岡崎五朗のクルマでいきたい vol.131 楽しいクルマ選びの真髄

文・岡崎五朗

 新型コロナウィルスによる緊急事態宣言によって新車の発表はなく、そもそも試乗もロケもできない日が続いた。

 というわけで今回は過去に僕が所有したクルマの紹介をすることにした。この4台の他にもゴルフは合計3台買ったし、ボルボXC90やステップワゴン、ユーノス・ロードスター、プジョーRCZ、シトロエンC3など、いろいろなクルマを乗り継いできた。

 一貫性がない? その通り。しかし僕は、一貫性をもたないことこそが楽しいクルマ選びの真髄だと思っている。皆さんにはぜひ国産とか輸入車とか新車とか中古とかメーカーとかサイズとか価格とかドアの枚数とか、そういう「縛り」から解放された自由なクルマ選びをして欲しいのだ。たとえばよくありがちなのがメーカー縛り。一度選ぶと、セールスマンとの人間関係ができるのも手伝ってなかなか他のメーカーに移れなくなる。そうなったとき何が起こるか。モデルチェンジの時期が来るとセールスマンのすすめに従って新型車に乗り換える。あるいはステップアップ。いずれにしてもかなり狭い選択肢だ。いつかはクラウンという有名なキャッチコピーが示していたのがまさにそれで、カローラに始まりマークⅡを経てクラウンに乗ってアガリ。実はこれ、自分で選んでいるように思えて、メーカーの販売戦略にまんまと乗っかっているだけである。

 人間はある程度年齢を重ねると失敗を怖れ冒険をしなくなる。行くレストランも着る服も付き合う友人も旅行先も限定しがちだ。それはそれで「自分のスタイルの確立」という素晴らしいことではあるのだが、行きすぎると自らの自由を制限することになってしまう。それってつまらないことだと思う。そこで、無意識のうちに自分に当てはめていた縛りを外してみる。すると目の前にはいままで見たことのない景色が拡がっているはずだ。クラウンからハスラーに乗り換えるのもアリだし、ポルシェからアバルト595に乗り換えるのだってアリ。値段や性能やジャンルに囚われず、純粋にそのクルマがもたらしてくれそうなライフスタイルを思い描いてみる。それがもし、自分のありたい姿と重なるならビンゴ! 貴方に相応しいクルマの発見だ。


HONDA BALLADE SPORTS CR-X1.5i
ホンダ・バラードスポーツCR-X1.5i(’83年式)

高3の夏に買った初めてのクルマ

 18歳になったらクルマを買うんだ、と小学生の頃からせっせと貯めていた資金をもとに中古を購入。高校3年生の夏だった。CR80R&MTX200Rのバイクオーナーとしてホンダにシンパシーをもっていたこと、コンパクトで値頃感があってスポーティーだったこと、なにより都会的でデートにも使えそうだったことが選択のポイントだった。ちょうど同じ時期にトヨタからはハチロクことレビン/トレノが登場したけれど、モトクロスで散々ぱら後輪駆動を乗り倒していたこともあってクルマにFRは求めていなかったし、なんかちょっと垢抜けない感じが好きになれなかった。いまの若い人が聞いたらえっ? と言うかもしれないけれど、80年代のホンダは明らかにトヨタより若々しくてスポーティーで都会的なブランドだったのだ。

 大学入学後にワンダーシビックに乗り換えることになるのだが、自分と彼女だけ乗れればいいやと考えていた当時は2+2でもたいして不満はなかった。CR-Xの後席は酷い狭さで、体をダンゴムシのように丸めなければ収まらない。ホンダは「1マイルシート」と呼んでいたけれど、実際はも参る「ワンマイルシート」と呼ばれてたっけ。それでも乗せて欲しいという奴はいたが、一度乗せると次は電車で帰っていった。なるほど、狭いクルマは友人の送り迎えをせずに済むんだなというのは、後にユーノス・ロードスター購入の後押しにもなった気づきである。

 とはいえCR-Xのいちばんの魅力は走りの楽しさだった。パワーは110psしかなかったけれど、現代のクルマでは考えられない800㎏という超軽量と2,200㎜という超ショートホイールベースを武器に街中をミズスマシのように駈け抜けた。山に行ってもハチロクに乗っている友人に負けることはなかった。FFだってスポーツできる、軽量コンパクトが好き、クルマはカッコよくなくちゃ…そんな嗜好はいまも変わってない。

ホンダ・バラードスポーツCR-X1.5i(’83年式)

車両本体価格:1,380,000円
全長×全幅×全高(mm):3,675×1,625×1,290
エンジン:水冷直4横置OHC
総排気量:1,488cc
最高出力:110ps/5,800rpm
最大トルク:13.8kgm/4,500rpm
*価格やスペックは当時のカタログ情報を元に作成しています。

PORSCHE 911 Carrera
ポルシェ・911カレラ(’05年式)

日常性を持つ生粋のスポーツカー

 人生初のポルシェを手に入れたのは40歳になったとき。周囲には「頑張ってきた自分へのご褒美」とかうそぶいていたけれど、実際のところは衝動買いである。

 もちろん、911には常に憧れを抱き続けてきた。いつかは買いたいとも思い続けてきた。とはいえ、中古であっても価格が価格だけにそうやすやすと手を出せるクルマじゃない。人間、大きな一歩を踏み出すにはそれなりの動機付けが必要だ。僕の場合、それはカタチにビビッ!ときたから。あれは忘れもしない8月の夕暮れ。打ち合わせを終え、丸の内のオフィス街を歩いていると、斜め前方から夕陽を浴びているタイプ997に目を奪われた。

 僕らモータージャーナリストはある意味冷徹な評価者に徹して原稿を書くのが仕事だ。けれど、いざ身銭を切るとなると冷徹ではいられなくなる。いくら性能が高くても心に響かなければ買う気にはなれないものだし、買うべきでもないと思っている。その点、997を見て僕は心の底からカッコいいと思った。かくして997オーナーになったわけだが、納車の日、ガレージから離れる気になれず、ワックスを掛けてはにやけ、運転席に座ってはにやけていたっけ。

 それからほぼ毎日のように997に乗った。買ったのは直噴化される前の前期モデル、左ハンドルのMTだったが、そのストレスフリーぶりは想像以上だった。乗り心地はいいしエンジンも柔軟性に富んでいるし見きりのよさやサイズ感、荷物の収納力も上々。加えてアクセルを深く踏み込めんだときのクォォォーンという痛快な咆哮や、制動自体が快感という、他では決して味わえないブレーキも素晴らしかった。3年で4万キロほど乗ったが、トラブルらしいトラブルもなく、懐を痛めたのはタイヤ代とオイル代程度。生粋のスポーツカーでありながら、優れた日常性をもつのが911の魅力だとよく言われるが、その評判に嘘偽りは100%ない。

ポルシェ・911カレラ(’05年式)

車両本体価格:10,820,000円
全長×全幅×全高(mm):4,425×1,810×1,310
エンジン:水平対向6気筒24バルブ
総排気量:3,595cc
車両重量:1,440kg
最高出力:239kW(325ps)/6,800rpm
最大トルク:370Nm(37.7kgm)/4,250rpm
*価格やスペックは当時のカタログ情報を元に作成しています。

MERCEDES-BENZ 300E
メルセデス・ベンツ・300E(’90年式)

30年を経ても異彩を放つ

 昨年手に入れたのがメルセデス・ベンツ300E。W124という型式名で知られる30年前に生産されたこのメルセデスは、一部のファンから「最後のメルセデス」と呼ばれ、いまでも中古車市場で高い人気を誇っている。

 なぜ最後のメルセデスなのか。この部分を丁寧に説明していくといくら文字数があっても足りないのだが、思い切りシンプルにいうならコストとマーケティングを考慮しないでつくられた最後のメルセデスという意味だ。このモデル以降のメルセデスは、ライバルであるBMWを意識してスポーティーな味付けを施したり、レクサスを意識してコスト削減に取り組んだりするなど、次第に普通(といっても程度問題ではあるけれど)のクルマになっていった。

 30年前といえば僕がちょうどモータージャーナリストとして活動を始めた頃。当時最若手だった僕にメルセデスの試乗の仕事は回ってくることはなく、実はいままでちょい乗り以外はしたことがなかった。そんななかひょんなことからじっくり乗る機会を得て目から鱗が落ちた。なかでも低速域ではしなやかにゆったりと動き、速度を上げていくにしたがってフラットになっていく魔法のような足は大きな衝撃だった。可変ダンパーも電子制御も入っていない単なるスプリングとダンパーだけのシステムでこれほどの乗り味と安定感を出せるとは…この30年間の自動車開発とはいったい何だったんだろうとも思わずにいられなかった。他にも、ヤシの繊維と馬の毛を使った疲れ知らずのシートや、セダンとして圧倒的に正しいパッケージングも、30年の歳月を経たいまなお異彩を放つ。

 安全装備といえばABS程度しか付いていないし、燃費も決して高速中心でせいぜい10km/ℓ程度だし、動力性能も必要にして十分の域は出ない。けれど、圧倒的な疲れにくさに加え、作り手の明確な意志を感じ取りながら走らせるのはものすごく楽しい。

メルセデス・ベンツ・300E(’90年式)

車両本体価格:7,150,000円
全長×全幅×全高(mm):4,740×1,740×1,445
エンジン:直列6気筒SOHC
総排気量:2,960cc
車両重量:1,470kg
最高出力:185ps/5,700rpm
最大トルク:26.5kgm/4,400rpm
*価格やスペックは当時のカタログ情報を元に作成しています。

FIAT PANDA CLX
フィアット・パンダCLX

パンダが教えてくれたこと

 出会いは偶然だった。父親が購入したアルファロメオ155の引き取りにディーラーに同行したところ、置いてあったパンダに一目惚れ。ブリキのおもちゃのような外観も素敵だったが、チェック柄のファブリックを使ったハンモック形状の小物入れが素敵すぎて、思わずその場で契約書にサインした。新車の衝動買いなんてこの先きっとないだろう。

 イタリアで「素晴らしい箱」と呼ばれる初代パンダは、僕が天才と崇めるジョルジェット・ジウジアーロの作品。虚飾を徹底的に排したボクシーなスタイルでありながら、単なる無機質な箱で終わっていないのがすごいところ。スタイルの基本となるプロポーションがきわめて健康的だから小細工をしなくてもカッコいい。そのあたりは同じジウジアーロ作品である初代ゴルフと共通しているが、どこか愛嬌を感じるのはイタリアというお国柄のせいだろうか。

 ヤングクラシックブームもあって最近は気軽に買えない値段になってしまっているが、できればもう一度乗りたいなと思っている。というのも、デザインだけじゃなく、走らせると抜群に気持ちがいいからだ。出力は50psちょっとしかないが、800㎏という軽量と、実用域の豊かなトルクのおかげでアクセル操作に対するツキが抜群にいい。この感覚はCVTだと味わえないので、どうせなら5速MTを強くオススメする。タコメーターはないが、ある一定以上回すとエンジンが苦しげな音に変わるのでそこがシフトポイント。コクリと気持ちよく決まるシフトを操作すると再び元気な加速が始まる。ストロークのたっぷりしたソフトなサスペンションを目一杯使って大きくロールしながらカーブを曲がるのもめちゃめちゃ楽しかった。

 パンダが教えてくれたこと。それは、走りの楽しさはパワーや締め上げたサスペンションじゃないということ。それは僕の評論活動にとって大きな宝になっている。

フィアット・パンダCLX

*諸元値は、’93年モデル・4×4CLX
車両本体価格:1,795,000円
全長×全幅×全高(mm):3,405×1,510×1,485
エンジン:水冷直列4気筒SOHC
総排気量:1,108cc
車両重量:800kg
最高出力:45ps/5,250rpm
最大トルク:7.5kgm/3,250rpm
*価格やスペックは当時のカタログ情報を元に作成しています。

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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