岡崎五朗のクルマでいきたい vol.119 日本発のクルマ文化

文・岡崎五朗

 軽自動車人気が高まるなか、乗り換えるとなるとやっぱり安全性が気になるんだよね、と思っている人は少なくない。

 設計技術の進化によって最新軽自動車の衝突安全性は飛躍的に高まった。自動車事故対策機構によるアセスメントで最高評価の5つ星を獲得するモデルもあるほどだ。とはいえ物理法則に逆らえないのも事実。大きく重いクルマとぶつかったら小さいクルマは負ける。一方、日本ではクルマの大型化(とくに幅)に対する不満の声も多く聞かれる。使用環境によっても変わるが、走るにしろ、停めるにしろ、乗り降りするにしろ、道路や駐車場に適したサイズというものは必ずあるのだからそれも当然だ。

 ここで難しいのは、クルマの大型化が前述した「物理法則による安全の追求」を多分に含んでいるということだ。あまり知られていないが、軽自動車は欧米の厳しい衝突安全基準をクリアできない。それを以て、コンパクトカーを選ぶというのも正しい考え方だ。さらに言うなら、コンパクトカーでもまだ不安だから3ナンバーを選ぶというのも正解。同じ3ナンバーでも大小あるからやっぱり大きい方が安心だよねと考えるのも正解。全部正解である。しかし、その考え方を突き詰めていったら最終的にはダンプカーに乗るしかなくなるわけで、どこかで折り合いを付ける必要がでてくる。折り合いの付け方は国や地域や人によってそれぞれ違うが、軽自動車の存在を許容し、また多くのユーザーが軽自動車を選んでいる日本の価値観は世界に誇れるものだと思っている。

 温暖化防止を目指し燃費規制がますます厳しくなるなか注目されているのが電動化だ。しかしEVを筆頭に電動化は大幅なコストアップを伴う。安全基準でがんじがらめにしてクルマが大きく重くなるのを電動化でカバーするのもひとつの知恵だが、そのしわ寄せは車両価格の高騰という形で結局ユーザーに跳ね返ってくる。そう考えると、小さく軽くシンプルで安くて燃費のいい軽自動車の価値が見えてくる。660ccでは厳しいかもしれないが、たとえば800ccにするなどして規格ごと海外輸出したら、日本発のクルマ文化として案外歓迎されるのではないだろうか。


AUDI A6
アウディ・A6

A8を上回るハンドリング

 アウディA6は、BMW5シリーズやメルセデス・ベンツEクラスをライバルにもつアウディのミドルクラスサルーンだ。ミドルクラスとはいえ全長4,950mm、全幅1,885mmとライバル車のなかで最大となった。これだけのサイズとなれば日本のインフラでは扱いづらさもあるけれど、大きいクルマには大きいクルマならではのよさがあるのも事実。アウディが好き、大きいクルマも好きだけど、A8(全長5,170mm、全幅1,945mm)はさすがに転がしにくいよね、という人にはピタリとはまるのではないか。

 とはいえ、A8を買えるだけの経済力をもっている人にとって「ひとつ下のクラス」を選ぶ、というのはあまり嬉しいことではないはずだ。しかし心配しなくていい。新型A6は、内外装、走り、装備ともにA8に遜色ないレベルに仕上げられている。パネルのチリ合わせやプレスラインの精度、灯火類の仕上げはライバルたちを明らかに凌ぐし、清潔感と精緻感を極限まで追求したインテリアにも唯一無二の魅力がある。デザイン面では、リアフェンダー周りをブリスター状に盛り上げているのが特徴。これは80年代のラリーシーンで大活躍した名車「クーペ・クワトロ」へのオマージュだ。

 セダン、アヴァンともに、エンジンはA8と同じ3ℓ・V6ターボを積む「55TFSIクワトロ」のみ。A7では雑味のある乗り味にガッカリさせられたが、一転してA6は「カッチリしているのに抜群にスムース」というアウディらしい乗り味を実現していた。静粛性と乗り心地はA8がわずかにリードするものの、ハンドリングのスポーツ度はA6のほうが上だ。なかには「バッジの威力」を重視する人もいるだろうが、僕が想像するに、メルセデスオーナーと違ってアウディオーナーには「フラッグシップ以外は眼中にない」と考えている人は少ないのではないか。そう考えるとA6の絶妙な立ち位置が見えてくる。

アウディ・A6

車両本体価格:9,200,000円~(税込)
*諸元値はA6 55 TFSI quattro S line
全長×全幅×全高(mm):4,950×1,885×1,430
エンジン:V型6気筒DOHCインタークーラー付ターボ
総排気量:2,994cc
乗車定員:5名
車両重量:1,880kg
最高出力:250kW(340ps)/5,200~6,400rpm
最大トルク:500Nm(51.0kgm)/1,370~4,500rpm
燃費:12.3km/ℓ(JC08モード)
駆動方式:quattro(4WD)

TOYOTA RAV4
トヨタ・RAV4

海外大ヒットモデルが国内復活

 4代目となる新型RAV4が登場した。3代目はハリアーの国内再投入もあって輸出専用モデルとなっていたが、昨今のSUVブームを受け国内復活を果たした。驚いたのは、日本で販売されていないうちに北米を中心とした海外で大ヒットモデルになっていたということ。年産40万台超という数字は、単一モデルとしてはトヨタ最大だ。抜群にカッコいいわけでもなく、走りが図抜けていたわけでもないにも関わらず40万台も売ってしまうところにトヨタの凄さを感じずにはいられない。

 とはいえ、さすがのトヨタも無難なクルマ作りでは先がないと考え始めたようだ。事実、新型RAV4はかなり攻めたコンセプトをもっている。「街乗りSUV」の先駆者であるにもかかわらず、自ら作り出した路線を見直し、SUV本来の魅力であるタフさを積極的に採り入れてきた。とくに「アドベンチャー」仕様には北米で大人気のピックアップトラック「タコマ」を思わせる顔や、遊び心満点のインテリアを採用。メカニズム面では、簡易タイプ(*)、ハイブリッドと組み合わせるタイプ、前後に加え左右輪間でもトルク配分をする高機能タイプという3つの4WDを用意する。SUV的な乗用車ではなく、乗用車的なSUVへと舵を切ったと言っていいだろう。開発責任者は「これほどSUVが多くなると本来の魅力を求めるユーザーが出てくる。そんな方たちに訴求したかったんです」と語っているが、同感だ。

 パワートレーンは2ℓガソリンと2.5ℓハイブリッドの2種類。2ℓガソリンもなかなか気持ちのいい走りを味わわせてくれるが、ハイブリッドの力強い走りは想像を超えるものだった。ただし前述した「アドベンチャー」グレードは残念ながら2ℓのみの設定。精悍な顔つきや2トーンカラー、専用インテリアなど魅力満載だけにハイブリッドにも用意して欲しいところだ。乗り心地やハンドリングなどシャシー領域も大幅に進化している。

*従来のAWD機能である「ダイナミックトルクコントロール4WD」を指し、エントリーモデルに装備。

トヨタ・RAV4

車両本体価格:2,608,200円~(税込)
*諸元値はAdventure
全長×全幅×全高(mm):4,610×1,865×1,690
エンジン:直列4気筒 総排気量:1,986cc
乗車定員:5名
車両重量:1,630kg
最高出力:126kW(171ps)/6,600rpm
最大トルク:207Nm(21.1kgm)/4,800rpm
燃費:15.2km/ℓ(WLTCモード)
駆動方式:4WD

McLAREN 720S
マクラーレン・720S

イタリアンとは異なる主張

 スーパーカーの定義は人によって様々だ。911ターボやNSXもスーパーカーだと言う人もいれば、いやいやスーパーカーと呼べるのはフェラーリとランボルギーニだけだよと言う人もいる。そんななか、一夜にして誰もがスーパーカーと認めるフェラーリとランボルギーニに並ぶ地位を手に入れたのがマクラーレンだ。市販車販売に本格的に乗り出したのは2011年のMP4-12Cからで、以降、凄まじいスピード感で次々とニューモデルを投入してきた。現在、マクラーレンのカタログには540/570/600からなるスポーツシリーズ、スーパーシリーズと呼ばれる、より高性能な720、超高性能の少量生産シリーズ、そしてラグジュアリー志向のGTがラインアップされている。

 今回試乗したのは720S。マクラーレンの場合、モデル名の数字は最高出力を示す。スポーツシリーズの3.8ℓから4ℓへと排気量を拡大したV8ターボは、7速DCTとの組み合わせにより超軽量カーボンモノコックボディをわずか2.9秒で100km/hまで加速させる。フル加速時の迫力はもう筆舌に尽くしがたいわけだが、鋭いレスポンスや抜けのいいサウンド、フル加速時の車体の優れた安定感など、あらゆる部分において洗練と刺激を驚くべき水準で両立しているのがいい。

 足回りにも同じことが言える。スポーツシリーズより硬めだが、無粋な突き上げはしっかり抑え込まれ、強靱なボディが振動を一瞬にして減衰してしまう。このドライな乗り心地は本当に気持ちがいい。加えて、スーパーカーとしては異例とも言うべき優れた斜め後方視界の恩恵もあり意外にも運転しやすい。もちろん、ポテンシャルを100%発揮するにはサーキットと高度なドライビングスキルが求められるが、最高のドライビングマシンはドライバーオリエンテッドであるべきだというイタリアンスーパーカーとは異なる主張には強い説得力がある。

マクラーレン・720S

車両本体価格:33,383,000円(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,543×1,930×1,196
エンジン:ツインターボ90°V8
総排気量:3,994cc
乗車定員:2名
最高出力:527kW(720ps)/7,250rpm
最大トルク:600Nm(443lbft)/5,000~6,500rpm
最高速度:341km/h
駆動方式:MR

ASTON MARTIN VANTAGE
アストンマーティン・ヴァンテージ

男が男に自慢できるクルマ

 アストンマーティンはフェラーリやマクラーレンに勝るとも劣らない格式をもっているが、そのキャラクターは独特だ。同じイギリス車でもマクラーレンは理詰めで技術オリエンテッドな「マシン」であり、そんなクルマを選ぶオーナーの多くは求道者のように走りに集中する。その点、アストンンはもっと情緒的だ。日用品を工芸品のレベルまで引き上げる職人技をクラフトマンシップと呼ぶが、アストンをアストンたらしめているのはまさにそれ。マシンというよりアートに近い。

 興味深いのは、情緒的なクルマの代表格ともいうべきフェラーリとも方向性がまったく異なることだ。助手席に座った派手めの若い女性とセットで見かけることが多いフェラーリに対し、アストンにはそういう浮ついた感じがない。イギリスには男だけで構成される社交界があるが、そんな伝統をベースに、男が男に自慢するために乗るような雰囲気を漂わせている。そういう意味でもきわめてイギリス的なスポーツカーである。

 上位モデルのDB11やDBSが2+2であるのに対し、ヴァンテージは2シーターとなる。AMGから供給される4ℓV8ターボが放つ野太いサウンドとトルクは豪快な走りを生みだすが、マクラーレンのようにレーシングカー的でもなければ、フェラーリほどの刹那的刺激もない。素晴らしいパフォーマンスを誇りながらも、あくまで知的でエレガントでセクシーなのだ。ジェームス・ボンドはいつもアストンに乗っているわけではないが、多くの人がボンドカーというとアストンを思い浮かべるのは、アストンのキャラクターとジェームズ・ボンドが強く結びついているからだと思う。

 乗り手の理性を一撃でノックアウトしてしまうような刺激性はないが、独特の味わいにハマったらそこから抜け出すのは難しいだろう。わかりやすさが重視される現代において、そんなキャラクターは貴重だ。

アストンマーティン・ヴァンテージ

車両本体価格:19,800,000円~(税込)
全長×全幅×全高(mm):4,465×1,942×1,273(ドアミラー除く)
エンジン:DOHC4.0リッター・ツインターボV8
乗車定員:2名
車両重量:1,530kg
最高出力:375kW(510ps)/6,000rpm
最大トルク:685Nm/2,000~5,000rpm
最高速度:314km/h
加速0~100km/h:3.6秒
駆動方式:後輪

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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