス人だし、デザインスタジオで話をしてくれたインテリアデザイン部門の部長、ティッシャー・ジョンソン女史もアメリカ人だ。

 こうした状況は、我々にも身に覚えのあることだ。我々日本人以上に外国人の方が、日本文化への深い理解を示し、その魅力を感じていることは往々にしてある。だから彼女にも「外国人であるあなた方のほうがスウェーデンらしさを繊細に表現できるのではないか?」と質問してみたのだが、「確かにそうかもしれない。でも、その両方があるのは、いいことじゃないですか?」と、軽やかに返されてしまった。

 ボルボはここイエテボーリと上海、そしてカリフォルニアに開発拠点を持ち、常に意見を出し合っている。そして最終的にイエテボーリ本社がこれを判断し、スウェーデンらしさを全面に押し出して形にするのだという。

 こういった手法は中国資本のジーリー社の傘下となった2010年以降にグッと強まったらしい。ジーリー社のトップは芸術を愛する人であるというし、スウェーデンの外にいる人だからこそ、ボルボ本来の価値に気づけたのだろう。そしてこれが、商業的にも成功したのだから、言うことはない。

 彼らスウェーデン人が大切にすることとはいったい何なのだろう。彼ららしさとは、どのようなことを言うのだろう。

 僕の結論は〝シンプリファイ〟だ。彼らはまず、必要のないものは可能な限り削ぎ落とそうとする。その上で使う素材を厳選し、エルゴノミクス(人間工学:人間優先の使いやすさを求めたデザイン)を大切にしながら、最後にオリジナリティを与えようとする。

 そこには自然環境との密接さが大いに作用している。インパネに流木を使うのは、スウェーデンの家具や小物にもこれがよく使われているからだ。生活の中に山や森、湖がある彼らはしょっちゅうキャンプやウインタースポーツに興じる。彼らにとって、自然と調和するデザインはきらびやかである必要はないのだ。

 それはモノと情報の溢れるこの時代、僕たちの心にストレートに響く。大量生産、大量消費や格付けパワーゲームに疲れた現代人がボルボを選ぶことはそれ自体、無言のアンチテーゼとなっている気がする。

 だがこれまでだってボルボは、こうしたスウェーデン気質でクルマを作ってきたはずだ。ではこれまでと今のボルボが決定的に違うのは何か。そこに〝鋭さ〟が加わったことだと、個人的に感じている。

 アメリカ資本のフォード傘下で立ち位置を限定されていた頃はもちろん、それ以前のレンガのように角張ったボディを作っていた時代にも、この先進性、〝キレ感〟はなかった。

 最初こうしたデザインの変化はドイツ勢への宣戦布告だと思っていたのだが、どうやらそれも違うようだ。そこには現代スウェーデンが持つ、ある種、屈折をも帯びた〝あがき〟や〝反抗〟、根底にある気性の荒さが表れているのではないだろうか。そしてこれが最終的に、彼らが持つ独特な芸術感覚と共に、美しさへと花開いた気がしてならないのだ。

 簡単に言えば〝キレッキレ〟。手を触れたらスパッと切れてしまいそうなシャープさやある種の冷たさは、イエテボーリの街の、そこかしこに見て取れた。空港で売られるスウェーデン製のスポーツウェアは、機能的にしてどこか鋭敏な線が引かれ、ここで? と一瞬首をかしげる位置から素材がカットされていたりする。伝統ある巨大な郵便局を改築して使う宿泊ホテルは、置いてある椅子やソファーがもはやアート。しかしそこに華美な装飾は一切なく、寝転んでも座っても腰が落ち着くような造形が施されている。

 なにを作るにつけそこに芸術性やキレ味が付け加えられていないものはないのだが、それが見る者を圧倒する押しつけがましさはなく、静かに存在を主張している。

 ここでハッと思い出したのは、スウェーデンのバイクメーカーであるハスクバーナの「ヴィットピレン」だ。そのスタイルはまさに現代的スカンジナビアン・デザインの最先端を走っているのではないか。要らないものを過激なまでに捨て去って行く姿勢の独特さは他と一線を画している。

 ヴィットピレン401を見たとき、僕は心を鷲づかみにされた。このシンプルかつ未来的なバイクで、街中を縦横に滑走したいという衝動に駆られた。何もかもを置き去りにするかのような存在の鋭さ。

 ハスクバーナというバイクメーカーの歴史は由緒正しい。もしハスクバーナがスウェーデンのメーカーとしての歴史と実績を持たなければ、キスカデザインはこうした現代スウェーデン的な手法でブランドを復活させようとはしなかったのではないか、と思う。

 スウェーデン映画のヒット作で「ドラゴン・タトゥーの女」がある。ハリウッド版ではエッジの効いた新感覚で難事件を解決していったが、本家のスウェーデン版はさらにその描写が何倍も暗く、ハリウッド版ほど洗練されていなくて、最後まで見るのに苦労した。

 そこに現代スウェーデンの闇がある、なんて陳腐な評論はしない。しかし光を求める理由はそこに長く暗い闇があるからで、結果的にスウェーデンの厳しい冬が様々な透き通った美しさやキレ味鋭い刺激を生みだす。そして春に見いだす希望の光を内包するデザインは、極東に済む自分たちの心にさえも、無意識に作用するのだ。

 このとき、ティッシャーの言葉が思い浮かんだ。スウェーデンらしさをインテリアデザインに取り入れるとき彼女は「光が大切」だと語ったのだ。「スウェーデンの人たちにとって『長い冬が終わった』と気がつくことはとても大切」 だからパノラミック・サンルーフは重要なアイテムであり、光を集めるクリスタルのギアレバーを用意した。明るいインテリアの色調を大切にしたのだという。

 同様に彼らは常に家のカーテンを開けて光を求め、それと同時に一輪の花やキャンドルで、窓辺を飾るのではないだろうか。

 彼らが安全性や環境性能に徹底的なこだわりを見せるのも、クルマにおける光を求めるから。クルマには移動の自由や便利さがあると同時に、交通事故や環境破壊という深い闇もある。しかし、だからこそ、強く光(希望)を見出そうとするのではないか。イエテボーリの旅でそんなことを思ったのだった。


ボルボを網羅するミュージアムを見学。ここは一般にも開放されている。

ボールベアリグ製造会社であるSKF社の2人が運命的な出会いを果たし、ボルボは始まった。

ボルボ車1号車「VOLVO ÖV4」には最初名前がなかった。ニックネームは「JKOB」。

大衆車からスタートしたものの売れ行きは思わしくなく、当初はバス&トラックが稼ぎ頭。

鉄が不足した戦後は小型車から再出発。’44年に発表された「PV444」は日本にも50台輸出。

ロジャー・ムーア主演のTV番組「セイント」で採用され一躍世界デビューした「P1800」。

ツアーガイドを務めて下さったボルボ・カーズ ヘリテイジのペロオケ・フローバーグさん。

女性が扱いやすいクルマを、というコンセプトで女性だけで制作した「YCC」(2004年)。

ボルボ・エステートの源流「P201 デュエット」(1953年)はスウェーデン人に愛された。

アメリカでは200シリーズの安全性が認められ、これをベースに新安全基準まで作られた。

700シリーズはアメリカで「インテリのクルマ」として大人気に。日本でも850がブレイク。

60年代中盤ボルボはラリーで大活躍。’65年にはジョギンダ・シンがPV544で初優勝した。

町中の建物や家具がシンプルかつ機能的なスカンジナビアン・デザインで統一されていた。

インテリアデザイン部長を務めるティシャー・ジョンソン女史。S90の内装を手がけた。

V60 Dieselから始まったプラグインハイブリッドはXC90でT8へと大きく発展した。

3点式シートベルトを初搭載した「PV544」。ボルボはこの技術特許を無償で公開した。

「PV544」「P1800」「145」という、貴重なクラシックカーを運転させてもらった筆者。

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