流行を小バカにして拒絶することは簡単なことだ。
これまでやってきたことにしがみ付いていれば、それ相応の格好が付くし、新しいことを学ぶ努力をしなくて済む。さらに若い人にマウントを取ることだってできるだろう。
しかし「OVER50」となった今、それは単に頑固者になっただけでしかない。
これからは、時代の変化や自分の中にある負けを認めて本当に強くなる必要がある。
「クルマ好きを誰ひとり置いていきたくない」
TOYOTA GAZOO Racing(TGR)が『東京オートサロン2023』で開いたプレスコンファレンスでの、豊田章男・トヨタ自動車社長(4月1日付けで会長に就任)の発言である。’21年には水素エンジンを搭載したGRカローラをスーパー耐久シリーズに投入するにあたり、自工会会長(会長就任に合わせ辞意を表明)として行った発言を繰り返した。いわく、「カーボンニュートラルの選択肢を増やしてほしい」と。「すべてのクルマがBEV(電気自動車)になったら、日本では100万人の雇用が失われる」とも発言している。
エンジン車からBEVに入れ替える、あるいはBEVを増やすことだけがカーボンニュートラル実現の手段ではない。章男氏の発言はエンジンを残す手もあるだろうという訴えなのだ。再生可能エネルギーで製造した水素(グリーン水素)をエンジンの燃料として使用すれば、燃料の製造段階でも、走行時も、温室効果ガスの主成分である二酸化炭素(CO2)は排出しない。グリーン水素を使う選択肢があるじゃないか。これもカーボンニュートラルを実現する立派な手段だと、トヨタは世界に向けて発信したのだった。水素エンジンの技術をモータースポーツの場で鍛えるのが、水素エンジン化したGRカローラをスーパー耐久シリーズに投入した理由である。
その水素カローラは、先に市販されたGRヤリス向けに開発された1.6ℓ直列3気筒直噴ターボエンジンを水素エンジン化し搭載する。この動きを見て我々が想像するのは、現行車または今後発売される新型車のエンジンが水素に対応するだろうということだった。
ところが、そうではなかったのだ。豊田章男社長も、章男社長からバトンを受けた佐藤恒治新社長も現行車や新型車を水素エンジン化するだけで十分だとは考えていなかった。昔から大事に乗り続けているクルマにもカーボンニュートラルの道はあるんだと提案したのである。
クルマ好きが憂慮する「BEVシフト一辺倒の未来」
上記はトヨタイムズ連載 初代クラウン・レストア・プロジェクトを追え「第4回 カーボンニュートラル時代を見据えたボデーレストアに挑戦」より抜粋(https://toyotatimes.jp/series/crown_restoration/004.html)。
そのメッセージを伝えるべく選んだサンプルはAE86だった。TGRはAE86が積む4A-GEU型の1.6ℓ直列4気筒自然吸気ガソリンエンジンを水素エンジン化した『AE86 H2 Concept』(スプリンター・トレノ)をオートサロンに出展した。開発を担当した高橋智也氏(現GRカンパニープレジデント)は、“ハチロク”をベース車に選んだ理由を次のように説明する。
「(トヨタは)新型車に関してはカーボンニュートラルの選択肢を拡げているところです。でも、愛車に長く乗っていただいている方に、『カーボンニュートラルだから乗り換えてください』とは言えません。僕らには商品を送り出した立場として、最後まで誰ひとり置いていかない責任がある。そこで、日本を代表する“愛車”としてAE86を選びました」
トヨタの言う保有車、つまり、いま現在、街なかを走り回っているクルマにもカーボンニュートラルに向かう道は開けていることを、ハチロクを水素エンジン化することによって示したというわけだ。「買い換える必要はないんですよ。これまで通り大事に乗ってください」というメッセージでもある。
ハチロクのオーナーは“ヨンエージー”のエンジンに強いこだわりを持っている人が多い。そのことを熟知している開発陣は愛あるオーナーの気持ちを汲み取り、必要最低限の変更で水素エンジン化するべく開発に取り組んだ。エンジン本体における変更部位は、水素を噴射するインジェクターまわりだけだ。常温では気体である水素の性質上、直噴にしたり、過給機を追加したりしたほうが出力は出しやすいが、それをすれば改造費がかさむので、あえて見送ったという。専用の高圧水素タンクを開発せず、燃料電池車「ミライ」のタンクを流用したのも、コストを抑えるためだ。
「大手術をしてカーボンニュートラルにしたって、保有車のオーナーはうれしくないでしょう。極力元の状態を残すのが僕らのこだわりです。『みなさん、一緒にどうですか』というやり方で水素の仲間を増やしたいんです」
AE86 H2 Conceptのような思いやりのあるカーボンニュートラルの提案ができるのは、AE86を含む保有車のオーナーを、作り手側が自分たちの仲間だと思っているからだ。その気持ちがうれしいではないか。
Kota Sera