ある事柄について極めて詳しいという意味を持つツウという言葉は、クマやバイクの世界においては、いささか厄介である。
世間で価値が高いと評されるクルマやバイクに乗っていても、それだけではツウとは言えないし、ブランドや数字で計れる〝間違いのないもの〟は、決してツウにはならないのだ。
クルマやバイクのツウとは、時代や年齢、その人の個性や背景などが複雑に絡み合って生まれてくるもの。
周りに惑わされない、ある意味で勇気を持った行動がクルマやバイクのツウに繋がっていく。
ツウといえばカーである
ツウといえばカーである。……っつうことだよ、といわれたときに、そうカー! と唸る相手がいなければ、「ツウのクルマ選び」は成立しない。わかってもらうには、あ・うんの呼吸が必要である。そのためには、少なくとも同じクルマ文化共同体にいなくてはならない。
ほう。それぢゃ、あなたは他人の目を意識してクルマ選びをしているのですか?
もちろん、そうである。私たち人間は集団生活を営む動物であり、現代は国境を超えたグローバル社会で、SNSで世界中のだれとでもつながっている。と、抽象的なことを書いていても退屈でしょうから(本人もよくわかっていないし)、「ツウのクルマ選び」の具体例をここからは考えてみたい。
「ツウのクルマ選び」で、すぐに思い浮かぶのは、「カーグラフィック」創刊編集長の小林彰太郎さんである。たぶん2011年か、その前後の東京モーターショーの会場だったと思う。どこか別の、なにかの新車発表会だったかもしれない。ともかく筆者はひさびさにお目にかかった小林さんと立ち話する機会に恵まれ、「最近なにかおもしろいクルマはありますか?」とたずねた。すると小林さんは、「ランチア・ラムダが1台あれば、ほかにクルマはいらない」という意味のことをおっしゃった。私が懐疑的な顔をしていたのか、あるいは「ホントですか」と直接言ったのかもしれない。そこのところは覚えていないけれど、小林さんはまじめにこうおっしゃった。「ほんとうだぞ」
小林さんは大のクラシック・カーの愛好家で、ランチア・ラムダもお持ちだった。とはいえ、である。いくらランチア・ラムダが世界初のモノコック・ボディと独立式のサスペンションを持つ革新的なクルマだったとしても、戦前のクルマだ。いや、戦前ならずとも、1970年代以前のクラシック・カーとなると、どうしたって趣味の世界になる。つまり、筆者はそのクルマ文化共同体に住んでいないわけである。そういう共同体があることはわかっていても……。
もちろん、そのクラシック・カー共同体のなかにも「ツウのクルマ選び」とそうでないクルマ選びがあるはずだ。ブガッティ、ベントレー、アルファ・ロメオ、メルセデス・ベンツ……。そのなかから、私にはちょっとシブいと思われるランチアを選ばれた。そこがじつになんとも、ツウなのだろう。
「クルマ選び」といえば、『間違いだらけのクルマ選び』の徳大寺有恒さんである。イギリス車好きの徳大寺さんは、1990年代の一時期、ヴィカレッジがレストアしたジャガー・マーク2をふだんの足に使っておられた。クラシック・カーの魅力とはなんだ? 徳大寺さんはそのことについて考え、そして、それはカッコに尽きるだろ、という結論にいたった。オリジナルにはこだわらず、普段使いすることのカッコよさを選ばれたのだ。「あのクルマ(マーク2)についてたずねられると、レプリカなんですよ、と答えることにしているんだ」と笑っておられたのだった。
所ジョージさんの世田谷ベースに、数年前、一度だけ取材でうかがったことがある。跳ね馬ならぬ、寝ている馬のバッヂに付け替えたフェラーリ612スカリエッティだとか、S54Bスカイラインだとかが置いてあって、スカリエッティのバッヂは削り出しで、フェラーリの本物の跳ね馬のバッヂよりも高いんだ、と自慢しておられた。
S54Bはつくるのにメチャクチャ苦労したそうだ。というのも、プリンス技術陣の誇る2リッターの直6エンジンとギアボックスをそっくり取り外し、「たとえばR32GT-Rの直6を載せるんだったらまだ簡単なんですけど、あたしはあのカタチが好きなだけで、日産のファンじゃないから、トヨタの直6とオートマチックに載せ替えたんですよ。サイズが合わないから、それがたいへんだった」と所さんは語っておられたと記憶する。
これを「ツウのクルマ選び」といってよいのか? クルマの歴史、文化に対する冒涜ではないか。いや、所さんがやっておられるのは芸術活動なのだ。あえて常識に反することをやってみせて、社会に波紋を起こし、現状を疑わせる。でもって笑い飛ばす。
以上3つの例は、筆者が思いついた順に書いただけで、特に共通点があるわけではない。あ、古いクルマを選ぶ、ということはあるかもしれない。とはいえ、「ツウのクルマ選び」なんてものがあるとしたら、私はこう申し上げたい。それには「クルマのツウ」になることである。ツウといえばカー、といえるぐらいに。
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