空気が乾きはじめたある日、僕は久しぶりにチェンソーに火を入れ、2ストロークエンジンの天高く突き抜けるような感触を堪能した。
薪ストーブ・ユーザーの中には乾燥した薪を購入している人もいるけれど、僕は自分で薪を作っている。原木をチェンソーで切って斧で割り、1年以上じっくりと乾かす。暖をとるための労働は僕の年間スケジュールに組み込まれたこの上ない楽しみでもある。なにしろレーシングバイクのようなチェンソーを、薪作りという大義名分をもってブン回せることが爽快だ。
元来の舶来モノ好きなので、初めてチェンソーを購入する際もスウェーデンのハスクバーナかドイツのスチールしか頭になかった。ものの本にハスクバーナは気持ちよく回る高回転型で、スチールはトルク型と記されていた。木を切るだけの作業に、エンジンの気持ち良さなど必要だろうか? という疑問を感じつつも「高回転型」という響きに抗うことはできずハスクを選んだ。
現在、都合3機あるハスクの中で最高に気持ちがいいモデルが242XPである。1987年から10年ほどの期間販売されていたこのチェンソーは、15,500回転というチェンソー史上最高のレブリミットを誇る銘機として知られている。その噛み付くようなレスポンスはレーシングエンジンそのもの。というかチェンソーは軸出力がほとんどロスなく刃の回転に転化されるシロモノなので、内燃機好きの心に響くに決まっているわけだが。
20歳そこそこの頃、やはり2ストロークエンジンの虜になっていた時期があった。僕にとって最初で最後のバイク、スズキRG50ガンマである。駅前のバイク屋に転がっていたそれを、何の知識もなく手に入れて普段使いにしていたが、2ストロークエンジンの気持ち良さに目覚めるまでにそれほど時間は掛らず、峠道に通ったりもした。50㏄故に上り坂は忍の一文字だったが、峠の下りでは車体の質量が減りシフトアップを矢継ぎ早に要求してくる快速マシーンに変貌した。
ガンマからスズキ・フロンテ・クーペに乗り換えたのは、2ストロークの気持よさを4輪でも味わいたいと考えたからに他ならない。3気筒、360㏄の2ストロークエンジンはマスが大きくエンジン回転のキレは褒められたものではなかったが、アイドリング付近から力強くリミットまで吹けあがる始終には4ストロークのそれにはないドラマ性が感じられた。
バイクはもとよりあらゆる分野で2ストロークエンジンが減少している昨今である。チェンソーの世界では層状掃気シリンダーや電子制御の導入など様々な新技術が誕生しているが、「気持ち良さ」はスポイルされる一方であり、部品点数が少なく安上がりであることに存在意義の一端があった2ストロークエンジンの本筋からは外れつつあるようにも思う。
とはいえ時代の流れは4ストロークエンジンすら呑み込もうとしているのだから、世の中的には2ストなど何をかいわんやといったところだろう。
スターターロープを4回引くとはじまる過激なオーケストラ。僕はチェンソーの吹け上りの中に、RG50ガンマやフロンテ・クーペと共に過ごした賑やかな季節を思い出しているのかもしれない。
1972年生まれ。自動車趣味誌の編集部に13年属した後、新旧の自動車にスポットを当てるライターとなる。愛車はBMW318ti、MGB、スバル・サンバー等々。森に住まい、畑を耕して薪を割るカントリーライフの実践者でもある。