F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 PLUS vol.23 F1ドライバーの募集広告

文・世良耕太

 ニコ・ロズベルグは2016年のF1ワールドチャンピオンになった途端、引退宣言をした。泡を食ったのはメルセデスAMGペトロナスだった。

 なにしろ、ロズベルグとは’18年末まで契約が残っていたのだから。メルセデスはルイス・ハミルトンとロズベルグというふたりのチャンピオンを抱えて’17年シーズンに臨むつもりだった。ドライバー間の熾烈な主導権争いに悩まされる恐れはあっても、成績に関しては安心して見ていられるはずだった。

 前触れもなくロズベルグを失ったメルセデスは、後任探しを迫られた。3ヵ月後にはテストが始まるので、そう悠長に構えてはいられない。それなのに、イギリスのモータースポーツ専門誌に「レースドライバー求む」の求人広告を出す余裕はあった。もちろんジョークだが、このジョークに応えたのが小林可夢偉である。「とりあえず履歴書送ります」とツイッターでコメントし、メルセデスに送った英文の履歴書を公開した。ジョークの殻に包みながら、万に一つのチャンスに懸けたのかもしれない。

 ライバルは大勢いた。ロズベルグの引退が明らかになると、メルセデスの実質的なボスであるトト・ウォルフの元には、世界中のさまざまなドライバーから電話が掛かってきた。どれも内容は、「オレ、いけます」というものだった。3年連続でタイトルを獲得したチームに空席ができたのである。これほど成功が約束されたシートはない。ダメ元で電話をして当然だ。ウォルフは電話を掛けてこなかったドライバーの名を挙げて、「彼は僕の電話番号を知らないから」とコメントした。これもジョークで、電話番号を知っているドライバーはみんなコンタクトしてきたと言いたいのだ。

 余裕たっぷりのように見せて、その裏でウォルフは激しい駆け引きを繰り広げていた。有力ドライバーはすでに他のチームと契約を済ませている。メルセデスが欲しいドライバーは、他のチームにとっても必要なドライバーなのだ。そう簡単に手放すはずがない。結局のところ、ロズベルグの後任はバルテリ・ボッタスに決まった。メルセデス製パワーユニットを搭載するウイリアムズからの移籍である。

 過去4シーズンで9回表彰台に上がっている27歳のボッタスは、将来有望なドライバーに違いないが、ウォルフの自由になるのはボッタスしかいなかったのが実状だった。なぜなら、ボッタスのマネージメントをしているのがウォルフだからだ。事情はどうあれ、ボッタスにとっては願ってもない話だった。「夢が叶った」とコメントしたが、それが本心だろう。

 ボッタスが抜けた穴は、ロズベルグと違って用意周到に引退を宣言したフェリペ・マッサが、「ウイリアムズのためなら」と、引退を1年延長して埋めた。こうして、ロズベルグの引退宣言に始まった騒動は、45日を費やして決着した。

ウイリアムズはボッタスを引き渡す代わりに、技術部門の責任者だったパディ・ロウの移籍をメルセデスに求めた。自分たちのチームの技術責任者が去って空席が生まれるため、ボッタスの引き渡しに乗じて要求したのである。メルセデスはこの要求を呑んだが、その結果、メルセデスから技術部門の責任者がいなくなることになる。新たな人材をフェラーリから引き抜くというウワサも。F1は人の奪い合いだ。事情はどうあれ、今回の騒動で最も得をしたのはボッタスに違いない。

Kota Sera

ライター&エディター。レースだけでなく、テクノロジー、マーケティング、旅の視点でF1を観察。技術と開発に携わるエンジニアに着目し、モータースポーツとクルマも俯瞰する。

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