クルマに乗る人の誰もが触れる自動車シート。
普段あまり気にすることはないが、実は自動車シートは乗り心地のみならず、安全性にも大きく寄与している。60年にわたり自動車シートを手がけ、この業界をリードしてきたニッパツに、シート作りに関わるさまざまな技術と、これからの自動車シートについて話をうかがった。
ばねの目線でシートを作る
岡崎五朗(以下、岡崎)僕は「ニッパツ(日本発条株式会社)」は、ばね製品が中心というイメージが強かったので、シートも重要な柱になっていたのには驚きました。
佐々木良隆(以下、佐々木)ニッパツは、かつて名声を誇った総合商社「鈴木商店」にいた商社マンが立ち上げた会社です。1930年代、国内の自動車生産が活発になり、海外も含めると今後相当の需要になるという将来を見据えて自動車用のばねに着目し、1939年に「日本発条株式会社」を創立しました。
岡崎「発条=ばね」が社名に入っていることに、創立した方々の熱量が伝わってきます。
佐々木戦後、日本経済が本格的な拡大期に入った1950年代には自動車業界も急成長し、我々も自動車シートに着手しました。1961年にトヨタ自動車向けのシート用スプリングを、翌年以降、日産やいすゞ、マツダ、スバルと工場を新設しながら取引先を拡大し、今に至ります。
岡崎自動車の未来を見据えてばねに着手したのは面白い着眼点ですね。
佐々木そうですね。その後ばねに留まらず、ウレタン一体発泡シート「スバル360」を当社で初めて作りました。シートメーカーでウレタンの処方開発を自社で手掛けているのは今も当社のみです。また現在、日本の国内シェアは2位、世界では7位を占めています。
モーションシミュレータ
腕の良さは〝独立系〟が産んだ
岡崎国内だけでもいろいろなシートメーカーがありますが、ニッパツの強みはどこにありますか?
佐々木独立系メーカーなので、特定メーカーの製品に縛られず顧客のニーズに合わせた開発が可能なところですね。多くの自動車メーカーと取引しており、その過程で得た情報を自社でデータベース化しています。こうした知見の蓄積で技術力を高め、新しいシートを作る際に幅広い提案として生かしています。
岡崎なるほど。改めて考えると自動車シートって、10年以上使用してもあまりへたらない。ソファや椅子なんかとは違い、“長年へたらない”のは背後に、ものすごい技術が詰まっているということですね。
佐々木自動車シートは家具とは違い、動く環境の中で使用されますので、相当厳しい耐久試験を行なっています。メーカーによって異なりますが、ひとつ例を挙げると、30万回もの乗り降りを検証した試験を行なったりします。
岡崎30万回ですか! となるとシートだけでなく、それを支えるフレームなど、他にもノウハウがありそうです。
佐々木シートフレームは安全性と軽量化の両立をはかっていますし、座り心地に関しては人間工学に基づいて、先に述べたニッパツ独自のウレタンをフレームと組み合わせることにより柔らかさとサポート性をともに追求しています。そのほかにも当社のバーチャル解析技術を活かして、シワになりにくいトリムカバーのデザインを提案しています。
岡崎自動車シートに求められるものは1つではないんですね。
佐々木はい。強度や耐久性などいろいろなプライオリティがありますが、我々は安全性にもっとも重点を置いています。例えば、万が一衝突したときに鞭打ちを起こさせない技術などですね。2021、’22年にスバルのレヴォーグ、レガシィ アウトバックが自動車安全性能(JNCAP)の最高評価であるファイブスター大賞を受賞したのですが、その際、当社のシートが鞭打ち試験で最高得点を獲得しました。
岡崎ふだん意識することは少ないけど、シートは安全性に大きく寄与しているんですね。御社ではシート開発にシミュレータを生かして技術力をあげていると聞きました。
佐々木今は開発期間の短縮が強く求められるので、バーチャル開発技術の構築を行なっています。解析結果の精度を検証するために、実機試験や官能評価ができる3つのシミュレータを備えています。それが「モーションシミュレータ」「体圧シミュレータ」「ドライブシミュレータ」で、これらをゼロベースで開発しています。
岡崎自社オリジナルですか!
佐々木はい。当社はこのようなものを作る技術を持つ開発陣が多く、みな非常に真面目で熱心。人材に恵まれているのも強みですね。
体圧シミュレータ
ドライブシミュレータ
環境配慮コンセプトシート
大阪・関西万博展示「空飛ぶクルマパイロットシート」
自動運転快適性コンセプトシート
ドライバーにやさしいシート
次世代に向けた取り組み
岡崎自動車製造は人の手が担う割合が高いと思うのですが、現代は様々なところで人手不足の声が聞こえます。ニッパツではこのようなバーチャル開発などの技術を活用して、人に頼っていた部分の自動化を進めていくのですね。
佐々木おっしゃるとおりです。人の負担を減らしつつも、職人レベルはそのままに品質を担保していくのが我々の今後のテーマのひとつでもあります。
岡崎御社はBtoBがメインですが、お話を聞いていて、御社なら一般ユーザー向けの自社製品があってもいいのではないかと。BtoCのレカロのようなシートが高価格帯であるにも関わらず購入する人がいるのは、品質に対する信頼とブランド力ゆえです。昨今、中国や韓国などアジアメーカーが急成長する中で、日本の強みはやはり「技術力」です。ニッパツには長い歴史と高い技術力があるのですから、BtoCの商品があってもいいと一層、強く感じます。
佐々木ありがとうございます。日本では、部品メーカーは目立たない方が良いという風潮がゼロではないのが現実で、我々もそれを当然と受け止めてきました。しかし時代は大きく変わってきており、何か新しいことをしないといけないと感じていたところでした。それで今年、初めて挑戦したのが、大阪・関西万博2025で話題となった「空飛ぶクルマ」のパイロットシートです。これを当社が手掛け、そのシートに「NHK SPRING CO.,LTD.」(ニッパツのロゴ)の刺繍を入れさせていただきました。
岡崎それはとても良い取り組みですね。これからBEVが増えていくと、より薄く軽いシートが求められていくと思います。
佐々木すでにメーカーからはそういうご要望もあります。乗り心地や安全性、耐久性などの品質を担保した上で、より薄く、軽く、そしてこれまでにない斬新なデザインのシートを、いま一生懸命考えており、ジャパンモビリティショーで発表できたらと思っています。
岡崎それは楽しみです。ニッパツの考えた「後頭部を後頭骨から支えてぐらつきや振れを低減するヘッドレスト形状」も、見た目からして特徴的なので「このシートはニッパツだ! じゃあ良いね」と、座らなくても“ニッパツ”というブランド品質が一般ユーザーに認知されていくといいですね。
佐々木創業100周年を迎える2039年までにはカーボンニュートラル達成という目標もありますし、ブランド力に一層磨きをかけて、“シート技術のニッパツ”として認知していただけるよう邁進していきたいと思います。
瀬イオナ/Iona Hayase
Profile
自動車メディアの編集部を経て2024年にフリーランスとして独立。モータージャーナリストを目指して「書くこと」「走ること」を勉強中。レーシングドライバーでありモータージャーナリストでもある中谷明彦氏に師事している。