次世代ジャーナリストがいく

トヨタが社をあげて取り組むヘリテージ活動「TOYOTA CLASSIC」。その柱の一つである旧車のレストアは、単なる技術の継承ではなく人材育成として位置付けられている。


第20回 “モノづくりは人づくり“
~人材育成としてのレストア

文・瀬イオナ 写真・山本佳吾

 トヨタ自動車は、「オートモビルカウンシル2025」にて、以前までのヘリテージ活動を「TOYOTA CLASSIC」と題して、今後発展させていく方針を発表した。主な活動内容は①ヘリテージパーツの企画・販売、②旧車コミュニティの運営、③クルマ文化に触れる場づくり、④レストアを通じた技能とノウハウの伝承の4つだ。

 トヨタグループ全体で取り組むヘリテージ活動は、単にクルマ好きを盛り上げるだけではない。「④レストアを通じた技能とノウハウの伝承」という名の通り、人財育成の一環としても位置づけられているのだ。

 トヨタでは2013年に、社内で最も厳しいとされる技能研修プログラム「高技能者育成制度」が定められた。技能者全員を対象にC級・B級・A級と段階的に専門技能を高めていき、A級を修了後、選抜された者だけが、最上位の「S級」へとステップアップできる仕組みだ。S級にはトレーナーや指導者は置かず、自ら課題を見つけ、考え、解決する。まさに鍛錬の場である。その制度に新たに追加されたのが、A級とS級の間に設けられた「高技能」という独自ステップだ。以前まではS級に選抜されてから活躍できるまで期間がかかったが、新たな選抜枠の追加によって、S級にステップアップするまでの技能教育を一本化し、育成スピードを加速させる狙いがある。

(右)レストア事業を束ねるグローバル生産推進センター 技能支援室長の槌田公彦氏、(左)実際にレストアに参加したレストアグループ エキスパートの川岡大記氏

 そのプログラムの実践の場として、2022年から導入されたのが「レストア」だ。先人が残した部品の形状や製造工法を学びながら、クルマづくりの原点を体感していく。目的は商業的な完成車の製作ではなく、「人を育てること」にある。この根底には、故・豊田英二最高顧問の「人間が物を作るのだから、人を作らねば仕事も始まらない。“モノづくりは人づくり”」という理念がある。また「モノ」とカタカナ表記する理由は、「者」と「物」を表すためだ。

 レストアの現場では、それぞれの工程を担う熟練技能者たちが集まり、力を合わせて1台の旧車を再生する。たとえば、初代クラウンのテールランプをシリコン製の型で自作した技術者は、気泡を防ぐための逃げ穴を設けるなど、数え切れない試行錯誤を重ね、ついに完成にこぎつけたという。その成功体験は、彼にとってかけがえのないものであり、現在は現場で後輩を導きながら、挑戦する姿勢を伝えている。

 私が取材で訪れた三ヶ日研修所には、各工場から人選された約30名が、当時の図面をもとにカラー化された写真と見比べながらレストアに取り組んだ「初代クラウン」が展示されていた。

シート再現のために練習としてバッグの制作も行なった。完成度が高くオリジナリティもある。商品でないのがもったいないくらい。

 シートの再現にあたっては、トヨタ紡織に出向き、ミシンの扱いを一から学んだという。ボンネット内も、エンジンや配管、配線、ステッカーに至るまで丁寧に再現されている。エンジンルーム付近に貼られたステッカーの数字は馬力を示す。しかもエンジンの性能を強調するために使われた赤は、たまたま当時、話題となっていた東京タワーと同じカラーだったとか。

 当時の設計図や資料を綿密に読み込んでいくと、ヒューマンエラーを防止するために先人たちが様々な知恵を絞っていたことなども分かったという。このように、レストアとは旧車を材料として、先人の志を感じ取り「モノづくりの心」を理解するとともに、トヨタのDNAの継承、技能伝承にも繋がっているのだ。

(左上)ボンネット内のエンジンルームに貼られたステッカーなど細かなところまで再現した。(右上)レストア車両1台のためにシリコン製の型を自作してテールランプを製作した。(左下)シートを再現するためにミシンの扱いを一から学んだ。(右下)大小様々な凹凸を一つひとつ丁寧にデントリペアで修正していく生産現場の高技能者。

 取材を通して、私は映画『LEADERSリーダーズ』を思い出した。創業者の豊田喜一郎氏をモデルに、国産自動車開発に人生をかけた人々を描いた作品だ。部門を超えた技術者たちが情熱をぶつけ合い、力を合わせてクルマを完成させていく。あの創業期の熱意と結束力が、今もなお令和の時代に受け継がれているのだと実感した。未来のモビリティ社会の成功は、こうした真摯な取り組みの先にあるのかもしれない。

瀬イオナ/Iona Hayase

自動車メディアの編集部を経て2024年にフリーランスとして独立。モータージャーナリストを目指して「書くこと」「走ること」を勉強中。レーシングドライバーでありモータージャーナリストでもある中谷明彦氏に師事している。 

第20回 “モノづくりは人づくり“~人材育成としてのレストア
文・瀬イオナ 写真・山本佳吾