岡崎五朗のクルマでいきたい vol.123 日産のバッジ

文・岡崎五朗

 2013年にデビューした現行スカイラインがビッグマイナーチェンジを受けた。プロパイロット2.0=ハンズオフを中心としたモノとしての実力は次ページに書くが、加えてこのコラムでも扱おうと思ったのには理由がある。

 現行スカイラインほど、いい意味でも悪い意味でもいまの日産を象徴しているクルマはなく、そのマイナーチェンジは今後の日産を占う意味で大いに注目に値するからだ。

 現行スカイラインが登場したとき、そのボディに日産のバッジは付いていなかった。同型車が海外ではインフィニティQ50として販売されていることから、移籍してきた外国人役員の一人が「日産バッジを外してインフィニティバッジを付けろ」と要求。あろうことか他の経営陣もそれを承認してしまったためだ。その結果、スカイラインは「日産が開発、製造、販売する日産車ではないクルマ」という中途半端な立ち位置に追い込まれた。まあ国内にインフィニティチャネルがあるなら話はわかるが、それもないわけだからまったくもって馬鹿げた施策である。

 その他、DATSUNブランドを途上国向けの廉価ブランドに貶めたのも、マーチを単なる安グルマにしてしまったのも、世界初の画期的な可変圧縮比エンジンを国内投入しないのも、日本で販売する車種を極端に絞りかつモデルチェンジすらしなかったのも、根っこにあるものは同じ。日産愛の欠如と、日産が日本の企業であるという自覚の欠如だ。海外からやってきた経営者たちは、日産自動車というアセットを使い、利益を生みだし、莫大な報酬を得た。それらの全部が全部悪かったと言うつもりはない。しかし結果、日本市場に何が残ったのかといえば、お買い得感でしか勝負のできないクルマたちだけ。将来投資削減という近視眼的経営のツケは海外でも露呈しはじめ、日産の経営状態は急速に悪化している。

 もちろん、多くの日産社員も同じ想いだが、外国人マネージメント層の決定に誰も反対できないのが当時の日産だった。ゴーン氏(と西川氏)が去ったあと、日産はどんな成長戦略を描くつもりなのか。その試金石となるのが、再び日産バッジを付けて登場したスカイラインなのである。


NISSAN SKYLINE
日産・スカイライン

手放し運転とハードとしての魅力

 国内販売開始から5年。とにかくコストダウン、とにかく投資抑制という旧経営陣の方針もあって目立った商品改良を受けてこなかったスカイラインだが、今回ようやく初の大規模アップデートを受けた。目玉となるのは「プロパイロット2‌.‌0」と名付けられた最先端の運転支援システムだ。細かく説明しようとしたら何ページあっても足りないのだが、誤解を怖れず思い切り簡単に言うと「手放し運転が可能なシステム」となる。

 他車の同様のシステムを含め、従来のプロパイロットは車間距離と車線維持をしてくれる一方、ステアリングには手を添えておく必要があった。仮にステアリングから一定時間手を離すとアラームの後にシステムオフとなるのが仕様であり、国が定めた決まりでもあった。その点、プロパイロット2‌.‌0は「高速道路上」の「ナビ設定済みルート走行中」という2点を満たせば手放し=ハンズオフができる。BMW3シリーズにもハンズオフ機能が搭載されているが、あちらは時速60キロ以下限定。それに対しスカイラインは制限速度プラス10キロまでOKだ。

 実際に試してみたが、完成度は想像以上。高精細地図とバイワイヤー式ステアリングを使った緻密な制御をしているためカーブでも車線トレース性能がべらぼうに高く、それが安心感に繋がっている。もちろん運用は「レベル2」だから、手は離してもいいが目を離すのは御法度。ダッシュボード上のカメラでドライバーの様子はちゃんと見張られている。こうしたバックアップ体制を含め、この技術は間違いなく現状世界の最先端である。

 もう一点、驚いたのが、フットワークやパワートレーンのマナーといったクルマとしての魅力にも古さを感じなかったこと。ハードウェアとしての総合力はドイツ勢にはわずかに及ばず、けれどレクサスISには勝っている、と言っていい。このあたりは日産のもつ底力を感じる部分だ。

日産・スカイライン

車両本体価格:4,353,800円~(税込)
*諸元値はGT Type SP(V6 TURBO)
全長×全幅×全高(mm):4,810×1,820×1,440
エンジン:DOHC・筒内直接燃料噴射V型6気筒
総排気量:2,997cc 乗車定員:5名
車両重量:1,730kg
最高出力:224kW(304ps)/6,400rpm
最大トルク:400Nm(40.8kgm)/1,600~5,200rpm
燃費:10.0km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:後輪駆動

HONDA N-WGN
ホンダ・N-WGN

“ちょうどよい”の絶妙なさじ加減

 大ベストセラーのN-BOXがひたすら広さを追いかけているのに対し、N-WGNがアピールするのはシンプルさだ。とくに豪華なわけではなく、驚くほど広いわけでもなく、でも足りないわけでもない。「そうそう、これが僕(私)にはちょうどいいんだ!」と思ってくれる人たちに向けてつくられたちょっとお洒落な軽自動車、というのがこいつのキャラクターである。

 実際、N-WGNに尖った部分はなにひとつない。インテリアの質感はデイズ&ekが一枚上手だし、室内の広さではN-BOXやタントに及ばない。かといってジムニーやハスラーのようなキャラ立ちをしているわけでもない。そう、フツーなのだ。しかし、フツーでありながら退屈さとか安普請さを感じさせないのがN-WGNの非凡なところ。たとえばエクステリアデザイン。一見単純に見えるけれど、よくよく見ていくとボディサイドの局面はきわめて高度に練り込まれているし、リアピラーやバックドアの角度も絶妙。軽サイズでよくもここまで情感的な面構成を実現したものだなと思う。無駄な線だらけのビジーな現行FITとは対照的な削ぎ落とし方向のデザインに僕は好感しかもたない。

 一方、インテリアはちょっと残念。とくにメーター周りやナビ周りには平成の残り香を感じてしまう。トヨタは新型カローラでついにスマホとの併用を前提としたディスプレイオーディオを採用してきた。価格の安い軽自動車こそ、そうした提案を率先してやるべきだったと思う。

 走りは優秀だ。ノンターボでもそこそこよく走るし、乗り心地や静粛性も優れている。ただし、軽とは思えない上質な乗り味を示す最上級仕様「カスタムLターボ」に乗ってしまうと、他グレードが物足りなくなる。タイヤとダンパーが違うそうだが、N-WGNのコンセプトをもっとも忠実に表現した標準仕様にもぜひあの乗り味を与えて欲しい。

ホンダ・N-WGN

車両本体価格:1,298,000円~(税込)
*諸元値はN-WGN L・Honda SENSING(FF)
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,475×1,675
エンジン:水冷直列3気筒横置DOHC
総排気量:658cc 乗車定員:4名
車両重量:850kg
最高出力:43kW(58ps)/7,300rpm
最大トルク:65Nm(6.6kgm)/4,800rpm
燃費:23.2km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:前輪駆動

MAZDA MAZDA3
マツダ・マツダ3

人気の高まりを予感、4ドアのロードスター

 販売不振が囁かれているマツダ3だが、8月の国内販売台数は約4,000台。ハッチバックという不人気ジャンルとしては決して悪くない数字だ。いやいや、発売直後でその数字はやっぱり少ないよ、と考える人もいるだろう。けれど、立ち上がりの販売台数をもとに未来の販売台数を予測するのはあまりに乱暴な議論だ。「売れていない」と書くのであれば、少なくとも半年間は数字をウォッチする必要があるだろう。加えて、そもそも当のマツダ自身、マツダ3がバカ売れするとは考えていないフシがある。それは「4ドアのロードスターをつくるつもりで企画しました」という開発責任者の言葉からも明らかだ。

 CセグFFハッチバックは、ゴルフを筆頭に数が出るモデルの代表格と捉えられてきた。しかしコンパクトクロスオーバーSUVの台頭によって販売台数は世界的に落ちてきている。そんななか、マツダが狙ったのは数ではなく質での勝負。あえて違和感を与えた技ありのデザインや、クラストップを狙えるところまで引き上げたインテリアの質感など、妥協を許さない作り込みはきちんと評価すべき。数を追うのは多くのパーツを共有するCX-‌30に任せ、マツダ3にはブランドをアピールする役割を与えたとみるのが妥当だろう。そんなクルマに対し、数が売れていないとか、後方視界が悪いとか、そんな批判をするのは、失礼ながら僕にはクルマ音痴が奏でるノイズに聞こえてしまう。そんななか今回日本の公道で初試乗した2ℓガソリンのファストバックは、欧州試乗時同様、高い魅力度を伝えてきてくれた。パワートレーンの凡庸さと、路面によってはタイヤの固さを伝えてくる(欧州では感じなかった)のは今後の課題だが、それでもトータルとしての乗り味の上質さ、ハンドリングの扱いやすさはかなり高いレベルにある。そして何よりデザインの美しさ。街中で見かける機会が増えるにつれ、マツダ3人気は高まっていくというのが僕の予想だ。

マツダ・マツダ3

車両本体価格:2,315,989円~(税込)
*諸元値はFASTBACK 20S L Package(2WD/6EC-AT)
全長×全幅×全高(mm):4,460×1,795×1,440
エンジン:水冷直列4気筒DOHC 16バルブ
総排気量:1,997cc 乗車定員:5名
車両重量:1,360kg
最高出力:115kW(156ps)/6,000rpm
最大トルク:199Nm(20.3kgm)/4,000rpm
燃費:15.6km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:前輪駆動
*12月中旬にSKYACTIV-X搭載グレードを発売予定

DS DS 3 CROSSBACK
DS・DS 3 クロスバック

フランス車が本気でデザインした、小さな高級車

 シトロエンから独立しプレミアムブランドとして歩み始めた DS。DS7クロスバックに続く新生DSの第二弾がDS3クロスバックだ。クロスバックというサブネームはSUVであることを示すが、悪路をガンガン走るキャラではなく、ちょっと車高が高くてタイヤも大きいクロスオーバーSUVというのが正解。駆動方式もFFのみだ。

 シャークフィン状のBピラーを見れば、僕や、本誌若林編集長が思わず買ってしまうほど素敵だったシトロエンDS3の後継モデルであることは明らか。ただしプラットフォームは一新され、ボディサイズはひとまわり大きくなり、エンジンは強化され、トランスミッションは8速になり、価格も上がった。このあたりの贅沢ぶりは「シトロエンDS」と、「DS」の違いを如実に表す部分だ。

 しかし、DS3クロスバックの本当の贅沢さは数字では表現できない部分にある。外観も十分に個性的だが、真の意味で度肝を抜かれるのはドアを開けて室内に乗り込んだとき。めちゃめちゃ小さな液晶メーター、ダイヤモンドパターンのセンターコンソールパネル、ドアに埋め込んだエアコン吹き出し口、それらが生みだす妖艶な雰囲気…これはもう従来のクルマ界の常識とは異なる次元でデザインされているとしか思えない。しかも、これほどの個性を与えながら、悪趣味になるギリギリ手前でとどめているのがすごい。聞くと、担当デザイナーは古今東西の建築様式を知り尽くした人物でもあるという。ファッションでもそうだが、「ハズし」とか「遊び」は基本を押さえていてこそカッコよく見える。どこがどうだからと明確な回答は示せないが、色合い、形状、配置、組み合わせなどに一本通った筋があるからこそ、これだけの個性を消化できているのだと思う。やはりフランス車が本気でプレミアムをやるといいモノをつくる。走りの質も大きくレベルアップした。まさに小さな高級車である。

DS・DS 3 クロスバック

車両本体価格:3,045,000円~(税込)
*諸元値はBe Chic
全長×全幅×全高(mm): 4,120×1,790×1,550
エンジン:ターボチャージャー付直列3気筒DOHC
総排気量:1,199cc 乗車定員:5名
車両重量:1,270kg
最高出力:96kW(130ps)/5,500rpm
最大トルク:230Nm/1,750rpm
燃費:15.9km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:前輪駆動

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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