ダウンサイジングと向き合う

 ダウンサイジングとは、効率を優先して規模を小さくすることをいう。

 クルマの世界では、過給器を追加して一定の性能を維持しながら排気量を削減することや、クルマ自体を小さなものに乗り換えたりすることをさす。

 ユーザーにエコや維持費の低減を提供するなど、コストダウンを主な目的に発展してきた技術なのである。

 一見するとクルマ趣味人には興味の持てない流行のように映るかもしれない。

 しかしダウンサイジングをつまらないものと考えずに「ヒエラルキーの崩壊」と捉えれば、今後のクルマ選びは面白くなってくるはずだ。

Uアンダー– 400が世界のトレンドになる

 その昔・・・といってもせいぜい20年ほど前までのことだが、2輪のトレンドと4輪のトレンドはハッキリと別モノで、小さな偶然はあってもほとんど共通することはなかった。ところがその様相が徐々に変化。特にこの10年くらいの間でそれは顕著になり、似たようなコンセプト、似たようなカテゴリーのモデルがそれぞれの分野で新しいトレンドを作ることが珍しくなくなってきている。例えば2輪のアドベンチャーモデルに対する4輪のクロスオーバー、2輪のネオクラシックに対する4輪のレトロモダンやリバイバルモデルがそれに当たり、今回のテーマでもある「ダウンサイジング」もそのひとつ。小さな排気量、小さな車格に対するニーズとそれに応える選択肢の多さはどちらにも共通するところがある。

 その流れが2輪の中で生み出されたきっかけが’08年に発表されたカワサキの250ccスポーツ、ニンジャ250だった。久しく大きな動きがなかったこのクラスに完全新設計のスポーツバイクが投入されただけでなく、そこにフルカウルとクリップオンハンドルを与えるという、ちょっとしたやり過ぎ感が話題を呼んだ。懐疑的な声をよそにこれが予想以上のヒットを記録。ライバルメーカーが慌てて追随しようにも開発がすぐに追いつくわけもなく、カワサキは悠々とこのカテゴリーのトップを走り続けることに成功し、数年が経過してホンダがCBR250Rを、スズキがGSR250を発表。そして昨年12月にはヤマハからYZF-R25がデビューしてようやくその包囲網が完成したのである。

 そんな中、ここぞとばかりに縦横無尽にこのマーケットを闊歩してきたのがオーストリアのKTMである。KTMはデュークやRCといった小中排気量車を積極的に展開し、しかも125(124・7cc)、200(199・5cc)、390(375cc)といったバリエーションモデルを段階的にリリースしながら飛躍的にシェアを拡大。しかもつい先頃250(248cc)もそこに加え、カワサキ同様ダウンサイズマーケット活況の火付け役になっているのだ。

 おもしろいのはどのメーカーにも個性があり、シェア獲得のためのアプローチが画一的でないことだ。せまい範囲での競争を余儀なくされればどんどんスペックが似かよっていくのが普通だが、少なくとも現状のアンダー400ccクラスは自由な雰囲気が漂っている。

 その一因が国や地域によってある意味ガラパゴス化したモデルが数多く存在していることだろう。日本では250ccがひとつの区分になる一方、世界基準で言えば300ccがその境だったり、日本ではマイナーな125ccがヨーロッパでは若者の通過儀礼として外せなかったり、ヨーロッパでは馴染みのない150ccが東南アジアでは人気のレースだったりと、一概にアンダー400と言っても場所によって求められるモノが様々。それゆえ、ありとあらゆるニーズに応えるためのモデルが勢ぞろいしているからだ。

 今まで、そうしたモデルはどこかの国やどこかの地域専用モデルとして展開されてきたが、最近ではその垣根も失われつつある。例えばヤマハYZF-R25の兄弟モデルとして日本でも販売が開始されたYZF-R3(320cc)がその好例で、車検制度の都合上この手のスポーツバイクは250cc以下か、ビッグバイクじゃないと売れないという暗黙の了解を払拭。排気量を活かしたパワーでライバルをリードして見せたかと思えば、カワサキはあえて単気筒のニンジャ250SLを導入してパワーよりも圧倒的な軽さ(車両重量149㎏)でハンドリングの魅力を謳うなど、メーカー毎の戦略が光る。そこには「250はこんなもの…」とか「アンダー400だから…」という言い訳もあきらめも妥協も我慢もなく、ポジティブさに溢れているのが心地いい。

 そして注目すべき本当のトレンドは「昔2輪に乗っていたものの、もう何十年も4輪だけ」という人が今のアンダー400熱をきっかけに2輪に戻ってこようと、もしくは興味を持つきっかけになっていることだ。10年、20年と2輪から離れていた人にとって、最新のビッグバイクやビッグパワーは緊張の対象でしかないだろうが、このクラスならリターンのきっかけにふさわしい。2輪の世界を活気づけ、4輪の世界とのかけ橋になる可能性を持つアンダー400というダウンサイジングには他の排気量にはない魅力が詰まっているのである。

文・伊丹孝裕

HONDA CBR250R
車両本体価格:565,920円(ABS/ロスホワイト、税込)
総排気量:249cc 最高出力:21kW(29ps)/9,000rpm
最大トルク:23Nm(2.3kgm)/7,500rpm

Kawasaki Ninja250SL
車両本体価格:459,000円(税込)
総排気量:249cc 最高出力:21kW(29ps)/9,700rpm
最大トルク:22Nm(2.2kgm)/8,200rpm

KTM RC390
車両本体価格:656,000円(税込)
総排気量:375cc 最高出力:32kW(44hp)/9,500rpm
最大トルク:35Nm/7,250rpm

SUZUKI GSR250
車両本体価格:456,840円(税込)
総排気量:248cc 最高出力:18kW(24ps)/8,500rpm
最大トルク:22Nm(2.2kgm)/6,500rpm

YZF-R3 ABS
車両本体価格:631,800円(税込)
エンジン:水冷・4ストローク・DOHC・4バルブ
総排気量:320cc 最高出力:31kW(42ps)/10,750rpm
最大トルク:30Nm(3,0kgf・m)/9,000rpm

ダウンサイジングとダウングレードは異なる

 「いつかはクラウン」という有名なキャッチコピーが象徴していたように、かつてのクルマ選びは乗り換えるたびにステップアップしていくのが当たり前だった。しかし今は違う。ダウンサイジングという考え方がクルマ選びの際のキーワードとして浸透し、より大きなクルマへの乗り換えではなく、より小さいクルマを積極的に選ぶ人が増えた。たとえばアルファードからタントへの乗り換えなど、ひと昔前では考えられないような乗り換えが実際に起きているという。そう、ダウンサイジングとはクルマ選びのパラダイムシフトであり、ボディサイズや排気量といった旧来の価値観に代わる「クルマ価値」の再定義なのである。

 この動きは決して悪いことじゃない。大は小を兼ねるという言葉があるけれど、必ずしもクルマには当てはまらないからだ。小さいクルマには、優れた経済性はもちろんのこと、ヒョイッと飛び乗って近所のコンビニまで気楽にいける付き合いやすさがある。これは、クルマを生活に採り入れるうえでとても大切な視点である。

 問題は、小さいクルマを選ぼうとしたとき、たいていの場合、自動的に質まで落ちてしまうことだ。これは「大きいクルマは高級で価格が高く、小さいクルマは低級で価格も安い」という、クルマ業界で支配的な常識が原因だ。トヨタもメルセデスも、ホンダもBMWも、ほぼ例外なく大きいクルマは高く、小さいクルマは安い。もちろん、小さいクルマの質や価格をどこまで落とすかは個々のブランドによって違う。メルセデスやBMWが小さいクルマにもそれなりの質を与えるのは、プレミアムブランドとしてこれ以上は譲れないという明確なラインを自らの商品に引いているから。だとしてもSクラスとAクラス、7シリーズと1シリーズの間には大きな違いが横たわっているわけで、このあたりが、小さい方が付加価値が高くなることの多いエレクトロニクス製品との大きな違いである。

 かつては、商品のことをあまり知らなくても、ボディサイズや排気量といったわかりやすい視点で選べば間違いは起こらなかった。より大きなボディ、より排気量の大きいエンジンを積むクルマさえ選んでおけば、いま乗っているクルマよりまず間違いなくいいクルマを購入できたからだ。しかし、ダウンサイジング時代のクルマ選びはそうはいかない。下手をするとダウングレードになってしまい、せっかく買い換えたのに、見ても乗っても走らせてもまったく満足できない…となるリスクが大いにある。ダウンサイジングをしながら質の高いクルマを選ぶのはとても難しいのだ。しかしその反面、そこには面白味がたくさん詰まっている。

 過去の自分のクルマ選びを振り返ってみると、小さくても質の高いクルマ、あるいは小さくても精神的に豊かなクルマを一貫して追い求め続けてきた気がする。初代CR|Xに始まり、ゴルフⅡGTI16V、ルノー5バカラ、初代パンダ、ゴルフⅢVR6、ユーノス・ロードスター、ゴルフⅢカブリオレ、シトロエンDS3カブリオ…。いま注目しているのはボルボV40、プジョー308、ゴルフ、来年日本導入予定のシトロエンC4カクタス、日本車ならマツダ・ロードスターと同CX|3。軽自動車ならハスラーや新型ラパンが気になる。これらに共通しているのは、上級車種から乗り換えてもダウングレード感を与えない実力と個性の持ち主だということ。そう、ダウンサイジングとダウングレードは決してセットじゃない。選び方次第では今まで以上に楽しく豊かなカーライフを送れるのだということを覚えておいて欲しい。

文・岡崎五朗

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