1949年に創立され、今年70周年を迎えたアバルト。創業者でもありエンジニアでもあったカルロ・アバルトの星座に因んだサソリのエンブレム。
それは長い歴史を経て、“速さ”“強さ”“高性能”の象徴となった。
だが、アバルトに乗る、ということ。それは速さや強さが重要なのではない。己の魂に火を付けられるかどうか。それが大事なのだ。
アバルトに乗れ
アバルト595やアバルト124スパイダーを見ると、なぜ心が躍り、血が騒ぐのか?
それはたとえばアバルト595が、小さなチンクェチェントのボディにハイパワーなターボエンジンを積むなど、さまざまなチューンナップを施して走る姿が、「速くてカッコいいから」だけじゃない。
それは現代に甦ったアバルトが、そのルーツといえる「反骨のDNA」を、再び持ち得たからなのだとボクは思う。だからこそアバルト595の愛らしくも尖った雰囲気に何かを感じ取り、引きつけられるのだ。
そもそもアバルトは、イタリアのフィアットやフランスのシムカといった大衆車用のパワーアップキットやマフラーを売る 〝チューニングメーカー〟として1949年に誕生した。そしてこのキットを組み込んだチューンナップカーたちは商業的にも成功を収め、同時に様々なレースで活躍した。
もしいまフィットやマーチ、そしてアクアがレースに出て、シビック・タイプRやスープラたちを打ち負かしたとしたらどうだ?
そんなこと、あり得ない。しかし60年代のヨーロッパではそんな〝アバルト・マジック〟が、実際に起こったのである。さらにアバルトが作り出すレーシングカーたちは、どれも小さくて愛らしく、さらに美しかった。そして 〝火の玉〟みたいに熱かった。
フィアット600のエンジンを極限までチューンナップし、必要とあらばこれを冷やすオイルクーラーとラジエター用の大型ダクトまで装着した「850TC」や、最終進化形である「1000TCR」。そのルックスはアグリーとも思えるが、しかしその姿は〝情熱〟と受け取られ、ヨーロッパツーリングカー選手権を始めとした国際レースで猛威をふるった。そしてこの闘い方はチンクェチェントをベースとしたモデルでも受け継がれ、元祖「595/695」シリーズの大活躍を生んだのだ。
これだけでは飽き足らずアバルトは、フィアット600をベースにカロッツェリア・ザガート製の美しいアルミボディまで架装し、750GTザガートクーペ以降スポーツカーシリーズへと打って出た。こうしたGTレーシングたちはツーリングカー同様に大暴れし、クラス優勝を飛び越え、時には格上マシンたちをも〝喰った〟。だからこそアバルトはイタリアの伝説となったのだ。そして「ミニ・クーパー」や「ルノー・ゴルディニ」といった後進メーカーの道を切り拓いたのである。
そんなアバルトはレースに傾倒し過ぎた結果、資金難となり’71年にフィアットへ吸収される。そして創始者であるカルロ・アバルトは引退した後、’79年にこの世を去った。
その後、アバルトのレース主力部隊はフィアットのモータースポーツ部門の支柱となり、元祖「アバルト124ラリー」や「アバルト131ラリー」がWRCで活躍。そしてスクアドラ・コルセとしてランチアの活動を支え、「037ラリー」でWRCのタイトルを獲得すると、「デルタHFインテグラーレ」で6連覇を達成する黄金期を迎えた。またサーキットではアルファ・コルセとして155V6 TIをDTMで走らせ、常勝メルセデスやBMW、オペルといったドイツ勢から’93年にタイトルをもぎ取った。
しかし市販車に目を向ければ、いっときのアバルトはフィアットのスポーティモデルを飾る〝バッジ・エンジニアリング〟でしかなかった。かつての火の玉のように燃える、韋駄天の魅力はすっかり消え失せていた。
そんなアバルトが本来の〝走り〟を取り戻し、名実ともに復活を果たしたのは、2005年に登場したグランデ・プントのアバルト仕様からだったとハッキリ覚えている。この頃からアバルトの走りは素晴らしく変わった。
まさにこのとき大不振に陥っていたフィアットはGMから一方的に提携を解消され、その違約金を元に経営陣は奮起をはかったのだ。あのフェラーリを再建したルカ・ディ・モンテゼモロ、アルファ・ロメオのボスとなり残念ながら2018年に逝去したセルジオ・マルキオンネらが、アニエッリ家とともにフィアットを盛り立てたのもこの頃だ。
そして遂にアバルトは本格的に復活した。それも長らく国民に愛されてきたクルマの復刻版、現行チンクェチェントのハイパフォーマンス仕様として。
つまりアバルトは、フィアットにとっても己の心に火を付けるクルマだったのだ。
だからボクたちはアバルトを見ると、心が躍り、なぜか血が騒ぐ。逆境に負けず闘いに挑む姿勢。小さくても前に進む気迫。
それはバイクのレーサーとして2度までも命を落としかけながら、レースへの情熱を失わなかったカルロ・アバルトのスピリットそのものだ。今ボクたちに一番足りないものが、アバルトにはある。だから惹かれるのだ。
「The Magic of Scorpion」の続きは本誌で
アバルトに乗れ 山田弘樹
魂に火を付けろ! 若林葉子