編集前記 Vol.17 未来を見据えた阪急電車

文・ 神尾 成

およそ3年ぶりに阪急電車に乗った。小学生の大半の時期を兵庫県の宝塚市で過ごしたことから、“阪急”は少年時代の思い出が詰まった電車だ。

 今も沿線に母親の墓があるので、阪急電車には特別な思い入れがある。

 子供のときは知らなかったが、阪急電車を走らせる阪急電鉄は鉄道会社としては抜きん出たブランド力があり、日本版顧客満足度調査(JCSI)の近郊鉄道部門において14年連続で首位を獲得している。しかしそもそも阪急電鉄は創業した明治の頃から人々の暮らしを豊かにすることをモットーに掲げてきた会社だという。

 阪急電鉄は、山あいの田園地帯に鉄道路線を引くのと並行して住宅開発を手掛け、沿線に町をつくることで乗客を増やしてきた。路線工事を着工した頃は人の住んでいない地域を走るミミズ電車と揶揄されたらしい。しかし当時としては画期的な電気や水道を完備しただけでなく、一定の広さを持つ品質の高い住居と、住民が交流できるコミュニティをつくり、ひとクラス上の生活を提案したのだ。現代に続く私鉄のビジネスモデルを構築したのである。また世界初のターミナルデパート『阪急百貨店』をはじめ『宝塚歌劇団』や映画の『東宝』を設立するなど、阪急電鉄は沿線から離れた地域に住む人にも豊かさを提供してきたといえるだろう。先に町があって人がいるから電車を通すのではなく、新たに路線を引いてひとクラス上の新しい町を作るという大きな構想は今から100年以上前に打ち出されて実現した。

 この阪急電鉄の取り組みは現代にも通じるヒントがあるように思う。今月号の『カーボンニュートラルに向けた選択肢と政治』(p24)で語られているように、エネルギー問題やEVシフトも、未来を見据えた現実的な取り組みが求められているからだ。まずは切り取られたマスコミの煽り記事に惑わされず、近視眼的にならないように注意することが重要だ。さらにこれからはそれぞれの立場で「未来の豊かな暮らし」を個人個人が考えていく必要がある。そしてその思考が未来の豊かさや自由へと繋がっていくのではないだろうか。

神尾 成/Sei Kamio

2008年からaheadの、ほぼ全ての記事を企画している。2017年に編集長を退いたが、昨年より編集長に復帰。朝日新聞社のプレスライダー(IEC所属)、バイク用品店ライコランドの開発室主任、神戸ユニコーンのカスタムバイクの企画開発などに携わってきた二輪派。1964年生まれ59歳。

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