岡崎五朗のクルマでいきたい vol.95 SUVが上位3台を独占したWCOTY

文・岡崎五朗

 世界23ヵ国、75人のモータージャーナリストが選考委員を務めるワールド・カー・オブ・ザ・イヤー(WCOTY)。13回目となる今年のイヤーカーに輝いたのは、ジャガー初のSUVであるF-PACEだった。

 注目したいのは、アウディQ5とフォルクスワーゲン・ティグワンをあわせ上位3台をSUVが占めたこと。流行のSUVだから高得点を獲得した? そう思う人もいるかもしれない。まあ、75人もいれば選考基準も様々だから、なかにはそんな観点で投票した人もいるだろう。が、2015年はメルセデス・ベンツCクラス、2016年はマツダ・ロードスターが受賞していることからもわかるように、WCOTYはそこまで日和見主義な賞じゃない。むしろ、数年前から本格的な盛り上がりを見せてきたSUV人気を受けメーカーが力を入れて開発→優れたモデルが送り出された→その結果の高評価というのが妥当な解釈だろうし、それが、選考委員として各モデルに試乗し、評価をしている僕の実感でもある。なかでも、デザイン、走り、機能性、所有する悦びなどを高い次元でまとめあげているF-PACEの受賞は大いに納得だ。

 部門が細かく分かれているのもWCOTYの特徴だ。高性能車部門はポルシェ718ケイマン・ボクスター、エコカー部門はトヨタ・プリウス・プライム(日本名・プリウスPHV)、デザイン部門はジャガーF-PACE(総合部門とのダブル受賞)、高級車部門はメルセデス・ベンツ Eクラスがそれぞれ受賞。また、今回から新たにつくられたアーバンカー部門ではBMW i3がトップになった。

 国とか地域に縛られることなく、グローバルでクルマを評価するのがWCOTYの意義だが、難しいのはすべてのクルマがすべての国で販売されているわけはないということ。たとえば日本でフォード車は販売されていないし、ヒュンダイにもキアにも乗れない。そんな事情を受けWCOTYは1年に1回、LAで試乗会を開催している。世界中の選考委員が一堂に会し世界中のクルマを評価するという他に例のない大がかりなイベントの末、決定されるのがWCOTYなのだ。


LEXUS LC
レクサス・LC

世界のトップを狙ったレクサスのフラッグシップ

 フラッグシップは、そのメーカー、あるいはブランドの「何ができるか」を示し、エントリーモデルは「どこまで妥協できるのか」を示す、というのが僕の持論だ。

 その観点からいくと、レクサス自らがフラッグシップクーペと呼ぶLCは、レクサスが「いまできることすべて」を入れ込んだモデルと解釈できる。事実、新規開発したFRプラットフォーム、10速AT、マルチステージハイブリッド、華麗なエクステリア、妖艶なインテリアなど、見所は満載。エンジンの基本設計はちょっと古いものの、さほど台数が見込めないモデルにここまでカネと手間と情熱をかけてきたのは、レクサスがなりふり構わず「世界のトップ」を狙ってきたことを意味する。さらに深読みするなら、ユーザー、そして他ならぬレクサス自身が問い続けてきた「はたしてレクサスはピカピカのトヨタ車なのか?」という疑問に対する明確な回答がLCなのだと思う。

 チーフエンジニアの佐藤氏はこう語る。「今後、レクサスは驚きと感動を提供するブランドになっていきます。そのためにLCはデザイン、走り、先進技術、匠のもの作りを徹底的に磨き込みました」

 トヨタが誇る圧倒的な信頼性は維持しつつ、燃費がいい、加速性能が優れている、装備が豪華、コスパが高いといった数字で示せる価値観はトヨタに任せ、レクサスは感性領域を追求していくということ。具体例は山ほどあるが、Dレンジに放り込んだままでも意のままの加速ができる練りに練ったシフトスケジュールとエンジン特性、気持ちのいいサウンド、1時間かけてつくる美しいステアリングホイール(普通は10分程度)、すっきりと奥深い味わいのステアリング特性、強靱なボディ剛性など、感性に訴えかけるクルマ作りはLC全体に貫かれている。日本のクルマ作りが新たなステージに入ったことを実感させる一台だ。

レクサス・LC

車両本体価格:13,000,000円~(税込、LC500 5.0ℓ V8 Lpackage)
全長×全幅×全高:4,770mm×1,920mm×1,345mm
車両重量:1,960kg 定員:4名
エンジン:V型8気筒DOHC
総排気量:4,968cc
最高出力:351kW(477ps)/7,100rpm
最大トルク:500Nm(55.1kgm)/4,800rpm
JC08モード燃費:7.8km/ℓ
駆動方式:後輪駆動

ABARTH 595 COMPETIZIONE
アバルト・595コンペティツィオーネ

軽自動車並みのボディに180psエンジンのホットハッチ

 フィアットを中心に高性能モデルを手がけてきたアバルト。その痛快な走りに魅了されることを、ファンは「蠍に刺される」と表現するそうだ。

 フィアット500をベースに、アバルトがパフォーマンスを引き上げた595コンペティツィオーネに乗った僕も、蠍の毒にすっかりやられてしまった。登場から10年経ったいまなお500のデザインは古さをまったく感じさせないが、アバルト流の毒気によって迫力が加わった595コンペティツィオーネのルックスは文句なしに魅力的だ。国産の市販ナビだけが浮いているが、インテリアの仕上がりも素晴らしい。なかでもコンペティツィオーネに装着されるサベルト製カーボンシェルシートは座り心地、ホールド性、見た目ともに最高の仕上がり。試乗したのは左ハンドルの5速MTだったが、足下が狭いためMTを選ぶなら右ハンドルはおすすめしない。

 180psを絞りだす1.4ℓターボは、その逞しい動力性能もさることながら、サウンドとフィーリングが最高に気持ちいい。有り余るパワーを持つエンジンはいまや珍しくないが、ドライバーをここまで興奮させてくれる「熱さ」をもつエンジンはいまや稀少物件。沸き上がるトルクと炸裂するパワー&レスポンス、痛快なサウンドを手中に入れたら、冷静でいろというのは無理な相談。気がつくと、5速MTを駆使しながら小さなボディを目一杯元気に走らせている。

 軽自動車に毛が生えたようなサイズに180psものパワーを組み合わせたFF車ということでかなりのじゃじゃ馬ぶりを予想していたが、ボディとシャシーの完成度も驚くほど高い。実はここがもっとも感心した部分で、ボディの剛性感やサスペンションの仕事ぶり、トルクステアの少なさにはある種の質感の高ささえ感じた。価格は365万円するが、実際に眺め、触れ、走らせてみれば、むしろそれがバーゲン価格に思えてくるだろう。

アバルト・595コンペティツィオーネ

車両本体価格:3,650,400円~(税込、5速MT、右・左ハンドル)
全長×全幅×全高:3,660mm×1,625mm×1,505mm
車両重量:1,120kg 定員:4名
エンジン:直列4気筒DOHC 16バルブ インタークーラー付ターボ
総排気量:1,368cc
最高出力:132kW(180ps)/5,500rpm
最大トルク:230Nm(23.5kgm)/2,000rpm
JC08モード燃費:13.1km/ℓ
駆動方式:前輪駆動

MERCEDES-BENZ GLC COUPÉ
メルセデス・ベンツ・GLCクーペ

メルセデス的スタイリッシュSUV

 GLCクーペというネーミングが意味するのは「Cクラス相当の車格とサイズをもつSUVにクーペの要素を採り入れた」ということ。ひと足先に登場したGLCが、SUVに求められるであろう「積む」機能を重視しているのに対し、GLCクーペはルーフライン後端を落とし込み、美しいクーペスタイルを提供する。その分、荷室スペース、とくに高さ方向のスペースは犠牲になるが、昨今SUVを選ぶ人の多くが求めているのは広い荷室ではなくスタイリッシュさであり、そんな要望にストレートに応えたのがGLCクーペである。

 とはいえ、荷物がまったく積めないかというと決してそんなことはない。デザイン上の理由からGLCよりもリアのオーバーハングを伸ばしているため、高さはないが荷室フロアの面積はGLCクーペのほうが広い。段ボール箱のような嵩のある荷物を積み込むのでもなければ、とくに困ることはないだろう。

 試乗したのは2.2ℓディーゼルを積むモデル。最近のディーゼルエンジンはどれもたいてい速くて静かだが、そのなかにあってもこのディーゼルエンジンの静粛性はピカイチ。回転を上げていったときの滑らかさもちょっとすごい。ディーゼルエンジンに対していまだ懐疑的な人にこそ、騙されたと思って乗ってみて欲しい。きっと目から鱗が落ちるはずだ。

 低速域から高速域までしなやかに動くサスペンションが生みだすネットリした接地感と、それに伴う安心感は、BMWやアウディやレクサスでは味わえないメルセデスならではの乗り味。高速道路だけでなく、一般道やワインディングロードでも、絶大な安心感をもたらしてくれる。弱点は大きな段差を通過した際のガツーンというリアからの突き上げ。ここはメルセデスクォリティに達していない。この部分さえ改善されれば、デザイン、使い勝手、乗り味を高度なレベルで融合したSUVとしてGLCクーペの魅力はさらに高まる。

メルセデス・ベンツ・GLCクーペ

車両本体価格:7,130,000円~(税込、GLC220 d 4MATICクーペスポーツ)
全長×全幅×全高:4,735mm×1,930mm×1,605mm
車両重量:1,940kg 定員:5名
エンジン:直列4気筒DOHCターボチャージャー付(ディーゼルエンジン)
総排気量:2,142cc
最高出力:125kW(170ps)/3,000~4,200rpm
最大トルク:400Nm(40.8kgm)/1,400~2,800rpm
JC08モード燃費:16.2km/ℓ
駆動方式:四輪駆動

MAZDA ROADSTER RF
マツダ・ロードスターRF

ソフトトップと全く異なるハードトップモデル

 それをもつことでブランドイメージを高めたりファンを増やしたりする効果はあっても、さしたる販売台数を見込めないスポーツカーは決して美味しい商売じゃない。しかもロードスターは専用FRプラットフォームを採用しているし、エンジン&トランスミッションも縦置き。両方とも他のFFモデルには流用できないだけにコストは高くなる。台数は出ないわ、コストは高いわ、という儲からないクルマを’89年以来4世代にわたって、苦しいときも作り続けてきたマツダは、本当にクルマ好きなメーカーなんだなと思う。

 そうはいっても、ある程度は儲けを出さなければ次世代モデルの開発資金の捻出すらできないわけで、先代に途中から追加されたのがRHTと呼ばれたリトラクタブルハードトップだ。ソフトトップに抵抗のあるユーザーは意外に多かったようで、最終的には販売台数の約7割を占めるまでに至った。

 現行モデルに加わったRFは、RHTのコンセプトをさらに先鋭化したもの。ソフトトップだと不安だからRHTにするという消極的な理由ではなく、ソフトトップモデルにはない贅沢さや美しさ、大人っぽさといった魅力をアピールすることで積極的に選んでもらうのが狙いだ。ロードスターのもつ世界観をさらに拡げるのがRFと言い換えてもいい。

 実際、オープン走行時の風の巻き込みは小さくなっているし、足回りのセッティングもより重厚。トップを閉めているときの静粛性も高い。加えて走り味に決定的な違いを生みだしているのが2ℓエンジンだ。ソフトトップモデルが積む1.5ℓと比べると当然ながら加速性能は優れているが、その分、高回転までガンガン回す機会も減るため、人によっては1.5ℓの運転感覚のほうがスポーティーと感じるだろう。どちらがいいということではなく、どちらもいい。異なるキャラクターのクルマとして捉えるのが正解だ。さて、貴方はどちらがお好みですか?

マツダ・ロードスターRF

車両本体価格:3,596,400円(税込、VS 6EC-AT)
全長×全幅×全高:3,915mm×1,735mm×1,245mm
車両重量:1,130kg 定員:2名
エンジン:水冷直列4気筒DOHC 16バルブ SKYACTIV-G2.0
総排気量:1,997cc
最高出力:116kW(158ps)/6,000rpm
最大トルク:200Nm(20.4kgm)/4,600rpm
JC08モード燃費:15.6km/ℓ
駆動方式:後輪駆動

Goro Okazaki

1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイト『Carview』などで活躍中。現在、テレビ神奈川にて自動車情報番組 『クルマでいこう!』に出演中。

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