モタスポ見聞録 vol.16 日本映画vsモータースポーツ

文・山下敦史 / 写真・©2018「OVER DRIVE」製作委員会

『OVER DRIVE』 全国東宝系公開中 ©2018「OVER DRIVE」製作委員会

よし、俺はこの映画をひいきにしよう。
正直に言えば、最初は「ラリーの映画やるんだ? そりゃ珍しい」とは思ったものの、それ以上に興味を持ったわけでは無かった。

 マンガの原作でもあるんだろうと勝手に思い込んでいたくらいだ。だってねえ、東出昌大と新田真剣佑が天才メカニックと天才ドライバーの兄弟役というのだから、そりゃマンガと勘違いしても仕方ないだろう。

 だが実際に鑑賞してみると、意外というと失礼だが、王道も王道のモータースポーツ映画であり、何より良質のお仕事映画でもあった。

 日本でいわゆる“走り屋系”以外、モータースポーツ界が舞台の劇場映画なんてあっただろうか? 下手するとバイクブームの頃の8耐ものか、「汚れた英雄」あたりまで遡ってしまうかもしれない。それを考えると、原作もないこの企画を実現させたスタッフの情熱と努力には頭が下がる。むろん、この映画に欠点がないとは言わない。書かないけどね。でも前例がない中、思いっきりベタで熱い映画を、これからの日本のモータースポーツ映画の基準として作り上げた志は買わせてもらう。

 WRCを目指すドライバーの弟とメカニックの兄の葛藤を軸に、国内最高カテゴリーのラリーシリーズで年間チャンピオンを狙うチームの戦いを描く、というのが大筋だ。このレース自体は架空のものだが、精密に設定されているのが分かり、主人公たちと日本中を転戦している気分にさせられる。見慣れた公道や未舗装道を激しくジャンプやスライドしながら走り抜ける熱いレース場面は、ラリーの魅力を初心者にも問答無用で理解させるだろう。首都高環状線を封鎖してレースを開催するなど、クルマ好きが夢見るシチュエーションを映像で見せてくれるのだからたまらない。「三丁目の夕日」シリーズを手掛けたROBOTによるこの場面は、本当に首都高で撮影したのかと錯覚させるほどの臨場感だ。沿道のマンションでバルコニーに鈴なりになった人たちがレースに声援を送るなど、あり得ないからこそ、そうだったらいいのにな、と胸を熱くさせる。

 そこだ。この映画がクルマにもモータースポーツにも無縁な人でも心を揺さぶられるだろう点は、夢を形にすることの困難と不屈を描いているからだ。表舞台に立たなくても血のにじむ努力を重ねるメカニックたちの献身、自らを鼓舞するため大口を叩く一方、激烈なプレッシャーと戦う若きドライバー、自信を失いながらも目の前の仕事に真摯に向き合おうとするヒロイン。そんな彼らの姿が、前例のない映画を実現させたスタッフの尽力に重なる。誰も保証なんてしてくれない。信じて足を踏み出すだけだ。

 きっかけはクルマ好きだからでも、主演のイケメン俳優目当てでもいい。今いる場所で、自分が何をやるべきなのか、そして自分が自分を裏切らないためにはどうしたらいいのか。この映画は、今とこれからの自分が輝くための少しの薬になってくれるかもしれない。

Atsushi Yamashita

1967年生まれ、長崎県出身。PR誌の編集員を経てフリーに。以後、映画や書籍の評論及びレビューを中心に映像エンターテインメントやIT、サイエンス関連の記事などを執筆。著書に『プレイステーション 大ヒットの真実』(日本能率協会マネジメントセンター)、『「ネタになる」名作文学33』(プレジデント社)など。

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