岡崎五朗のクルマでいきたい vol.134 GRヤリスの壮大な実験

文・岡崎五朗

 GRヤリスはトヨタの田原工場内にある「GRファクトリー」で生産される。田原といえば世界でもっとも生産効率の高い工場として知られる。

 ヘンリー・フォードによって確立されたベルトコンベア式生産方式を究極まで進化させたトヨタ生産方式の聖地と言ってもいい。

 ところがGRファクトリーにはベルトコンベアーがない。多くの工程を受け持つ熟練工が、無人搬送車によって運ばれてくる車体にパーツを組み付ける「セル生産方式」を採用しているためだ。ベルトコンベア式と比べると一人が受け持つ作業範囲が圧倒的に多いのが特徴で、大量生産には向かない反面、少量生産、台数変化、複数車種生産、頻繁な設計変更といったベルトコンベア式が苦手とする要素に柔軟に対応できるのがメリットだ。

 GRファクトリーの特徴は他にもある。大量生産車には望めない組み付け精度の高さだ。まず、組み上がったホワイトボディをレーザーで計測しバラツキを記録。そこに、別途計測済みのパーツのなかからボディのバラツキにマッチしたバラツキのものを選んで組み付けるのだという。結果として完成したクルマの精度管理はグンと跳ね上がる。たとえばいままで±1mmの誤差だったものが±0.5mmになるというイメージだ。

 性能を突き詰めていくと最後にモノをいうのがこうした精度の問題であるのは言うまでもない。ピストンなどエンジンパーツではすでにこうした管理をしているが、ボディ関係では僕の知るかぎり前例はない。もちろん、コストの制約がない超高級車やレーシングカーは同様のことを手作業による合わせ込みでやっているが、普通のクルマでそこまでやるのはコスト的に非現実的。であるならシステムとして精度管理を徹底的に追求しようというのがGRファクトリーの狙いである。

 この方法が画期的なのは、ベルトコンベアで生産する大量生産モデルにも将来的には適用が可能である点。そう、GRヤリスはカーガイ社長の道楽なんかではなく、独自の生産方式を含めたもう1ランク上の「いいクルマ」を生みだすための壮大な実験であり、また先行投資でもあるのだ。


TOYOTA GR YARIS
トヨタ・GRヤリス

想像をはるかに超える実力

 いやはや驚いた。ラリー参戦を強く意識した高性能版ヤリスが登場することは周知の事実だったし、1月の東京オートサロンで実車を見た人も少なくないだろう。しかし、試乗を通して伝わってきたのは、想像をはるかに超える実力の高さだった。2022年からWRC(世界ラリー選手権)はハイブリッドで戦われることになるため、GRヤリスが実戦投入される見込みはない。モータースポーツ直結マシンを求めるユーザーにはちょっと残念な現実だが、ステアリングを握り、走り出せば、そんなことは忘却の彼方へと追いやられてしまうだろう。それほどまでにGRヤリスの走りは「本物」だったのだ。

 まずボディの剛性感がとんでもなく高い。サーキットで強い横Gをかけながら縁石にドーンと乗り上げるようなシーンでもボディはびくともしない。完全な剛体感を保ったまま足だけきれいに動かして接地を保つ。接地性が高ければ旋回力もトラクションも自動的に高まるわけで、4WDシステムと相まってGRヤリスはウェットコンディションのサーキットをとんでもないペースで駈け抜けた。

 エンジンは1.6ℓ3気筒ターボ。ノーマルのヤリスが積む1.5ℓ3気筒がベースと思いきや実は完全なる専用設計であり、272ps/370Nmというパワースペックもさることながらフィーリングが痛快だ。3気筒だけに甲高いサウンドは聴かせてくれないが、声量たっぷりのバリトンはなかなか刺激的。下から太いトルクを生みだしつつ、トップエンドに向かって一気に吹け上がっていく特性も気に入った。僕の知るかぎり世界でもっともエキサイティングな3気筒エンジンだ。3気筒でもスポーツエンジンが立派に成立するというのは新たな発見だった。

 専用といえば、リアサスもヤリスとは別モノで、2ドアボディも専用設計。紛う事なき本物が手に入ると考えれば396万円~という価格は大バーゲンである。*試乗はプロト車

トヨタ・GRヤリス

車両本体価格:3,960,000円~(税込)
*諸元値はRC
全長×全幅×全高(mm):3,995×1,805×1,455
エンジン:直列3気筒インタークーラーターボ
総排気量:1,618cc
車両重量:1,250kg
最高出力:200kW(272ps)
最大トルク:370Nm(37.7kgm)
駆動方式:4WD

DAIHATSU TAFT
ダイハツ・TAFT

ハスラーに個性派ライバル登場

 ダイハツのタフトと聞いて「あのクルマ」を思い出す人は年配の方かかなりのマニアだ。初代タフトは’74年から’84年にかけて生産されていた本格的小型オフローダー。いわば小さなランクルのようなモデルだった。生産中止から36年経って復活を果たしたタフトは、コンセプトをガラリと変え、軽SUVとして一人勝ち状態が続くハスラーに挑む。

 スクエアなフォルム、存在感のあるフロントフード、大径タイヤ、ブラックのフェンダーアーチモールなど、タフトのデザインは全身でタフさと機動性の高さをアピールしている。とはいえここまではSUVデザインの常套手段。特徴的なのは車高の低さだ。1,630mmという全高はハスラーより50mmも低い。これによってサイドウィンドウ形状が横長になり、腰高感を抑えたスポーティーなムードを演出している。もちろん、低いといっても天井に頭がつかえてしまうことはない。大柄な人が座ってもヘッドクリアランスには余裕がある。

 全高を抑える関係で唯一諦めたものがあるとすれば後席のスライド機構だろう。タフトの後席にはハスラーにはついているスライド機構がない。スライド機構をつけるとシート高が20mm程度上がってしまうためだ。まあ、あったらあったで便利なのはたしかだが、無理やりスライド機構をつけ、その分シートクッションを薄くして帳尻合わせをしなかったあたりにはダイハツの良心を感じる。

 もう一点、開発者の強いこだわりを感じたのがスカイルーフトップと呼ばれる大型ガラスルーフを全車に標準装備してきた点。傾斜の少ないAピラーのおかげで前席からでも高く拡がる空を眺めることができる。

 試乗したのはターボ。ダイハツのエンジンは振動特性に優れ、音質も澄んでいるのが特徴。ステアリングの中立点付近にわずかなフリクションを感じる以外は足回りの実力も高い。似ているようで似ていない。ハスラーとはまた違う個性派として人気を獲得しそうだ。

ダイハツ・TAFT

車両本体価格:1,353,000円~(税込)
*諸元値はGターボ/4WD
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,475×1,630
エンジン:水冷直列3気筒12バルブDOHC
インタークーラーターボ横置
総排気量:658cc
車両重量:890kg
最高出力:47kW(64ps)/6,400rpm
最大トルク:100Nm(10.2kgm)/3,600rpm
燃費:19.6㎞/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:4WD

MERCEDES-BENZ GLB
メルセデス・ベンツ・GLB

メルセデス味復活のFF3列SUV

 走りだした瞬間「なんだこの乗り味は!」と思った。まさかGLBでこんな感動を味わえるとは思ってなかった。

 GLBはメルセデスが放つ9番目のSUV。キャラクターを事務的に解説するなら「Aクラスと共通のFF系プラットフォームをベースにつくった3列シートのコンパクトSUV」となる。ほぼ同時にデビューした新型GLAと比べると100mm長く、3列目乗員のヘッドクリアランスを確保すべくルーフラインも直線的だ。3列目は座面に対して床が高いため若干「体育館座り」にはなるものの、子供はもちろん、小柄な男性なら小一時間は無理なく座っていられる。3列乗車状態でのラゲッジスペースは限られるが、シートを畳めばGLAを遙かに凌ぐ広大なラゲッジルームが現れる。

 さて注目のドライブフィールだが、「ゆったりまったりどっしりしなやか」という古典的メルセデス味に仕上がっている。BMWに対抗すべくメルセデスがスポーティーというキーワードを採り入れ始めたのが90年代半ば。それ以降のモデルはクイックなハンドリングと引き換えに古典的メルセデス味を薄めてしまっていた。名車の誉れ高きEクラス(W124)オーナーの多くが「乗り換えるクルマがない」といまだ手放せずにいるのはそのためだし、124オーナーの一人として僕もその気持ちはよくわかる。そんななかでの突然のメルセデス味の復活。しかもそれがFFベースの3列シートSUVで、というのは驚かないわけにはいかない。メルセデスにいったい何が起こったのだろう? と思うと同時に、今後登場する新型への期待が大きく膨らむ。ちなみにメルセデス味の濃さは電子制御式可変ダンパーを採用するGLB250が最高。それ以外のモデルは3割引程度になる。

 使い勝手のいいSUVを探している人だけでなく、最近のメルセデスは…とお嘆きの方にもオススメしたいモデルだ。

メルセデス・ベンツ・GLB

車両本体価格:5,120,000円~(税込)
*諸元値はGLB 250 4MATIC Sports
全長×全幅×全高(mm):4,650×1,845×1,700
エンジン:DOHC直列4気筒ターボチャージャー付
総排気量:1,991cc
最高出力:165kW(224ps)/5,500rpm
最大トルク:350Nm(35.7kgm)/1,800~4,000rpm
駆動方式:4WD

LAND ROVER DEFENDER
ランドローバー・ディフェンダー

生まれ変わった、現代流オフロード4WD

 ディフェンダーといえば知る人ぞ知るオフロード界の名車だ。ディフェンダーという名前がついたのは1990年だが、デビューは1948年。以降、砂漠やジャングルといった険しい環境下での冒険旅行に使われてきた。「砂漠のロールスロイス」との異名をもつレンジローバーも同じランドローバー社の商品だが、共通点は「卓越した悪路走破性」のみ。冒険旅行用に相応しいタフさとシンプルさがディフェンダーの特徴だ。

 そんなディフェンダーが生産中止から5年を経て新世代モデルへと生まれ変わった。あちこちに先代モデルへのオマージュを織り込んでいるものの、内部に隠されたドアヒンジ、LEDを使ったランプ、洗練された面の表情などは最新モデルらしくかなりモダン。なにより中身がラダーフレームからオールアルミニウム製モノコックに変わったのが現代流オフロード4WDであることを象徴している。

 オフロード性能は試せていないが、最低地上高291mm、最大渡河水深900mm、最大積載量900㎏、最大牽引重量3,500㎏、ルーフラックの最大静荷重300㎏といったスペックを見れば並大抵のタフさではないことがわかる。

 エンジンはいまのところ2ℓ直4ターボのみ。この排気量で2トンを悠に超えるボディがまともに走るのだろうかと心配したが、結論から言えばまったく問題なし。上り勾配でもエンジンは軽いハミング音を奏でるのみで、重量級ボディを軽々と走らせる。舗装路はもちろん、砂利道を走っても振動は最小限に抑えた乗り心地も素晴らしい。まるでよくできたラダーフレーム式のようなマイルドさだ。それでいてステアリングは切り始めから遅れなく素直に反応し、下り高速コーナーのようなシビアな場面でも狙ったラインをきれいにトレースしてみせる。これはもうお世辞抜きで素晴らしい実力の持ち主。生産が追いつかないほどの大人気というのも納得だ。

ランドローバー・ディフェンダー

車両本体価格:4,990,000円~(税込)
*諸元値はDEFENDER 90
全長×全幅×全高(mm):4,583×2,008×1,974
エンジン:水冷直列4気筒 DOHC ターボチャージャー
総排気量:1,997cc
車両重量:2,065kg(サンルーフ装着車)
最高出力:221kW(300ps)/5,500rpm
最大トルク:400Nm/1,500~4,000rpm
駆動方式:AWD

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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