岡崎五朗のクルマでいきたい vol.138 EVでトクをするのは誰か

文・岡崎五朗

 10月26日の施政方針演説で菅総理が表明した2050年のカーボンニュートラル宣言。続いて毎日新聞とNHKが報道した2030年代後半のガソリン車販売禁止。

 この2つを受け世間は大騒ぎになった。あと15年ちょっとで全部EVになってしまうのかと。いやいや、そんなことはない。ガソリン車というのはガソリンエンジンだけを動力にするクルマのことであり、ハイブリッドは禁止対象から外れている。そもそも日本のハイブリッド販売比率は直近ですでに4割を超えているし、軽自動車にしてもマイルドハイブリッドであれば価格アップは最小限に抑えられるから、ユーザーに対する影響はそれほど大きくない。

 問題は、この騒ぎに乗じて「ハイブリッド許容なんて生ぬるい。全部EVにするべきだ」という声が出てきていることだ。一部のEV好きが言ってるだけなら単なるノイズとして片付ければいいが、こともあろうに与党政治家の間でも急進的EV推進論が高まっている。彼らはEV以外を禁止にする権力をもっているだけにタチが悪い。

 EVの最大の問題は価格だ。どの程度のサイズのバッテリーを積むかにもよるが、車両価格は平均でざっと150万円は上がる。一戸建て以外では夜間充電ができない。急速充電も時間がかかる。さらには火力発電の割合が多い日本では生産から廃棄までのトータル二酸化炭素排出量は決して少なくない。リッター15km走るガソリン車と比較して10万km以上走ってほぼ同等といったところだろう。ガソリン代より電気代の方が安いという意見もあるが、ガソリン税に含まれる道路や橋といったインフラの整備代はいずれ走行税という形でEVにもかかってくるはずだ。

 そんなある意味で未熟な商品を強引に普及させて誰がトクするのか? 僕の疑問はそこだ。ユーザーの出費は増える。メーカーは儲からない。二酸化炭素も思ったほど減らない。トクをするとしたらハイブリッド開発に失敗した海外勢と環境関連投資をしている人たちぐらいだろう。つまりEVは環境問題ではなく環境利権問題なのだ。そんな罠に自らはまりにいこうとしている政府の動きを、われわれ有権者は厳しく見ていく必要がある。


LEXUS IS
レクサス・IS

ビッグマイチェンならではの熟成

 レクサスISが登場したのは2013年。デビューから7年といえばフルモデルチェンジを迎えてもおかしくないタイミングだ。しかし開発陣が選んだのはビッグマイナーチェンジという手法。プラットフォームと呼ばれる基本骨格やサスペンション、パワートレーン、インテリアはキャリーオーバーしつつ、ボディ外板を100%リフレッシュした。

 これだけ聞くと「なんだガワだけ変えてあとはそのままか」と思うだろうが、乗って感じたのは驚くほどの別モノ感。それこそ、走りはじめた瞬間にわかるぐらいの違いだ。現行ISオーナーが試乗したら激しい嫉妬を覚えるだろう。

 いったいどんな改良を加えたのか聞くと出てくるわ出てくるわ。スポット溶接点と構造用接着剤の使用範囲を増やしボディ剛性を向上。サイドフレームもロの字断面から日の字断面にした。サスペンション系ではアーム類を軽くて剛性の高い鍛造アルミ製とした他、ダンパーやバンプストップラバーの特性を見直している。さらに、タイヤ&ホイールの固定を従来のハブナットタイプ(ハブからボルトが突き出ている)からハブボルトタイプ(ハブのネジ穴にボルトで固定する)へと変更することで締結剛性を高めると同時に4輪で合計1kgのバネ下重量を低減したという。

 ワインディングロードに行くと、これら小改良の積み重ねによる進化がさらにはっきりと伝わってきた。ステアリングは切り始めから遅れなく反応し、狙ったラインを見事にトレース。無駄な動きがないため、S字の切り返しやうねりのある路面でも挙動がピタリと安定し、目線は動かず、タイヤは路面を捉えて離さない。意のままに操れる楽しさと安心感が格段に向上している。基本設計の一新もクルマを進化させる方法だが、テストドライバーが走り込み、調整を加え、さらに走り込むという「熟成」もまた重要なのだということを新型ISは雄弁に物語っている。

レクサス・IS

車両本体価格:4,800,000円~(税込)
*諸元値はIS300h
全長×全幅×全高(mm):4,710×1,840×1,435~1,440
エンジン:直列4気筒+ハイブリッドシステム
総排気量:2,493cc 車両重量:1,690~1,780kg
【エンジン】最高出力:131kW(178ps)/6,000rpm
最大トルク:221Nm(22.5kgm)/4,200~4,800rpm
【モーター】最高出力:105kW(143ps)
最大トルク:300Nm(30.6kgm)
燃費:16.2~18.0km/ℓ(WLTCモード)
駆動形式:後輪駆動、4輪駆動

MITSUBISHI ECLIPSE CROSS PHEV
三菱・エクリプス クロスPHEV

ミツビシの魂を感じるPHEV

 ランサー・エボリューションとパジェロという、自らのDNAを深く刻み込んだモデルをカタログから落とし、デリカD:5はアウトドアの香りが薄まり、販売台数の多い軽自動車群の音頭をとるのは、いまや日産。ミツビシはかなり苦しい状況に陥っている。そんななか、グローバルで競争力を保ち続けているのがアウトランダーPHEVだ。流行のSUVというのも理由のひとつだが、キラーコンテンツになったのはPHEV(プラグインハイブリッド)システム。欧州CAFE(企業平均燃費規制)をクリアするべく最近は多くのメーカーがPHEVを投入しているが、アウトランダーPHEVがデビューした2012年当時マトモなPHEVはアウトランダー以外に存在しなかった。

 そして、エクリプス クロスにもついにPHEVモデルが加わった。アウトランダーよりひと回りコンパクトなモデルとはいえ、同じプラットフォーム(ホイールベースも同じ)を使っているだけにPHEVがいままでなかったの不思議なぐらいだが、ミツビシはこのクルマをアウトランダーより安価でスポーティーなモデルと位置づけていた。それを改め、PHEVという自分たちの強みで勝負していくことを決意したのだろう。

 ミツビシのPHEVの出来映えは相変わらず世界トップレベルだ。EV航続距離は57.3kmと十分。モーター走行時の静粛性は高いし、エンジン始動時に急に煩くなったりもしない。動力性能も必要にして十分プラスαを確保していて、なおかつスムースな加速が心地よい。そしてなにより、状況に応じて前後輪間、左右輪間でトルク配分を変える仕組みが路面を問わずよく走り、よく曲がることに貢献している。このあたりはランエボで培ってきたノウハウを強く感じる部分だ。エクリプス クロスPHEVにはミツビシの魂が残っている。PHEV搭載にあわせ大きくアップデートしたエクステリアデザインも注目だ。

三菱・エクリプス クロスPHEV

車両本体価格:3,848,900円~(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,545×1,805×1,685
エンジン:DOHC16バルブ・4気筒
総排気量:2,359cc 車両重量:1,900~1,920kg
【エンジン】最高出力:94kW(128ps)/4,500rpm
最大トルク:199Nm(20.3kgm)/4,500rpm
【モーター】最高出力(前/後):60kW(82ps)/70kW(95ps)
最大トルク(前/後):137Nm(14.0kgm)/195Nm(19.9kgm)
ハイブリッド燃料消費率:16.4km/ℓ(WLTCモード)
駆動形式:4WD

HONDA N-ONE
ホンダ・N-ONE

軽自動車を超越したクオリティ

 N-ONEがフルモデルチェンジした。とはいえ今回のフルモデルチェンジは異例中の異例で、ボディ外板は旧型のまま変わったのは中身だけ。レクサスISが外側だけ変えてきたのとは正反対だ。「評判がよくて変える必要がなかった」というのがホンダの弁。概ね同意するが、N-BOXやN-WGNと比べると数が出ないジャンルなだけにコストセーブという意味もあったのだろう。その代わり、インテリアは一新され質感も大幅に上がった。オーナーの満足感は間違いなく高まるはずだ。

 ここでN-ONEについておさらいすると、Nシリーズの中でもっとも背が低いモデルとなる。背の高い順に並べると、N-VAN、N-BOX、N-WGN、そしてN-ONEとなる。とはいえN-ONEはスズキのアルトやダイハツのミラ・イースとは少々成り立ちが異なる。安さや軽さを追求するため背高モデルとは異なるプラットフォームで作られているライバルたちに対し、N-ONEのプラットフォームはN-BOXやN-WGNと共通。当然、アルトやミラ・イースほど安くも軽くも作れない。重量にして約200kg重く、値段も2倍近い。そのわりには燃費でそれほどの差を付けられていないのはさすがホンダだが、価格がこれだけ違えばもはやライバルではなく似て非なるものと言うべきだろう。

 乗った印象もそうで、N-ONEのドライブフィールはおそらく軽自動車中ベストの出来映え。より重くて重心の高いボディを支えるキャパをもつプラットフォームはある意味オーバークォリティであり、前述した質感の高いインテリアと相まって軽自動車らしからぬ上質な乗り味を醸しだしている。エンジンは自然吸気とターボを用意しているが、ターボの余裕の大きさには10万円のエキストラコストを払う価値が十分にある。「そんなに飛ばさないから」と思う人もいるだろうが、スポーティーに走るためという意味ではなく、街中のゴー&ストップや高速道路での余裕の大きさがターボのメリットだ。

 スポーツ性を求める人にはRSをオススメする。いい感じに引き締まった足(しなやかさもあり)と小気味よく決まる6速MTを駆使して走るのは最高のエンターテイメントだ。

ホンダ・N-ONE

車両本体価格:1,599,400円~(税込)
*諸元値はRS
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,475×1,545
エンジン:水冷直列3気筒横置 DOHC
総排気量:658cc 車両重量:840~860kg
最高出力:47kW(64ps)/6,000rpm
最大トルク:104Nm(10.6kgm)/2,600rpm
燃料消費率:21.6~21.8km/ℓ(WLTCモード)
駆動形式:FF

RENAULT LUTECIA
ルノー・ルーテシア

コンパクトなのに高クオリティ

 Bセグメントと呼ばれるコンパクト市場で圧倒的なベストセラーカーであるルーテシア。2020年上半期には不動の王者であるVWゴルフを抜いてマーケット全体のベストセラーカーになった。この背景にあるのはユーザーのダウンサイジング指向だ。エンジン排気量のダウンサイジングが一段落したと思ったら、今度は大きいクルマから小さいクルマへと乗り換える動きが活発になっている。そんな流れに巧みに乗ったのが新型ルーテシアだ。なおルーテシアは日本だけで使われているネーミングであり、本名は「クリオ」。ホンダがクリオ店として商標登録している関係で別名を名乗っているが、トヨタは先日「コルサ」の商標を返上した。クリオ店は15年も前になくなっているのだからホンダも意地を張らずそろそろが返上してもいいと思う。

 新型ルーテシアのコンセプトは「ダウンサイザーたちを満足させるクオリティ」。ゴルフが属するCセグメントから乗り換えても都落ち感を与えないためインテリアの樹脂パーツをほぼすべてソフトパッド化。エンジンもかなり贅沢をしていて、3気筒がBセグエンジンの主力になっているなかメルセデスと共同開発した1.3ℓ4気筒ターボを搭載した。CセグメントのAクラスと同じエンジンだ。外観デザインにしても、写真では超キープコンセプトに見えるが、面質が大幅に向上したことにより1クラス上のクルマに見える。プジョー208ほどのビジュアルインパクトはないが、いいモノ感はルーテシアの方が上だし、このぐらい落ち着いたテイストを歓迎する人も多いはずだ。

 乗り味も上質だ。フランス車らしい〝猫足感〟は薄まったが、静粛性、高速直進安定性、コーナリング性能等々、クルマとしての完成度は間違いなく上がっているし、価格も国産Bセグメントのハイブリッドモデルと大差ない。コンパクトなクルマに乗りたい、でも質感には妥協できないという人は要注目だ。

ルノー・ルーテシア

車両本体価格:2,369,000円~(税込)
*諸元値はINTENS Tech Pack
全長×全幅×全高(mm):4,075×1,725×1,470
エンジン:ターボチャージャー付筒内直接噴射 直列4気筒DOHC 16バルブ
総排気量:1,333cc 車両重量:1,200kg
最高出力:96kW(131ps)/5,000rpm
最大トルク:240Nm(24.5kgm)/1,600rpm
燃料消費率:17.0km/ℓ(WLTCモード)
駆動形式:前輪駆動

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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